作成者別アーカイブ: yamamotomakoto

[小郡]年間第29主日前晩ミサ説教(2018.10.20.)

《年間第29主日前晩:世界宣教の日》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[14分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】…。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中でえらくなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」(マルコ福音書10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇、韓国大統領と会談

2018年10月18日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、韓国大統領と会談

教皇フランシスコは、韓国の文在寅大統領とお会いになった。

教皇フランシスコは、10月18日、バチカン宮殿に、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を迎えられた。

教皇と文大統領との会談は、和やかな雰囲気のもとに行われた。

会談では、特にバチカンと韓国の友好関係、およびカトリック教会の韓国の社会・教育・医療の分野における貢献、また朝鮮半島の対話と和解の推進のための寄与が強調された。

また、朝鮮半島に未だ存在する緊張を克服し、平和と発展の新時代を開くための、あらゆる有効な取り組みにおける共通の努力に対し、明確な評価が示された。

最後に、地域のいくつかの問題がテーマとなった。

文大統領は、教皇との会談に続き、バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿および外務局長リチャード・ギャラガー大司教とも会見した。

これに先立つ10月17日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、バチカン国務長官パロリン枢機卿により、朝鮮半島の「平和のためのミサ」が捧げられ、文大統領もこのミサに参列した。

18 10月 2018, 16:55
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バチカン国務長官「教皇は北朝鮮訪問に前向きな回答」

2018年10月19日バチカン放送日本語課の記事より。

バチカン国務長官「教皇は北朝鮮訪問に前向きな回答」

バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は、教皇フランシスコが北朝鮮を訪問することに前向さを示した、と明らかにした。

バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は、教皇フランシスコが北朝鮮を訪問することに対し、前向きな姿勢を表明したと述べた。

同枢機卿は、10月18日、聖パウロ6世の回勅をめぐる本、「回勅『フマネ・ヴィテ』の誕生」(バチカン出版局)の記者発表の席で、報道関係者の質問に答えた。

パロリン枢機卿は、すでに報道されているように、韓国の文在寅大統領が、教皇フランシスコとの会談の際、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長からの教皇の訪朝を望むとの旨を伝え、教皇がこれに前向きさを示したのは、本当であると述べた。

韓国大統領はこの件を口頭で伝え、教皇もそれに対し口頭で答えたであろうという意味で、これはまだ最初のアプローチの段階であると、同枢機卿は話した。

パロリン国務長官は、この訪問を真剣に検討する段階になれば、当然、それを実現するための条件が要求されると述べると共に、自身の見解では、こうした訪問には、周到な準備と考察が必要と語った。

教皇の訪問はどのような貢献をもたらすかという質問に対し、同国務長官は、今回の韓国大統領のバチカン訪問が、朝鮮半島の平和と非核化のプロセスに寄与しているように、教皇の訪問も同様の貢献をもたらすだろうと話した。

 

19 10月 2018, 15:26
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十戒の「殺してはならない」とは、愛への招き、教皇一般謁見

2018年10月17日バチカン放送日本語課の記事より。

十戒の「殺してはならない」とは、愛への招き、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、一般謁見で、「十戒」の「殺してはならない」をめぐり考察を続けられた。

教皇フランシスコは、バチカンで10月17日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中の教皇によるカテケーシス(教会の教えの解説)では、先週に続き、モーセの「十戒」の第5戒「殺してはならない」をめぐる考察が続けられた。

兄弟への怒りに対する、イエスの教え

カテケーシスの冒頭、マタイ福音書の数節(5,21-24)が朗読された。

この箇所でイエスは、「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける」(マタイ5,21-22)と教えている。

さらに、イエスは、「兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だから、あなたが祭壇に供え物を捧げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を捧げなさい」(同5,23-24)と、兄弟を決して罵らず、和解するようにと説いている。

「十戒」に、より深い意味を与えるイエス

教皇は、イエスはこの教えを通して、「十戒」中の「殺してはならない」という掟に、より深い意味を与えられた、と話された。

教皇は、イエスはここで、兄弟に対する怒りも、人を殺すことの一つの形であると明言しており、それは「兄弟を憎む者は皆、人殺しです」(1ヨハネ3,15)と、使徒聖ヨハネも記すとおりであると話された。

