カテゴリー別アーカイブ: 未分類

[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2018.4.21.〜2018.5.6.)

★★★鳥栖カトリック幼稚園外構工事のため4月一杯は佐賀銀行の職員駐車場をご利用ください。幼稚園駐車場はまだ完成していませんが、日曜日7時〜14時までは使えます。*警備員に一言お願いします。

★4月〜6月は小郡教会11時〜、鳥栖教会8時30分からになります。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。

主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

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[鳥栖]「復活節第2主日:神のいつくしみの主日」ミサ説教(2018.4.8.)

《復活節第2主日:神のいつくしみの主日》鳥栖教会聖堂で8時30分から行われたミサの説教[6分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」…。(ヨハネ福音書20章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

2018年2月25日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

教皇フランシスコは、シリアにおける暴力の停止と、人道的支援を訴えられた。

2月25日、バチカンで行われた日曜正午の祈りの集いで、教皇はシリア内戦の深刻さを増す状況に言及。

シリアは今月、東グータ地区を中心に、7年間の紛争の中で最も激しい暴力に見舞われ、子ども、女性、高齢者ら、非常に多数の市民が犠牲となっている事態を憂慮された。

病院は攻撃され、市民は食糧を手に入れることができない、こうしたすべての状況は非人間的であると教皇は強調された。

「悪に別の悪をもって報いることはできない。戦争とは悪である」と述べた教皇は、シリアにおける暴力の即時停止と、食糧・薬品等、人道支援へのアクセス、負傷者・病者らの避難を可能にするようアピールされた。

教皇はシリアのために一致した祈りを呼びかけられた。

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[鳥栖]「年間第6主日」世界病者の日:ミサ説教(2018.2.11.)

《年間第6主日:世界病者の日:》鳥栖教会聖堂で11時から行われたミサの説教[12分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】救いの源である神よ、ひとり子イエスのことばと行いによって、あなたの愛は世に現されました。悩み、苦しみの中から救いを求めるわたしたちの声を聞き、きょうもいつくしみの手を差し伸べてください。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【福音】[そのとき、]重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心(みこころ)ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。(マルコ福音書1章)

【奉納祈願】心も体もいやしてくださる神よ、救いのことばに力づけられて祈ります。感謝の秘跡を行うわたしたちが十字架の苦しみに結ばれ、復活の喜びにあずかることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【拝領祈願】いつくしみ豊かな神よ、救いの喜びに満たされて祈ります。聖霊に促されて遣わされるわたしたちが、神のことばをのべ伝える者として力強く歩むことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇、パリドーロの小児科病院を訪問

2018年1月5日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、パリドーロの小児科病院を訪問

教皇フランシスコは、ローマ郊外パリドーロの小児科病院、バンビーノ・ジェズ病院を訪問された。

バンビーノ・ジェズ(幼きイエス)病院は、教皇庁所有の小児科総合医療施設。1869年、ローマの篤志家によってイタリア最初の小児科専門病院として誕生して以来、来年で150年を迎える。

1924年、同病院は教皇庁に寄贈され、以来、歴代の教皇の保護を受け、ヨーロッパでも有数の規模と内容を持つ小児科総合病院として発展した。現在、ローマ市内には、歴史あるジャニコロ本部と、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ分院、さらにローマ近郊には、パリドーロと、サンタ・マリネッラに、2つの分院と、計4つの施設がある。

教皇は、「いつくしみの金曜日」と名づけ、可能な限り、一ヶ月に一回ほど、金曜日に医療や福祉施設などを訪問されている。

特にこの日の小児科病院訪問は、イタリアの子どもたちが贈り物を楽しみに待つ、6日の「主の公現」の祭日を前に行われた。

ローマから北へ30キロにある、パリドーロの分院は、1978年、教皇パウロ6世によって創設された。同院の利用者のおよそ4分の一は、地元ラツィオ州以外からの患者であるという。

教皇は、様々な病棟を訪問され、入院中の子どもたちに挨拶と祝福をおくられると共に、子どもたちを支える両親や、医療関係者らに励ましの言葉をかけられた。

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[クララ]マリアとともに[2017.12.22.オミリア]

《降誕三日前》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[4分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]マリアは言った。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう。力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力あるものをその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。(ルカ福音書1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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フィローニ枢機卿、東日本大震災の被災地で祈る

2017年9月24日バチカン放送日本語課の記事より

フィローニ枢機卿、東日本大震災の被災地で祈る

教皇庁福音宣教省長官フェルナンド・フィローニ枢機卿は、9月22日、東日本大震災の被災地を訪問した。

9月17日から始まったフィローニ枢機卿の日本司牧訪問は、後半に入り、視察と交流の場を西日本から東日本へと移した。

22日、大阪から仙台に到着した枢機卿は、福島県へ向かい、南相馬市の小教区やカリタスの活動拠点を訪問。

震災の傷跡を留める県内の諸地域をめぐりながら、復興の現状を見つめた。

フィローニ枢機卿はこの訪問を通して、震災で亡くなったすべての方々と被災市民、支援と復興に取り組む人々のために祈った。

夕刻、仙台教区のカテドラル、元寺小路教会でとり行われたミサの説教で、同枢機卿は、今回、被災地の訪問で、まだはっきりと残る震災の影響を目の当たりにして、いかに多くの人の命が犠牲になり、どれだけの家族が引き離され、熱心な努力で築いたものを失い、社会や宗教共同体が大きな変化を受けたかを思い、深い悲しみを新たにしたと述べた。

