[小郡]待降節第3主日前晩ミサ説教(2018.12.15.)

《待降節第3主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[18分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。(フィリピ4章)

【福音】[そのとき、群衆はヨハネに、]「わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕(み)を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻(から)を消えることのない火で焼き払われる。」ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。(ルカ福音書3章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2018.12.15.〜2018.12.30.)

12月の主日(日曜日)のミサは鳥栖教会8時30分〜、小郡教会11時〜です。来年1月からは小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜になります。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分からです。

主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。毎週のお知らせを参照してください。

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[クララ]「人」ではなく「生き方」をみる[2018.12.14.オミリア]

《待降節第2金曜日:十字架の聖ヨハネ》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

聖ヨハネ(十字架の)司祭教会博士:一五四二年頃、スペインのフォンティベロスで生まれる。カルメル会に入会後、アビラの聖テレジアに刺激され、一五六八年、男子カルメル会の改革に着手、たいへん苦労しながらも、改革の仕事を最後まで続行した。一五九一年、ウベダで死去。彼の傑出した聖性と英知を示す優れた霊的著作を残した。(『毎日の読書』より)

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは人々に言われた。]「今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、悲しんでくれなかった。』ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。」(マタイ福音書11章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

教皇、「祈りは生活そのものから始まり、絶望から救ってくれる」。

2018年12月12日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、「祈りは生活そのものから始まり、絶望から救ってくれる」。

水曜恒例教皇一般謁見で、教皇フランシスコは先週から始まった「主の祈り」の解説を続けられ、祈りの本質、それは天におられる父なる神へのゆるぎない信頼であると話された。

「キリストご自身がその弟子たちに教えた「主の祈り」は短いながらも大変大胆な祈りと言えます。

あらゆる思惑や恐れの壁を取り除き、素直な心で担当直入に祈りそのものの神髄へと導いてくれます。

「主の祈り」は、余計な前置きを差し置いて、天の御父に対する子としての信頼をもってまっすぐに人間の具体的な現実に迫っていきます。

そのもっともよい例は「わたしたちに毎日のパンを」与えてくれるよう願うことばです。

これは、生きていく人間にとって率直な本質的な願いです。

それは信仰というものは実生活からかけ離れたものではないことを示しています。

祈りは具体的な生活そのものから始まるのです。

過去にある人が言ったことがあります。

物事を願う懇願の祈りは信仰がまだ弱いことを表す祈りです。

真の祈りとは何の願い事もない純粋に神を賛美する礼拝の祈りなのだと。

そうでしょうか。事実はそうではないと思います。

懇願の祈り、そこにある信仰は本物です。

それは人間が持つごく当然の心情です。

全能であり、かつ最高に善良である父である神に対する信仰の表れ、信頼の行為です。

自分は小さく、罪人で、助けを必要とする者であるとの自覚をも表す行為です。

ですから、神に向ける懇願の祈りは大変すばらしい祈りなのです。

それはその祈り自体が、神はわたしたちに対して限りない同情とあわれみを持つ父であり、わたしたちがその愛する子として、何の恐れもなしに心から、直接に「わたしたちのお父さんと」呼びかけ、困難にあうときにも、何とかしてください、と願うことのできる父であることを示しているからです」。

12 12月 2018, 18:21
Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[クララ]「天の国」は「天国」ではない[2018.12.13.オミリア]

《待降節第2木曜日:聖ルチアおとめ殉教者》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

聖ルチアおとめ殉教者:ディオクレチアヌス帝によるキリスト教迫害の間に、おそらくシチリア島のシラクサで亡くなった。ルチアに対する崇敬は、古代からほとんど全教会に広まり、ローマ典文(第一奉献文)にその名前が入れられた。(『毎日の読書』より)

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは人々に言われた。]「はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。彼が活動し始めたときから今に至るまで、天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い取ろうとしている。すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである。あなたがたが認めようとすれば分かることだが、実は、彼は現われるはずのエリヤである。耳のある者は聞きなさい。」(マタイ福音書11章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[クララ]低みから立ち上がる[2018.12.12.オミリア]

《待降節第2水曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[11分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは言われた。]「疲れた者、重荷を負うものは、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ福音書11章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[クララ]迷い出たのか、見失ったのか[2018.12.11.オミリア]

《待降節第2火曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[11分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心(みこころ)ではない。」(マタイ福音書18章)

*日本カトリック幼児教育連盟・カトリック園で働く保育者応援誌「かがやき」Vol.2 2018.12.

