作成者別アーカイブ: yamamotomakoto

教皇、中国の信者らに寄り添う、扶助者聖母の祝日を前に

2019年5月22日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、中国の信者らに寄り添う、扶助者聖母の祝日を前に

教皇フランシスコは、一般謁見の席で、扶助者聖母の祝日を前に、中国のカトリック信者たちのために祈られた。

教皇フランシスコは、5月22日(水)、バチカンで行われた一般謁見の席で、中国のカトリック信者たちに向け、メッセージを述べられた。

カトリック教会の典礼暦は、5月24日、扶助者聖母マリアを祝う。

この祝日を前に、教皇は、「キリスト信者の助け手なる聖母」に捧げられ、信心を集める、中国・上海の佘山(シェシャン)の聖母巡礼聖堂を思い起こされた。

教皇はこれを機会に、毎日の労苦や困難の中で、信じ、希望を保ち、愛し続ける、中国のすべてのカトリック信者たちに、寄り添いの念と愛情を表明された。

「中国の親愛なる信者の皆さん、皆さんが慈愛と兄弟愛を証しし、常に普遍の教会との交わりのうちに一致できるよう、わたしたちの天のお母さんが、皆さんを助けてくださいますように」と祈った教皇は、祝福をおくると共に、謁見会場の信者らとアヴェ・マリアの祈りを唱えられた。

22 5月 2019, 14:21
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[クララ]旧信者、新信者?[2019.5.23.オミリア]

《復活節第5木曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[その日、]議論を重ねた後、ペトロが立って[使徒たちと長老たち]に言った。「兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人(いほうじん)が、わたしの口から福音(ふくいん)の言葉を聞いて信じるようになるためです。人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛(くびき)を、あの弟子たちの首に懸(か)けて、神を試みようとするのですか。わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。…。(使徒言行録15章)

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。」(ヨハネ福音書15章)

*本田哲郎訳 「父がわたしを大切にしてくれたように、わたしもあなたたちを大切にした。わたしのこの大切に思う心を、あなたたちは受けとめなさい。あなたたちがわたしの掟をふみ行なうなら、わたしが大切に思う心を、あなたたちは受けとめているのだ。それは、わたしが父の掟をふみ行なって、父が大切に思う心を受けとめているのと同じである」。「こういうことをあなたたちに話したのは、わたしの喜びがあなたたちにあるようにと、また、その喜びがいっぱいになるようにと願ってのことである。」

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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パリ控訴院、ランベールさんへの延命治療再開を指示

2019年5月21日バチカン放送日本語課の記事より。

パリ控訴院、ランベールさんへの延命治療再開を指示

フランスで、事故による脳の重度の損傷と四肢麻痺により長年病院での治療下にあったが、5月20日、延命処置の停止が行われた男性をめぐり、同日夜、パリ控訴院は治療の再開を命じた。

2008年、交通事故で脳に重度の損傷を受け、四肢麻痺により、病院で10年以上、治療下にあったフランス人男性、ヴァンサン・ランベールさん(42歳)に対し、ランベールさんの状態とその治療方針をめぐる家族間での意見の相違は、法廷での論争にまで発展していた。

長い論争の結果を踏まえ、担当医師らは延命治療の打ち切りを決定、5月20日、ランベールさんへの水分と栄養補給の停止が実行に移されたが、同じ日の夜、パリ控訴院は、両親の訴えを受け入れ、治療の再開を命じた。

同控訴院は、国連の障害者権利委員会がこの問題を精査し、その結果が発表されるまでは、治療が中断されることがないようにと指示した。

教皇フランシスコは、20日、「重い病気の状態にある人々のために祈りましょう。神の贈り物である命を、その初めから自然な死に至るまで、いつも守りましょう。切り捨ての文化に負けてはなりません」とツィートされた。

教皇は、2018年4月15日のレジーナ・チェリの祈りと、同年4月18日の一般謁見の席においても、英国の幼児アルフィー・エヴァンズちゃんの名と共に、ヴァンサン・ランベールさんの名を挙げ、重篤な病状のために、長期間にわたり生命維持治療を受けている世界中の患者たちのために祈り、すべての病者が尊厳と命を尊重され、病状にふさわしい治療を受けられるよう、アピールを行っている。

