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日曜正午アンジェラスの祈り: 教皇フランシスコ「荒果てた心の中に謙遜をもって希望の道を開いていこう」

2017年12月8日バチカン放送日本語課の記事より

日曜正午アンジェラスの祈り: 教皇フランシスコ「荒果てた心の中に謙遜をもって希望の道を開いていこう」

キリストの降誕を準備する待降節第2主日のこの日の正午、聖ペトロ広場に面する書斎の窓に姿を現された教皇フランシスコは、この日曜日のミサの第一朗読イザヤ預言書の中からテーマを取り、神の民のエルサレム帰還の準備を呼びかけるイザヤ預言者の言葉を解説しながら、キリストの降誕を準備するキリスト者の心構えについて話された。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、

今日のミサの第一朗読イザヤの預言書は、エルサレムへの帰還を準備するイスラエルの民に、犯した全ての怠りの罪や神の御前でふさわしくなかったあらゆる行動の過ちを認め、悔い改めながら、再び主に向かって歩む道を準備するよう励ましています。

わたしたちの生活の中での怠りの隙間は、十分に祈らなかったことやあるいは全く祈りを怠ったことかも知れません。

今わたしたちが過ごしている待降節はもっとより熱心に祈るための、また、霊的なことに専念するためのよい機会です。さらに別の隙間も考えられます。それは隣人に対する愛徳の欠如です。特に多くの必要に迫られている貧しい人々、物資的に貧しいだけではなく霊的にも貧しい人々に対する愛徳の欠如です。わたしたちは皆隣人の必要にもっと注意を向ける必要があります。愛徳の実行によってわたしたちも、洗礼者聖ヨハネのように多くの人々の荒れた心の砂漠に、希望の道を開いていくことが出来るでしょう。

イザヤ預言者は主を迎える準備として傲慢心や高ぶり、権力などへの思いを抑えるよう勧めています。

傲慢,横柄、高ぶり,権力欲のあるところに主は入ることが出来ません。なぜならそこはもう傲慢や権力欲で一杯丹なっていて、主の入る余地がないないからです。かえってわたしたちは常に謙遜で柔和な心を持たねばならないのです。声高に叫ぶことなく、人の言葉に耳を傾け、おだやかに話すことです。こうして主の到来に準備します。なぜなら主ご自身その福音の中で言っているように、柔和で心の謙遜な方だからです。

主の一致を妨げるようなあらゆる障碍を取り除きましょう。イエスの到来に向けて大きな喜びをもって準備に励みましょう。

誰か親しい友人を我が家に迎える際に、わたしたちは喜んで注意深く友を迎える準備をするではないですか。同じように最も重要な友人である主を迎えるために、わたしたちも周到な準備をいたしましょう。主がおいでになる時、その豊かな恵みに与ることが出来るよう最善の注意を込めて毎日準備に励みましょう」。

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[鳥栖]「待降節第2主日」ミサ説教(2017.12.10.)

鳥栖教会11時からの「待降節第2主日」ミサ説教[16分]。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現われて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に帯を締め、いなごと野密を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」(マルコ1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「待降節第2主日」ミサ説教(2017.12.10.)

小郡教会8時30分からの「待降節第2主日」ミサ説教[11分]。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現われて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に帯を締め、いなごと野密を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」(マルコ1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「待降節第2主日」前晩ミサ説教(2017.12.9.)

小郡教会19時30分からの「待降節第2主日」前晩ミサ説教[10分]。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現われて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に帯を締め、いなごと野密を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」(マルコ1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「待降節第1主日」前晩ミサ説教(2017.12.2.)動画

小郡教会19時30分からの「待降節第1主日前晩」ミサの様子と説教。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】希望の光を注いでくださる神よ、待降節の歩みを始めるわたしたちの心の目を開いてください。日々の生活の中で、あなたが望んでおられることを見極め、主キリストに従って生きることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうと、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」(マルコ13章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2017.12.9.〜12.24.)

主日のミサ時間は来年3月まで小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜です。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。*鳥栖カトリック幼稚園園舎新築工事のため駐車場が使用できないので。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

 

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教皇フランシスコ、ローマ・スペイン広場、無原罪の聖母への祈り: 「現代社会にはびこる数多くの悪のビールスに対するワクチンをお与えください」。