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

2018年12月9日、日曜正午アンジェラスの祈り、教皇「神の愛を信じる者は希望を指し示す」。

2018年12月10日バチカン放送日本語課の記事より。

2018年12月9日、日曜正午アンジェラスの祈り、教皇「神の愛を信じる者は希望を指し示す」。

恒例日曜正午のアンジェラスの祈りに際して、教皇フランシスコは, 神を信じる者たちのこの世界において果たすべき重要な役割について話された。

聖母マリアへのアンジェラスの祈りを教皇と共に唱えようと聖ペトロ広場に集った世界各国からの信徒たちに、教皇フランシスコこの世の論理、メンタリティーに従うのではなく、かえって生活の中心にイエス・キリストの光に満ちたその言葉と愛と慰めに置くよう勧告された。

教皇フランシスコは、キリストの降誕祭を準備する期間である待降節の第二の主日にあたるこの日曜日のミサの福音朗読から、洗礼者聖ヨハネの使命を想起しつつ、聖ヨハネが人々に呼びかけた「改心の必要性」について強調され次のように話された。

「親愛なる兄弟の皆さん、

洗礼者聖ヨハネは救い主を迎えるためにその道を平らにし、整え準備するよう人々を招きました。

主を迎えるための道を平らにし整えるとはどういうことでしょうか。

それは私たちの心から冷酷さや利己主義、無関心を取り除き、イエスご自身が持たれた心をもって人々に自分自身を開いていくことです。

そのためには自分自身を謙虚に保ち、具体的に兄弟たちと和解し、自分自身の罪の許しを心から願うことが必要です。

和解を実現するのはそんなに簡単なことではありません。

神の愛を信じる者であるということ、それは洗礼者聖ヨハネのように兄弟たちに心を開くためにいつも彼らの近くにとどまるということでもあります。

この世のみじめな現状に遭遇しても、現実を拒否して逃避したり、自分自身の狭い世界に閉じこもるのではなく、決してあきらめることをせずに、世のメンタリティーに流されることなく各自の生活の中心に イエスご自身とその光のみ言葉、愛、なぐさめを置くようにすることが肝要です。

今日も、イエスの真の弟子たちは、イエスご自身の謙虚なまた同時に勇敢な証人として、何があっても神のみ国は毎日、聖霊の力によって建設され続けているという希望の灯をともし続けるよう招かれています。

ですからこの世界をよりよく変えていくために私たちも何ができるか考えてみたいと思います」。

10 12月 2018, 18:55
Facebook にシェア
[`evernote` not found]

無原罪の聖母の大祝日、教皇「聖母マリア、困難にある人々といつも共にいてください」。

2018年12月9日バチカン放送日本語課の記事より。

無原罪の聖母の大祝日、教皇「聖母マリア、困難にある人々といつも共にいてください」。

12月8日、無原罪の聖母の大祝日、教皇は毎年恒例のローマ、スペイン広場での聖母像への献花式にに臨まれた。

教皇フランシスコはスペイン広場に向かう前に、ローマ・テルミニ駅近くの「雪の聖母大聖堂」を訪問した。

ローマ市民から「サールス・ポポリ・ロマーニ」すなわち「ローマ人たちの救い」という称号の下に、絶大な崇敬を集めている聖母像の前でローマ市とローマ市民のために祈り、母としての保護と恵みを聖母に懇願した。

教皇はその際、ローマ市民一人ひとりが、あきらめることなくローマ市をより良い町とするための努力を続けるよう強調された。

その後、例年通りローマの中心部にあるスペイン広場の聖母像を訪れ、高い柱の上に安置されている無原罪の聖母像に花輪を捧げられた。

教皇フランシスコはスペイン広場をくまなく埋め尽くした信徒たちと共にしばらく沈黙の中に祈られ、その後、参列者およびすべての人々に励ましの言葉を贈られた。

その中で教皇は、特に病人たちや毎日の生活の中で多くの問題や困難を抱えて苦しんでいる人々に、忍耐をもって前進する努力を続けるよう、また決してあきらめることなく希望をもって、各自できることから生活改善への働きをするよう励まされた。

またナザレトのイエス・マリア・ヨセフの聖家族の例を挙げながら、日常生活の困難や苦しみを実際に体験された聖母マリアが、同じ状況にある多くの人々といつも共にいてくださるよう、熱烈な祈りを捧げた。

09 12月 2018, 17:04
Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[小郡]待降節第2主日前晩ミサ説教(2018.12.8.)

《待降節第2主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[17分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、わたしは、]あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえるkとができるように。(フィリピ1章)

【福音】皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの満ちは平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」(ルカ福音書3章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]