教皇、パナマに向け出発

2019年1月23日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、パナマに向け出発

教皇フランシスコは、パナマ司牧訪問のために出発された。

教皇フランシスコは、イタリア時間1月23日午前9時半ごろ、パナマ訪問のため、ローマのフィウミチーノ空港より特別機で出発された。

パナマのトクメン国際空港には、現地時間同日午後4時半ごろを予定している。

教皇フランシスコにとって26回目となるこの海外司牧訪問(イタリアを除く)は、パナマで開催中の「世界青年の日」(ワールドユースデー、WYD)の大会出席を主目的としている。

ワールドユースデーを背景とするこの訪問では、教皇は到着翌日1月24日(木)から滞在最終日27日(日)まで、連日、若者たちと共にWYD大会公式行事に参加されるほか、若い受刑者や、病者、障害者らとの交流も行われる。

また、パナマ訪問中、フアン・カルロス・バレーラ大統領をはじめ、同国各界要人や、中米および同国の教会関係者らとの出会いも持たれる。

教皇は、パナマへの出発を前にした1月22日、ローマ市内の聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)を訪れ、「サルス・ポプリ・ロマーニ」と呼ばれる古い聖母画の前で、この訪問と世界青年の日大会の実りを祈られた。

23 1月 2019, 12:56
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ビデオで振り返るワールドユースデー大会の歴史

2019年1月23日バチカン放送日本語課の記事より。

ビデオで振り返るワールドユースデー大会の歴史

カトリックの若者の祝祭、「世界青年の日(ワールドユースデー、WYD)」の始まりと過去の国際大会の模様を映像で紹介する。

1月22日から27日まで、パナマで「世界青年の日大会」が開催されている。

「世界青年の日(ワールドユースデー、WYD)」は、カトリック教会の未来である若者たちのための、若者たちと共にある祝祭である。

「世界青年の日」は、毎年、復活祭を前にした「受難の主日」にそれぞれの教区において記念され、さらに、数年ごとに開催地を変えながら、国際大会が行われる。

「世界青年の日」の誕生のきっかけは、1984年にさかのぼる。

教皇聖ヨハネ・パウロ2世は、「贖いの特別聖年」(1983.3.25-1984.4.22)中の行事として、聖週間の「受難の主日」とその前日に「若者たちの聖年」を開催。この機会に多くの若者たちがローマを訪れ、カトリック教会の歴史の中で、青年たちを対象とした初めての大きな集いとなった。その翌週の「復活の主日」、同教皇は若者たちに大きな木の十字架を託された。この十字架は「世界青年の日」を象徴するものとなり、若者たちの手を通して世界をめぐることになった。

その1年後、1985年の「受難の主日」、聖ヨハネ・パウロ2世は、国連の「国際青年年」に際しメッセージを発表。翌年より、毎年「受難の主日」にカトリック教会の「世界青年の日」を記念するよう定めた。

こうして、1986年、最初の「世界青年の日」がローマをはじめ、各教区で記念された。

この教区レベルでの「世界青年の日」に対し、国際レベルの大会が1987年より行われるようになった。

これらの国際大会は、ブエノスアイレス(アルゼンチン・1987)、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン・1989)チェストコーワ(ポーランド・1991)、デンバー(米・1993)、マニラ(フィリピン・1995)、パリ(フランス・1997)、ローマ(2000年の大聖年)、トロント(カナダ・2002)、ケルン(独・2005)、シドニー(オーストラリア・2008)、マドリッド(スペイン・2011)、リオデジャネイロ(ブラジル・2013)、クラクフ(ポーランド・2016)と続き、今回のパナマ大会へと至っている。

23 1月 2019, 15:09
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WYDパナマ大会:「神の望みを知り、それに答える」教皇から若者たちへメッセージ

