作成者別アーカイブ: yamamotomakoto

[クララ]実行しないと[2018.6.14.オミリア]

《年間第10木曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[10分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺したものは裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」(マタイ福音書5章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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「十戒」を新たなテーマに、教皇一般謁見のカテケーシス

2018年6月13日バチカン放送日本語課の記事より。

「十戒」を新たなテーマに、教皇一般謁見のカテケーシス

教皇フランシスコは、バチカンで6月13日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)で、先週、堅信の秘跡のテーマを終了された教皇は、この日から新たに「十戒」をテーマにした考察に入られた。

このテーマの開始に当たり、教皇はマルコ福音書の「金持ちの男」のエピソード(10,17-21)を取り上げられた。

このエピソードでは、ある金持ちの青年がイエスに走り寄り、ひざまずき、「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と尋ねる。

イエスが「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」という掟を挙げると、彼はそういうことは子供の時から守ってきたと答えた。

そこでイエスは「あなたに欠けているものが一つある」と言い、行って、持っているものを売り払い、貧しい人に施すように勧めると、多くの財産があるこの男は、悲しみながら去っていった。

教皇は、この青年が発した「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいのか」という問いは、満ち満てる永遠の命を望む、すべての人にとっての挑戦であると述べられた。

どれだけの若者たちが「真に生きる」ことを求めながらも、はかないことに囚われ、道を誤ってしまうことか、と話された教皇は、わたしたち、特に若者たちにとっての最大の敵、人生で最も陥りやすい危険は、個々の問題そのものではなく、それに対応する凡庸さといくじのなさである、と強調。

福者ピエール・ジョルジョ・フラッサーティの「適当に生きるのではなく、生きなくてはならない」という言葉を思い起こしつつ、今日の若者たちには、健全な意味での安定を求めない心、真の人生に飢えた心が必要と述べられた。

イエスは出会ったこの若者に「あなたは掟を知っているはずだ」と、十戒の一部を掲げた。

イエスはこうした基本的な掟を示しながら、この男に欠けているものにたどり着こうとしたと、教皇は指摘。

実際、持っているものを売り払い、貧しい人に施し、自分に従うようにとのイエスの言葉は、貧しさへの招きではなく、むしろ真の豊かさへの招きであったと説かれた。

ある人が本物とコピー品のどちらかを選べと言われたら、偽物の方を選ぶだろうかと問われた教皇は、イエスは代用品を決して与えない、イエスが与えるのは真のいのち、真の愛であると話された。

そして、イエスは、ご自分が来たのは「律法や預言者を廃止するためでなく、完成するためである」(マタイ5,17)と言っておられるように、わたしたちもまた自分に「欠けているもの」から出発し、普通の人生を特別なものとするために、揺さぶりをかけなくてはならないと語られた。

教皇は、このカテケーシスを通して、わたしたちはイエスと手を取り合いながら、モーセの石版をキリスト者として受け取り、古く叡智に満ちた一つ一つの掟を再発見したいと話された。

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教皇、サッカーのワールドカップ・ロシア大会にメッセージ

2018年6月13日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、サッカーのワールドカップ・ロシア大会にメッセージ

教皇フランシスコは、サッカーのワールドカップ・ロシア大会にメッセージをおくられた。

6月13日、バチカンで行われた一般謁見の席で、教皇は翌日ロシアで開幕するサッカーW杯に触れ、すべての選手と、関係者、そして、あらゆる国境を超えるこのイベントをメディアを通して観戦するすべての人々に心からの挨拶を述べられた。

教皇は、この重要なスポーツイベントが、異なる文化・宗教間に、出会いと対話、兄弟愛を育み、国家間に連帯と平和を促進する機会となるよう祈られた。

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[クララ]イエスも「罪人」[2018.6.13.オミリア]

《年間第10水曜日聖アントニオ(パドバ)》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」(マタイ福音書5章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇、シンガポールでの米朝首脳会談のために祈る

2018年6月11日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、シンガポールでの米朝首脳会談のために祈る

教皇フランシスコは、シンガポールで行われる米朝首脳会談のために祈られた。

教皇は、6月10日、バチカンで行われた日曜正午の祈りの集いで、シンガポールでまもなく開催される米朝首脳会談に言及。

愛する朝鮮半島の人々のために、友情と祈りのうちに、特別な関心を寄せたいと述べられた。

この会談が、朝鮮半島はもとより全世界に、平和ある未来を保証するためのプロセス進展に寄与するよう、教皇は皆に祈りを呼びかけられた。

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[クララ]「地の塩」「世の光」とは誰のことか[2018.6.12.オミリア]