21 5月 2019, 16:48
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[クララ]つながっていれば[2019.5.22.オミリア]

《復活節第5水曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[2分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、あなたがたは既(すで)に清くなっている。わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。」(ヨハネ福音書15章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇「神の贈り物である命をいつも守ろう」

2019年5月20日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「神の贈り物である命をいつも守ろう」

四肢麻痺で長年にわたり治療中のフランス人男性をめぐり、延命治療の打ち切り方針とそのための手続きが進む中、教皇フランシスコは、「神の贈り物である命を、その初めから自然な死に至るまで、いつも守ろう」とメッセージされた。

教皇フランシスコは、5月20日のツィートで、「重い病気の状態にある人々のために祈りましょう。神の贈り物である命を、その初めから自然な死に至るまで、いつも守りましょう。切り捨ての文化に負けてはなりません」とメッセージされた。

フランスでは、2008年、交通事故によって脳に重大なダメージを受け、四肢麻痺で、10年以上にわたり治療を受けてきたフランス人男性、ヴァンサン・ランベールさんをめぐり、延命治療の打ち切りの方針が告げられ、そのためのプロセスが進んでいる。

ランベールさんの状態については、これまで「最低限の意識がある」という見解と、「慢性的植物状態」という見解が、家族内でさえ対立してきた。

ランベールさんの治療にあたる医師は、5月20日に延命治療中止の方針を伝えている。

一方、ランベールさんの両親は延命継続を求め、マクロン仏大統領に継続を訴える公開書簡を弁護団を通し発表した。

また、国連の障害者権利委員会は、この件について法的審査が尽くされない限り、必要な治療を中断することがないように要請している。

20 5月 2019, 18:52
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「イエスの愛をもって、互いに愛し合う」教皇、日曜の集い

2019年5月19日バチカン放送日本語課の記事より。

「イエスの愛をもって、互いに愛し合う」教皇、日曜の集い

教皇フランシスコは、日曜正午の祈りで、互いに愛し合うように招く、イエスの「新しい掟」を観想された。

教皇フランシスコは、バチカンで5月19日、日曜正午の祈りの集いを行われた。

説教で教皇は、この日の福音朗読箇所、ヨハネ福音書中の、イエスが弟子たちに「互いに愛し合いなさい」という「新しい掟」を与える場面(13,31-33a、34-35)を取り上げられた。

イエスは、最後の晩餐で弟子たちに「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13,34)と言われた。

教皇は、旧約聖書でも、自分自身を愛するように隣人を愛せと命じているが(参照レビ記19,18)、ならばイエスがこの掟を「新しい掟」と呼んだのはなぜだろうかと問われた。

教皇は、愛をめぐる掟が、「新しい」掟としてここに完成したのは、「わたしがあなたがたを愛したように」という、イエスの言葉が加わったことにある、と強調。

「この掟の新しさは、すべてイエス・キリストの愛の中にある。イエスはその愛をもって、わたしたちのために命を捧げられた。」

「その愛とは普遍で、無条件、無限の神の愛であり、十字架上で頂点を迎えた。神の御子が究極に身を低くし、神に完全に自らを委ねたその時、御子は満ち満てる愛を示し、それを世界に与えられた。」

と、このように語られた。

また、教皇は、イエスはこの新しい掟を与えながら、わたしたちに「自分たちの愛」だけで愛し合うことなく、聖霊がわたしたちの心に吹き込んだ「イエスの愛」をもって愛するよう招いている、と指摘。

神は、わたしたちが自分自身を愛する以上に、わたしたちを愛され、その神の愛をもって愛してこそ、わたしたちはあらゆる場所に愛の種を蒔き、人間関係を新たにし、希望の地平を開くことができる、と話された。

愛は人間関係の基礎となり、わたしたちを他の人々に向けて開かせ、自分の弱さや偏見を克服し、障害を乗り越えさせるもの、と話す教皇は、イエスの愛がわたしたちの中に橋を架け、新しい生き方を教え、兄弟愛を躍動させるのである、と述べられた。

           

           

19 5月 2019, 16:39
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[小郡]復活節第5主日[2019.5.19.]