2019年1月23日バチカン放送日本語課の記事より。

WYDパナマ大会:「神の望みを知り、それに答える」教皇から若者たちへメッセージ

教皇フランシスコは、昨年11月、ビデオメッセージを通し「世界青年の日(ワールドユースデー、WYD)パナマ大会」のテーマを紹介されている。

教皇フランシスコは、パナマで開催の「世界青年の日(ワールドユースデー、WYD)大会」に向け、昨年11月、若者たちにビデオメッセージをおくられている。

この中で教皇は、今大会のテーマ「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1,38)を紹介しつつ、神が自分に何を望んでおられるかを発見し、マリアのように寛大にそれに答えることができるようにと、次のように呼びかけられた。

「親愛なる若者の皆さん

来年1月、パナマで開催の「世界青年の日大会」が近づいています。今大会は、神の呼びかけに答えたマリアの言葉、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1,38)をテーマにしています。

それは、勇気ある、寛大な「はい」という言葉です。それは、自分自身から抜け出し、他の人のために奉仕するという、召命の秘密を理解した人の返事です。わたしたちの人生は、神と隣人への奉仕においてのみ、意味を見出すのです。

信仰を持つ人、持たない人も、多くの若者たちが、勉強が一段落ついた時、他の人々を助けたい、苦しむ人々に何かをしてあげたいという望みを表します。これは若い人たちの力、皆さんたちの力、世界を変えることのできる力です。これはこの世の「強い権力」にうち勝つことのできる革命、奉仕と言う革命です。

隣人に奉仕するとは、行動への準備ができているというだけでなく、神との対話が、マリアがそうであったように、耳を傾ける態度が必要です。マリアは天使の言葉に耳を傾け、それから答えました。心の沈黙における、神とのこの関係によって、わたしたちは自分のアイデンティティーと主から呼ばれた召命を知ることができます。その召命には、結婚や、奉献生活、司祭職など、様々な形があります。これらのすべてが、イエスに従う方法なのです。大切なことは、主はわたしたちに何を望んでおられるかを発見し、それに対して「はい」と言う勇気を持つことです。

マリアは幸福な女性でした。なぜなら、神の御前で寛大であり、神がマリアのために用意されたご計画を受け入れたからです。神のわたしたちに対する提案は、マリアに対するそれと同様、夢を消すものではなく、わたしたちの人生が実りをもたらし、人々に微笑を与え、多くの心を明るくすることができるようにとの望みに火を灯すものです。神に対し、肯定的に答えることは、自分が幸福でいるための、そして多くの人を幸福にするための第一歩なのです。

親愛なる若い皆さん、一人ひとりが自分の心の奥深くに分け入り、「わたしに何をお望みですか」と神に尋ねる勇気を持っているでしょうか。主が皆さんに語りかけるままにしてください。皆さんは自分の人生が変容し、喜びに満たされるのを見るでしょう。

近く開催される世界青年の日・パナマ大会を前に、すべての準備行事に従い、それに参加しながら、心の備えをしてください。これらの行事は大会に向かう皆さんの歩みを助けることでしょう。おとめマリアが皆さんのこの巡礼に寄り添い、その模範が皆さんの勇気ある寛大な答えを促しますように。

パナマに向けて、よき歩みを!そして、どうかわたしのために祈ることを忘れないでください。近いうちにお会いしましょう。」

23 1月 2019, 13:17
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[クララ]掟は命への道しるべ[2019.1.23.オミリア]

《年間第2水曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

【キリスト教一致祈祷祈禱週間〜25日】「すべてに人を一つにしてください」という最後の晩さんでのイエスの祈りに耳を傾けるわたしたちはまた、折にふれて目に見える一致を示すおうに求められています。それは、ともに祈り、支え合うことによって、神がすべての人の救いのためにイエスを遣わしたことを「世が信じるため」です(ヨハネ17/21-23参照)。キリスト教諸教会の間で毎年1月18日から25日に定められている一致祈禱週間は、このことを強く意識する機会となるでしょう。(『カトリック教会情報ハンドブック2019』より)