《年間第10火曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[9分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台(しょくだい)の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」(マタイ福音書5章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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アマゾン周辺地域のための特別シノドス:準備資料を発表

2018年6月8日バチカン放送日本語課の記事より。

アマゾン周辺地域のための特別シノドス:準備資料を発表

アマゾン周辺地域のための特別シノドスの準備資料が発表された。

教皇フランシスコは、昨年10月、アマゾン周辺地域のための特別シノドス(世界代表司教会議)の開催を発表。

「アマゾン、教会と統合的エコロジーのための新たな歩み」をテーマにした同シノドスは、2019年10月、バチカンにて開かれる。

シノドス事務局(事務局長:ロレンツォ・バルディッセーリ枢機卿)は、6月8日、この会議の準備資料を公布、その内容を紹介した。

バルディッセーリ枢機卿は、資料発表の席で、このシノドスはアマゾン周辺地域をテーマにしたものであっても、その考察は地域を超え、全教会ならび地球の未来と関わりを持つものであると指摘。

実際、これらの考察は、コンゴ河流域、中央アメリカの生物多様性回廊、アジア太平洋地域の熱帯雨林、グアラニー帯水層など、他の現実と関連づけることができ、この教会的・社会的・エコロジー的な大きな会議は、それぞれの領域を超えた視点を与え、従来の司牧方針を現代に則して見直しさせるものと話した。

シノドスでは、現在多くの危険にさらされている、アマゾン河流域の先住民への関心を優先課題とし、次に「共通の家」としての環境、エコロジー問題に触れる。これらの考察はすべて、教会の教えと、その地方の教会生活に照らして行われる。

このたび発表された資料は、シノドス開催に向けた準備の道筋を助言し、提案するものである。

資料は導入部および3つの部分からなり、それは「見つめる」「識別する」「行動する」という3段階のメソッドと呼応する。資料の末尾には質問表があり、地方教会や関係組織はこれに回答することになる。

第1部は、アマゾン地域のアイデンティティーを「見つめ」、耳を傾けることを目標に、社会=文化の多様性、先住民の教会の歴史、人民の正義と権利、アマゾンの人々の霊性と叡智などに触れている。

第2部の目的は、教会の教えと伝統に照らしたイエス・キリストにおける信仰から出発し、その新しい歩みを「識別」することにある。ここでは特にアマゾンにおける福音宣教を、聖書・神学・社会・環境・秘跡・教会・宣教の観点から捉える。

第3部では、統合的なエコロジーを背景に、アマゾンにおける教会の新しい司牧の歩みを模索し、より適した「行動」を探る。

バルディッセーリ枢機卿は、アマゾンの伝統文化における新しい福音宣教の課題は、貧しい人に関心を寄せることにあると述べ、アマゾンの人たちの声と叡智に注意深く耳を傾けることで、同地域での教会の新しい歩みの方向性と優先事項を知ることができるだろうと話した。

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[小郡]「年間第10主日」ミサ説教(2018.6.10.)

《年間第10主日:初聖体式》小郡教会聖堂で11時から行われたミサの説教[4分]を聴くことができます。

説教の前半(4分)をアップします。この話しの後、初めてご聖体のイエスさまを迎える二人の子どもの前で質問をしながら「聖体の秘跡」について説教しました(録音無し)。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[アダムが木の実を食べた後に、]主なる神は[彼]を呼ばれた。「どこにいるのか。」彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」主なる神は、蛇に向かって言われた。「このようなことをしたお前は あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で呪われるものとなった。お前は、生涯這(は)いまわり、塵を食らう。お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き お前は彼のかかとを砕く。」(創世記3章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]「年間第10主日」ミサ説教(2018.6.10.)

《年間第10主日》鳥栖教会聖堂で8時30分から行われたミサの説教[12分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】…イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、母なのだ。」(マルコによる福音書3章)

2018.6.6. 教皇一般謁見:フランシスコ「教会には主人も労働者もない、みな、等しく神の子であり教会のメンバー」

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「年間第10主日」前晩ミサ説教(2018.6.9.)

《年間第10主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[14分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】…イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、母なのだ。」(マルコによる福音書3章)

2018.6.6. 教皇一般謁見:フランシスコ「教会には主人も労働者もない、みな、等しく神の子であり教会のメンバー」

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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