《復活節第5主日》小郡教会で11時から行われた典礼における説教[4分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】さて、ユダが[晩さんの広間から]出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音13章)

*本田哲郎訳* ユダが出ていくと、イエスは言った。「今こそ、人の子は輝(かがや)きを得た。神も人の子によって輝きを得られたのだ。神が人の子によって輝きを得られたのなら、神もご自分の内から人の子を輝かし出される。すぐにも、人の子を輝かし出される。かけがえのない仲間たち、わたしがあなたたちといっしょにいるのは、いま少しのあいだだけだ。わたしは、あなたたちに新しい掟(おきて)を与える。互いに大切にしあいなさい。わたしがあなたたちを大切にしたように、あなたたちも互いに大切にしあいなさい。あなたたちが互いに大切にしあうなら、そのことによってあなたたちがわたしの弟子であることを、みんな、納得するようになるだろう」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]み言葉を聴く[2019.5.21.オミリア]

《復活節第5火曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[3分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻ってくる』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。」(ヨハネ福音書14章)

*本田哲郎訳:[イエスは言った。]「わたしは、平和をあなたたちにさし向ける。わたしの平和を、あなたたちに与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を不安にしてはならない。おびえてはならない。『わたしは行って、また帰ってくる』と言ったのを、あなたたちは聞いたはずだ。あなたたちがわたしを大切に思うのなら、わたしが父のもとに行くのをよろこびなさい。父はわたしよりもすぐれた方だからである」。「ことが起こるまえに、今、あなたたちに話した。いざ、ことが起こったときに、あなたたちが信頼をもってあゆみを起こさせるためである。これ以上いろいろ、あなたたちと話しているわけにはいかない。世の支配者が来るからだ。だが、かれはわたしをどうすることもできない。かれが来るのは、わたしが父を大切にしており、父がわたしに命じたとおり、わたしが行っていることを、世に分からせるためである。さあ、みんな立って、ここを出よう」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]復活節第5主日[2019.5.19.]

《復活節第5主日》鳥栖教会で8時30分から行われた典礼における説教[8分]を聴くことができます。*子どもとともにささげるミサ

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】さて、ユダが[晩さんの広間から]出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音13章)

*本田哲郎訳* ユダが出ていくと、イエスは言った。「今こそ、人の子は輝(かがや)きを得た。神も人の子によって輝きを得られたのだ。神が人の子によって輝きを得られたのなら、神もご自分の内から人の子を輝かし出される。すぐにも、人の子を輝かし出される。かけがえのない仲間たち、わたしがあなたたちといっしょにいるのは、いま少しのあいだだけだ。わたしは、あなたたちに新しい掟(おきて)を与える。互いに大切にしあいなさい。わたしがあなたたちを大切にしたように、あなたたちも互いに大切にしあいなさい。あなたたちが互いに大切にしあうなら、そのことによってあなたたちがわたしの弟子であることを、みんな、納得するようになるだろう」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]復活節第5主日前晩[2019.5.18.]

《復活節第5主日前晩》小郡教会で19時30分から行われた典礼における説教[9分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】さて、ユダが[晩さんの広間から]出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音13章)

*本田哲郎訳* ユダが出ていくと、イエスは言った。「今こそ、人の子は輝(かがや)きを得た。神も人の子によって輝きを得られたのだ。神が人の子によって輝きを得られたのなら、神もご自分の内から人の子を輝かし出される。すぐにも、人の子を輝かし出される。かけがえのない仲間たち、わたしがあなたたちといっしょにいるのは、いま少しのあいだだけだ。わたしは、あなたたちに新しい掟(おきて)を与える。互いに大切にしあいなさい。わたしがあなたたちを大切にしたように、あなたたちも互いに大切にしあいなさい。あなたたちが互いに大切にしあうなら、そのことによってあなたたちがわたしの弟子であることを、みんな、納得するようになるだろう」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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