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。(マルコ福音書3章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇「主に奉仕するとは、みことばに耳を傾け、それを実践すること」

2019年1月20日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「主に奉仕するとは、みことばに耳を傾け、それを実践すること」

教皇フランシスコは、日曜正午の集いで、「カナでの婚礼」におけるイエスの最初の奇跡を観想された。

教皇フランシスコは、バチカンで1月20日、日曜正午の祈りを信者と共に唱えられた。

教会の典礼暦は、先週日曜日「主の洗礼」を祝った後、「年間」と呼ばれる期間に入った。

教皇は、この「年間」を通し、イエスを、その公生活と、御父から託されたその使命の中に追っていくことになると話された。

そして、教皇は、この日の福音朗読箇所、ヨハネ福音書の「カナでの婚礼」(ヨハネ2,1-11)を取り上げ、ここでイエスが最初に行った奇跡を見つめられた。

イエスが最初の奇跡を、ガリラヤの村カナでの婚礼の祝宴で行ったことについて、教皇は、「イエスの公生活が婚礼の席で始まったことは偶然ではない。なぜなら神であるイエスは、人類と婚姻したからである」と話された。

「カナでイエスが行ったしるしのすべての神秘は、イエスという、神なる花婿の存在に基づいている。イエスは、預言者たちが告げた、神の民の花婿としてご自分を表され、イエスとわたしたちを結ぶ関係の深遠さ、愛という新しい契約を啓示された」と、教皇はこのように話された。

教皇は、この奇跡の中心である「ぶどう酒」が象徴する意味を考察する中で、ぶどう酒は聖書において、預言者たちによって、メシアの祝宴に欠かせないものとして言及されていることを指摘。

生きるために必要な水に対し、ぶどう酒は宴の豊かさと祝いの喜びを表していると話された。

カナでの婚礼の席では、まさに宴がたけなわの時、ぶどう酒がなくなり、それに気づいた聖母はイエスに「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハネ2,3)と言った。

イエスが「ユダヤ人が清めに用いる石の水がめ」(同2,6)の水をぶどう酒に変えたことは、モーセの律法を、喜びをもたらす福音へと変えたことを意味する、と教皇は説明された。

「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と、聖母が婚礼の宴で奉仕する召し使いたちに言った言葉は、今日も貴重な遺産として、わたしたちに向けられていると教皇は強調。

「この婚礼で真に新しい契約が結ばれ、全教会に新しい使命が託された。主に奉仕するとは、みことばに耳を傾け、それを実践すること。イエスの母の単純で本質的な依頼は、まさにキリスト者の生活のプログラムである」と話された。

「わたしたち一人ひとりにとって、水がめから水を汲むことは、自分の生活の中で神の恵みを体験するために、みことばと秘跡に自らを託すことと同じである」と述べた教皇は、「そうするならば、わたしたちも宴会の世話役のように、ぶどう酒に変わった水の味見をして、『あなたはよいぶどう酒を今まで取っておかれました』(同2, 10)と叫ぶことができるだろう」と話された。

20 1月 2019, 17:26
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教皇の意向を共に祈るための「Click To Pray」

2019年1月20日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇の意向を共に祈るための「Click To Pray」

教皇フランシスコは、「教皇の祈りの世界ネットワーク」の公式プラットホーム「Click To Pray」を紹介された。

教皇フランシスコは、1月20日(日)、バチカンで正午の祈りの集いを持たれた。

教皇は巡礼者への挨拶で、近日、インターネット上のコミュニティーと人類共同体をテーマにした、カトリック教会の今年の「世界広報の日」のメッセージが発表されることに言及。

インターネットとソーシャルメディアは、他の人々とつながり、価値観や計画を共有し、コミュニティーを作る願いを表すための、現代における一つの手段となっている、と話された。

インターネットは共同体で祈ることも助けてくれると述べた教皇は、「祈祷の使徒」の国際責任者フレデリック・フォルノス神父と共に、「教皇の祈りの世界ネットワーク」の公式プラットホーム「Click To Pray」を紹介。

このアプリケーションを通し、教会のミッションのための祈りの意向や、祈ってもらいたいことを伝えたいと話された。

20 1月 2019, 18:14
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[鳥栖]「年間第2主日」ミサ説教(2019.1.20.)