2017年12月8日バチカン放送日本語課の記事より

教皇フランシスコ、ローマ・スペイン広場、無原罪の聖母への祈り: 「現代社会にはびこる数多くの悪のビールスに対するワクチンをお与えください」。

毎年の恒例に従って教皇フランシスコは12月8日午後ローマの中心地にあるスペイン広場の聖母像をおとずれ花束を捧げ、ローマ市民および全世界の人々のために祈られた。

1851年、時の教皇ピオ9世によって、聖母マリアが神の御子イエス・キリストの母となるために、その存在の始めの瞬間からあらゆる罪の汚れから免れたことを意味する聖母マリアの無原罪の御宿りの教義が、信仰箇条として宣言された。教皇は聖母マリアにローマの全市民の名において、母としてのやさしくかつ力強いご保護を祈られた。

またさらに教皇は聖母マリアに、ローマの信徒や修道者また毎日多くの困難に直面している家族たち、仕事のためにローマに通う労働者たち、病人たち、老人たち、そして全ての貧者、戦争や飢えからローマに逃れてくる多くの難民たちに、母としての絶えざる導きとご保護とを願われた。

教皇はまた聖母像の周りに集まった無数の人々に、毎日福音書の一説を読み黙想する習慣を身につけるよう勧め、聖母に倣って神のみ言葉に耳を傾け、それを実行に移すことを学ぼうと励まされた。

スペイン広場での行事のあと、そこから程遠くないフラッテの聖アンドレア教会に教皇は徒歩で行かれ、ユダヤ人無神論者ラティスボーン回心の機会となった、恵みと慈しみの御母聖母マリア像の前で祈られた。

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[基山]救い主はすでに[2017.12.09.オミリア]

《待降節第1土曜日》基山教会聖堂で7時から行われたミサのオミリア[4分]を聴くことができます。

[基山]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】

[イスラエルの聖なる神、主は言われる。]
まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ
もはや泣くことはない。
主はあなたの呼ぶ声に答えて
必ず恵みを与えられる。
主がそれを聞いて、直ちに答えてくださる。
わが主はあなたたちに
災いのパンと苦しみの水を与えられた。
あなたを導かれる方は もはや隠れておられることなく
あなたの目は常に あなたを導かれる方を見る。
あなたの耳は、背後から語られる言葉を聞く。
「これが行くべき道だ、ここを歩け 右に行け、左に行け」と。
主は、あなたが地に蒔く種に雨を与えられる。
地の産み出す穀物は豊かに実る。
その日には、
あなたの家畜は広い牧場(まきば)で草をはみ
地を耕す牛やろばは
ふるいや箕でえり分け
発酵させた飼葉を食べる。
大いなる殺戮(さつりく)の日、塔の倒れるとき
そびえ立つすべての山、高い丘の上に
水路が造られて、水を運ぶ。
主が民の傷を包み
重い打ち傷をいやされる日
月の光は太陽の光になり
太陽の光は七倍になり
七つの日の光となる。(イザヤ20章)

 

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]主がわたしたちに宿る[2017.12.08.オミリア]

《無原罪の聖マリア》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフといういいなずけであるおとめのところに遣わされたのであす。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。(ルカ福音書1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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水曜一般謁見教皇フランシスコ:ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、3宗教共通の聖地エルサレムのためにアッピール

2017年12月6日バチカン放送日本語課の記事より

水曜一般謁見教皇フランシスコ:ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、3宗教共通の聖地エルサレムのためにアッピール

12月6日水曜恒例の教皇一般謁見は冬の寒さを避けてバチカン内パウロ6世一般謁見ホールで行われた。この日の一般謁見ホールは世界各国からやって来た巡礼者たちや信者たちで朝早くから一杯になった。

いつものように定刻どおり会場に姿を見せた教皇は会場を埋め尽くした会衆から大歓声で迎えられ、教皇もそれに笑顔で答えながら席に着かれた。一般謁見はカテケシス(教会の教えの解説)をもって始まった。

この日のカテケジスで、教皇は先日終わったばかりのアジアの国々ミャンマーとバングラデシュ司牧訪問について素晴らしい体験だったと話された。

特に両国では数多くの若者たちと直接出会うことが出来、アジアの持つ力強い未来に直接触れることが出来た。彼らの微笑みの中に武器を製造する人々のではなく、平和を希求しそのために働く人々の未来の希望に満ちた姿を目の当たりにしたと、その強い印象について語られた。

カテケジスの後、教皇は数日前にアメリカ大統領がイスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転するとの発表に触れられ、当地がおかれている現状に関する深い憂慮の念を示された。

教皇は、エルサレムがユダヤ教、キリスト教およびイスラム教にとって聖なる都であり特別な意味を持っており場所であることから平和実現のために唯一無比の役割を果たしていることを改めて強調し、各国関係者らに、この特別な町の持つ特徴に考慮しつつ賢明な対処を呼びかけられた。またさらに、神に、聖地と中東のひいては全世界の平和と共存のためにエルサレムが果たす特別な役割の確保と強化を祈られた。

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