また、イエスはそれだけにとどまらず、同じ論理をもって、兄弟を罵ることや軽蔑することも、人を殺すことと同様にみなしていることを、教皇は指摘。

人間のどのような法律も、裁きにおいて、これほど異なるものを同列にみなしているものはないと話された。

さらに、イエスは、祭壇に供え物を捧げる前に、まず行って兄弟と仲直りをし、それから、供え物を捧げるようにと教えている。

「殺すな」とは、愛することへの第一歩

教皇は、イエスが「十戒」の第5戒「殺してはならない」の領域をここまで拡大したのは、なぜだろうかと問われた。

人間は気高く繊細な命を持ち、体と同様に大切な「わたし」を隠し持っていると述べた教皇は、無垢な子どもを傷つけるには、不用意な言葉一つで十分であり、一人の人を破滅させるには、彼を無視するだけで足りると語られた。

こうしたことから教皇は、「『愛さない』ことは、殺すことへの最初の一歩であり、それに対し、『殺すな』ということは、愛することへの第一歩である」と説かれた。

人間の命には、愛が必要

教皇は、「お前の弟アベルは、どこにいるのか」という神の問いに、「知りません。わたしは弟の番人でしょうか」(創世記4,9)と答えた、聖書における最初の殺人者、カインの言葉を引用。

「お前の兄弟は、どこにいるのか」という神の問いに、「知らない。わたしには関係ない」という殺人者たちに対し、わたしたちは兄弟たちを「知っている」「わたしたちは互いに守り合う関係にある」と答えられるようでなければならない、と話された。

「人間の命には愛が必要」と教皇は述べ、真の愛とは「キリストがわたしたちに示されたいつくしみ」「自分を傷つけた者を、赦し、受け入れる愛」であると説かれた。

誰もがいつくしみや赦しなしでは生きることができない。それゆえ、殺すことが、誰かを破壊する、排除することであるならば、殺さないとは、その人を大切にし、価値を与え、受け入れ、赦すことである、と教皇は語られた。

教皇は、「十戒」の「殺してはならない」という掟は、最も重要で本質的な呼びかけ、すなわち「愛への招き」である、と話された。

 

17 10月 2018, 17:33
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教皇「聖霊のパン種と共に歩み成長する」

2018年10月19日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「聖霊のパン種と共に歩み成長する」

教皇フランシスコは、聖霊のパン種によって、外に向けて成長するようにと、信者らを励まされた。

教皇フランシスコは、10月19日、バチカンのサンタ・マルタ館で、朝のミサを司式された。

教皇はミサ中、この日の福音朗読箇所、ルカ福音書の、イエスが偽善に注意するよう弟子たちに教える場面(12,1-7)を取り上げ、説教を行われた。

この箇所で、イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である」と説く。

教皇は、「パン種」には、パンを大きく育てる「良いパン種」と、ファリサイ派の人々のパン種のような、偽善という「悪いパン種」があると話された。

偽善者たちは、自分という存在から外に出ることなく、自分の内側にあるもの、自身の安全とエゴイズムを守る人たちであると教皇は述べ、偽善とは、追いはぎに襲われて半死の人を置き去りにすること、重い皮膚病の人に会っても、自分の内側の律法に従って、見て見ぬふりをすることであると語られた。

一見礼儀正しいようであっても悪い習慣を内に秘めている、偽善という危険なパン種に対してイエスは警告し、それを容赦されない、と教皇は話された。

教皇は同じくこの日朗読された、使徒聖パウロの「エフェソの信徒への手紙」(1,11-14)を引用。

悪いパン種が内側へと成長し、未来を持たないのに対し、よいパン種を持った人は、外に向けて成長し、「神のご計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者」(エフェソ1,11)となる、と説かれた。

「あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、 約束された聖霊で証印を押されたのです」(同1,13)というパウロの言葉を示しつつ、教皇は、聖霊で証印を押されたわたしたちが、神の栄光へとわたしたちを導き励ます聖霊のパン種と共に歩み、「外へ」「水平線」へと向かって成長できるようにと祈られた。

19 10月 2018, 17:20
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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2018.10.20.〜2018.11.4.)