こうした現実を前に、「なぜ世界には悪が存在するのか。この悲しい現実をどう説明したらよいのか」と人は問うことになるが、いつでもすべてのことに対して人間が解答できるわけではない。神を信じる者にできる唯一賢明なことは祈りだけであり、こうして、ヨブのように神に自分をゆだねることであると話した。

使徒聖パウロは「コリントの信徒の手紙1」で、キリストが悪の象徴である死のとげを取り去ったことを説いていると枢機卿は指摘。イエスはその死の神秘を通して、人を恐れさせる死のとげを取り去り、人間を恐れから解放したと語った。

「イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村をめぐって旅を続け」(ルカ8,1)病気の人たちを癒したことをフィローニ枢機卿は観想。

イエスは人々に出会う時、彼らに近づき、話しかけ、その霊の力をもって人々を心身の病気を癒したが、これこそが、教会があらゆる場所で、あらゆる機会にすべきことと、教会関係者や信者たちの宣教精神を励ました。

フィローニ枢機卿もまた、ここ仙台で人々と出会い、寄り添い、希望と信頼、連帯と善の言葉を語り、苦しみの中にも、皆を心にかけ愛してくださる御父がおられ、イエスにおいて神はすべての困難を分かち合われることを伝えたかったと話した。

枢機卿は仙台教区と地域のすべての人々を聖母の保護に託すと共に、震災のすべての犠牲者と遺族の方々にキリストが慰めと勇気を与えてくださるよう祈った。

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教皇、イタリア議会の反マフィア委員会関係者とお会いに

2017年9月21日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、イタリア議会の反マフィア委員会関係者とお会いに

教皇フランシスコは、9月21日、イタリア議会の反マフィア委員会関係者とお会いになった。

この出会いで教皇は、イタリアにおいてマフィアとの戦いのために自らの命を犠牲にしたすべての人々を思い起こしつつ、中でもマフィアに暗殺された3人の裁判官、ロザリオ・リヴァティーノ、ジョヴァンニ・ファルコーネ、パオロ・ボルセッリーノ各氏の名を挙げられた。

教皇は今日の人々や組織の中に浸透する倫理的危機を指摘。

日和見主事や、虚言、ごまかし、自分の欲望を満たそうとする誘惑から人間を守り、「人間の心から再び出発する」ことが大切と話された。

利益の追求に根差した政治は、良心の声を掻き消し、悪を当たり前のことのように認識させ、真理と偽りを混同させてしまうと教皇は警告。

真の政治は、共通善や、希望、人間の尊厳を奪うマフィアとの戦いを、重要課題として優先するべきと説かれた。

教皇は特に贈収賄など社会の腐敗問題と対峙し、より正しい社会の構築のために努力するよう、関係者らを励まされた。

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8月の教皇の祈りの意向、「芸術家たち」のために

2017年8月8日バチカン放送日本語課の記事より。

8月の教皇の祈りの意向、「芸術家たち」のために

教皇フランシスコは、2017年8月の祈りの意向について、ビデオを通しメッセージを述べられた。

カトリック教会は、毎月の「教皇の祈りの意向」を示し、世界中の教会が日々の中でその意向に沿って祈るよう招いている。

教皇の祈りの意向には、「世界共通」と「福音宣教」の2種のテーマがある。

今年8月は世界共通のテーマとして、「芸術家たち」のために、次のように祈るよう呼びかけている。

「今を生きる芸術家たちが、与えられた才能によって、被造物の美しさに誰もが気づく助けとなりますように。」

今月の祈りの意向について、教皇はビデオの中で次のように話された。

「芸術は信仰の美を表現し、神の創造の偉大さをメッセージとして宣言します。

それゆえに、わたしたちが芸術作品や、自然の素晴らしさに感嘆する時、すべてのものが神とその愛を語っていることに気づきます。」

今日の芸術家たちのために祈りましょう。彼らがその才能の業を通して、すべての人が被造物の美しさに気づくよう、助けとなることができますように。」

以下は《霊性センター「せせらぎ」》のホームページから

2017年8月  1.心で受け止める
 教皇は世界共通の意向として、芸術家を取り上げ、被造物の美しさに気づく助けとなるようにと祈ることを勧めています。
 私たちは日ごろ、頭を使って、論理的にしかも合理的に思考することにならされて生活しています。そして、論理的にしかも合理的あるいは効率的に課題を解決する能力の程度によって、その人を評価していることも一つの事実です。その能力の積み重ねによって、人類は科学技術を進歩発展させてきたのです。
 ところが、まだ解明されていない被造物の神秘がたくさん存在していることも事実です。その最たるものに生命の誕生と伝承ということができるでしょう。そして、その神秘の奥には、私たち人間の力をはるかに超える、大いなるものが存在し、私たちキリスト教はそれを三位一体の神として信仰の対象としています。論理的に説明できない神の存在は、論理を越えた感性によって受け止めるほかありません。この心を使って、感性で受け止める神の存在の確認は、被造物の美を表現する芸術と通じるところがあるはずです。
 そして、この心で受け止める感性は、実は祈りの基本にも通じています。もちろん、頭を使って、イエス・キリストが私たちに何を伝えようとし、また神がひとり子を私たちにお与えになって、苦しみの後に十字架につけられて死に、復活して永遠のいのちをお示しになったかを理解しようとすることも大切です。しかし、同時に心を柔らかくして、神からのメッセージに敏感になることもとても大切です。
 神がお造りになったすべての被造物の美しさを私たちに伝えてくれる芸術家たちが、祈りの心をもって、創作活動に励むことができるように、そして私たちも、神からのメッセージを心で受け止めることができるようにと祈りながら、この一週間を被造物の美しさに触れながら過ごしてまいりましょう。
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