《年間第2主日》鳥栖教会聖堂で11時から行われたミサの説教[15分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]賜物(たまもの)にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に”霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。ある人には”霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ”霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ”霊”(1コリ12章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

 

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[小郡]「年間第2主日」ミサ説教(2019.1.20.)

《年間第2主日》小郡教会聖堂で8時30分から行われたミサの説教[10分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]賜物(たまもの)にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に”霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。ある人には”霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ”霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ”霊”(1コリ12章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

 

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[小郡]「年間第2主日前晩」ミサ説教(2019.1.19.)

《年間第2主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[10分]を聴くことができます。

*開始1分後からの録音です。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]賜物(たまもの)にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に”霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。ある人には”霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ”霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ”霊”(1コリ12章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

 

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キリスト教一致祈祷週間:聖パウロ大聖堂でエキュメニカルな夕べの祈り

2019年1月18日バチカン放送日本語課の記事より。

キリスト教一致祈祷週間:聖パウロ大聖堂でエキュメニカルな夕べの祈り

「キリスト教一致祈祷週間」の初日、教皇フランシスコは、ローマの城壁外の聖パウロ大聖堂で、エキュメニカルな夕べの祈りをとり行われた。

1月18日(金)、「ただ正しいことのみを追求しなさい」(申命記16・18-20)をテーマに、今年の「キリスト教一致祈祷週間」が始まった。

「すべての人を一つにしてください」(ヨハネ17, 21)というイエスの祈りに従い、すべてのキリスト者の一致を祈る同週間は、キリスト教諸教会の参加のもと毎年1月18日から25日まで行われる。

同週間初日の夕方、教皇フランシスコは、ローマの城壁外の聖パウロ大聖堂(サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ)で、エキュメニカルな夕べの祈りをとり行われた。

この祈りには、ローマのキリスト教諸集会の代表らをはじめ、フィンランドのエキュメニカル使節、またローマを訪問中のスイス・ボセーの「エキュメニカル研究所」の研究生らが集い、一致の賜物を共に神に祈り求めた。

教皇は説教で、インドネシアの教会が選んだ今年のテーマ、「ただ正しいことのみを追求しなさい」には、競争論理にかき立てられた経済成長が、ごくわずかの人を大いに富ませる一方で、多くの人たちを貧困の中に置き去りにしていることへの憂慮や、様々な民族・宗教の人が互いに責任を分かち合って生きる、調和ある社会が脅かされていることへの危機感が反映されている、と述べられた。

社会が連帯や共通善といった基本原則を持たなくなった時、わたしたちは極端な貧富の差というスキャンダルを目にすることになると話した教皇は、連帯と共同責任は「キリスト者家族」を支える掟でなくてはならないと強調された。

同時に教皇は、キリスト者もまた、富を蓄え、貧しい人々の存在を忘れたり、神から与えられた恵みを自分の所有物であるかのように思い込み、他のキリスト者に与えられた恵みを認めることができない危険があることを指摘された。

キリスト者の一致という「約束の地」への最初の一歩をしるすためには、神から受けた祝福は権利ではなく、賜物であるということを知る謙虚さを持つと同時に、他のキリスト教共同体に与えられた恵みの価値を認めることが必要、と教皇は述べた。

教皇は、互いの恵みの交換によって新たにされ、豊かにされたキリストの民たちは、一致に向かう道を確かな足取りで歩むことができる民となるだろう、と説かれた。

18 1月 2019, 18:35
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