★10月〜12月の主日(日曜日)のミサは鳥栖教会8時30分〜、小郡教会11時からになります。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分からです。

10月21日(日)8:30鳥栖教会では「子どもとともにささげるミサ」で教会バザーがあります。幼稚園もバザーがありますので幼稚園の駐車場は使用できません。

主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。毎週のお知らせを参照してください。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

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[クララ]キリストの側に立つ[2018.10.20.オミリア]

《年間第28土曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[7分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[皆さん、わたしは、]あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを感謝しています。どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神はこの力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。(エフェソ1章)

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、人の子も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の天使たちの前で知らないと言われる。人の子の悪口を言う者は皆赦される。しかし、聖霊を冒涜(ぼうとく)する者は赦されない。会堂や役人、権力者のところに連れて行かれたときは、何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる。」(ルカ福音書12章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]聖性をめざす[2018.10.15.オミリア]

《年間第28月曜日:[記]聖テレジア(イエスの)おとめ教会博士》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[7分]を聴くことができます。

1515年、スペインのアビラに生まれる。カルメル会に入会して優れた完徳の道を歩み、多くの神秘体験を得た。同会の改革に着手し、多くの苦難を味わったが、不屈の精神でそれを克服した。自らの霊的体験にもとづく優れた教えを収めた書物を著した。1582年にアルバで死去(『毎日の読書』より)

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

あなたも同じ 聖なる者となるのに、司教や、司祭、修道者になる必要はありません。わたしたちは聖性が、日常のもろもろから離れて、祈りに多くの時間を割くことのできる人だけのものだと思ってしまいがちです。そうではありません。それぞれが置かれている場で、日常の雑務を通して、愛をもって生き、自分に固有のあかしを示すことで聖なる者となるよう、わたしたち皆が呼ばれているのです。 あなたは奉献生活に召し出されたのですか。喜びをもって自分の献身を生きることで、聖なる者となりなさい。既婚者ですか。キリストが教会にされたように、あなたの夫、あなたの妻を愛し大切にすることで聖なる者となりなさい。あなたは労働者ですか。兄弟姉妹に仕える自分の仕事を誠意と能力を尽くして果たすことで、聖なる者となりなさい。あなたは子や孫をもつ身ですか。イエスに従うことを幼い子どもに根気強く教えることで、聖なる者となりなさい。あなたは権限ある立場の人ですか。共通善のために闘い、己の利益を顧みずに務めることで、聖なる者となりなさい。 (使徒的勧告「喜びに喜べ〜現代世界における聖性」14番)

【集会祈願】全能の父よ、あなたはアビラの聖テレジアを聖霊によって導き、神との一致に達する道を教会に示してくださいました。聖女の教えを心の糧とし、聖性へのあこがれに目覚めることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]年間第28主日前晩ミサ説教(2018.10.13.)

《年間第28主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[10分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】わたしは祈った。すると悟りが与えられ、願うと、知恵の霊が訪れた。わたしは知恵を王笏(おうしゃく)や王座よりも喜び、知恵に比べれば、富も無に等しいと思った。どんな宝石も知恵にまさるとは思わなかった。知恵の前では金も砂粒にすぎず、知恵と比べれば銀も泥に等しい。わたしは健康や容姿の美しさ以上に知恵を愛し、光よりも知恵を選んだ。知恵の輝きは消えることがないからだ。知恵と共にすべての善が、わたしを訪れた。知恵の手の中には量り難い富がある。(知恵の書7章)

【福音】…。イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。…(マルコ福音書10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[基山]解放をもたらすキリスト[2018.10.13.オミリア]

《年間第27土曜日》基山教会聖堂で7時から行われたミサのオミリア[7分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[基山]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」(ルカ福音書11章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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