カテゴリー別アーカイブ: バチカン

教皇、韓国大統領と会談

2018年10月18日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、韓国大統領と会談

教皇フランシスコは、韓国の文在寅大統領とお会いになった。

教皇フランシスコは、10月18日、バチカン宮殿に、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を迎えられた。

教皇と文大統領との会談は、和やかな雰囲気のもとに行われた。

会談では、特にバチカンと韓国の友好関係、およびカトリック教会の韓国の社会・教育・医療の分野における貢献、また朝鮮半島の対話と和解の推進のための寄与が強調された。

また、朝鮮半島に未だ存在する緊張を克服し、平和と発展の新時代を開くための、あらゆる有効な取り組みにおける共通の努力に対し、明確な評価が示された。

最後に、地域のいくつかの問題がテーマとなった。

文大統領は、教皇との会談に続き、バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿および外務局長リチャード・ギャラガー大司教とも会見した。

これに先立つ10月17日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、バチカン国務長官パロリン枢機卿により、朝鮮半島の「平和のためのミサ」が捧げられ、文大統領もこのミサに参列した。

18 10月 2018, 16:55
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バチカン国務長官「教皇は北朝鮮訪問に前向きな回答」

2018年10月19日バチカン放送日本語課の記事より。

バチカン国務長官「教皇は北朝鮮訪問に前向きな回答」

バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は、教皇フランシスコが北朝鮮を訪問することに前向さを示した、と明らかにした。

バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は、教皇フランシスコが北朝鮮を訪問することに対し、前向きな姿勢を表明したと述べた。

同枢機卿は、10月18日、聖パウロ6世の回勅をめぐる本、「回勅『フマネ・ヴィテ』の誕生」(バチカン出版局)の記者発表の席で、報道関係者の質問に答えた。

パロリン枢機卿は、すでに報道されているように、韓国の文在寅大統領が、教皇フランシスコとの会談の際、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長からの教皇の訪朝を望むとの旨を伝え、教皇がこれに前向きさを示したのは、本当であると述べた。

韓国大統領はこの件を口頭で伝え、教皇もそれに対し口頭で答えたであろうという意味で、これはまだ最初のアプローチの段階であると、同枢機卿は話した。

パロリン国務長官は、この訪問を真剣に検討する段階になれば、当然、それを実現するための条件が要求されると述べると共に、自身の見解では、こうした訪問には、周到な準備と考察が必要と語った。

教皇の訪問はどのような貢献をもたらすかという質問に対し、同国務長官は、今回の韓国大統領のバチカン訪問が、朝鮮半島の平和と非核化のプロセスに寄与しているように、教皇の訪問も同様の貢献をもたらすだろうと話した。

 

19 10月 2018, 15:26
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韓国大統領、今月バチカン訪問、教皇に北朝鮮の金委員長のメッセージ伝える意向

2018年10月9日バチカン放送日本語課の記事より。

韓国大統領、今月バチカン訪問、教皇に北朝鮮の金委員長のメッセージ伝える意向

教皇フランシスコは、10月18日、韓国大統領の訪問を受けられる。

バチカンのグレッグ・ブルク広報局長によれば、教皇フランシスコは、10月18日(木)、バチカン宮殿で、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領とお会いになる。

これに先立つ10月17日(水)、バチカンの聖ペトロ大聖堂において、バチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿司式による、朝鮮半島の平和を願うミサがとり行われる。文大統領はこのミサに出席を予定している。

国際的通信社によれば、10月9日、韓国大統領府の報道官は、文在寅大統領が10月17日と18日にバチカンを公式訪問することを発表した。

文大統領は、教皇フランシスコとの会見において、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長からの、教皇の訪朝を招請し、実現の際は「熱烈に歓迎する」との意を示すメッセージを伝える意向という。

09 10月 2018, 17:13
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教皇庁人事:広報省の長官に、ジャーナリストのパオロ・ルッフィーニ氏

2018年7月5日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇庁人事:広報省の長官に、ジャーナリストのパオロ・ルッフィーニ氏

教皇フランシスコは、教皇庁広報省の長官に、ジャーナリストのパオロ・ルッフィーニ氏を任命した。

教皇庁広報省の新長官となるルッフィーニ氏は、61歳、ジャーナリストとして、新聞・TV・ラジオの分野で40年近い経験を持つ。最近ではイタリアのカトリック司教協議会の放送網、TV2000の放送総局長を務めていた。

ルッフィーニ氏は、1956年、イタリア・シチリア州パレルモの生まれ。

1979年から、ジャーナリストとして、ナポリのイル・マッティーノ紙(1979-1986)、ローマのイル・メッサジェーロ紙(1986-1996)の記者を務めた。

ラジオでは、イタリア放送協会の、ラジオニュース(1996-2002)、国会番組(1998-2002)ラジオ1(1999-2002)のディレクターを歴任、その後、イタリア司教協議会のラジオ放送、インブルー・ラジオの放送局長(2014-2018)となった。

テレビの分野では、イタリア放送協会のRAI3(2002-2011)で局長などを務め、その後、TV局La7(2011-2014)、TV2000(2014-2018)で、それぞれ放送総局長に就任している。

ちなみに、教皇庁広報事務局は、教皇フランシスコの2018年2月27日付の教書により、同年6月23日をもって、教皇庁広報省となった。

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聖ペトロ・聖パウロ祭日:教皇、東京教区・菊地大司教ら、首都大司教のパリウム祝別

2018年6月29日バチカン放送日本語課の記事より。

聖ペトロ・聖パウロ祭日:教皇、東京教区・菊地大司教ら、首都大司教のパリウム祝別

カトリック教会の典礼暦は、6月29日、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日を迎えた。

同日午前、教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ広場で、ローマの保護者である両聖人を祝うミサを捧げられた。

教皇ミサは、菊地功・東京大司教ら、最近任命された首都大司教たち、また大阪大司教・前田万葉枢機卿ら、前日28日の公開枢機卿会議(コンチストーロ)で叙任されたばかりの新枢機卿たちをはじめ、世界各地の多くの枢機卿・司教による共同司式でとり行われた。

儀式には、正教会のエキュメニカル総主教庁から使節が参列。バチカンと同総主教庁間では、聖ペトロ・聖パウロの祭日と聖アンデレの祭日に、毎年使節が交換されている。

また、日本の巡礼団も参加し、共同祈願では、日本語による祈りも唱えられた。

この日のミサの伝統として、教皇は式中、首都大司教らに授与する「パリウム」を祝別された。

「パリウム」は、白く細長い帯状の肩掛けで、キリストの傷跡を象徴して、6箇所に黒い絹糸で十字架が刺繍されている。毎年聖アグネスの日(1月21日)に教皇に祝別された子羊の毛を用い、作られる。カズラ(祭服の一種)の上から肩に掛けるパリウムは、羊を肩の上に背負う「善き羊飼い」の姿を象徴している。

パリウムを祝別された教皇は、ミサの終わりにそれを首都大司教一人ひとりに手渡された。

首都大司教らはパリウムを各教区に持ち帰り、後日、その国に駐在する教皇大使の手を通して、信者たちの前で肩にかける式を行う。

ミサの説教で、この日の福音朗読を取り上げた教皇は、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」(マタイ16,15)というイエスの問いに、シモン・ペトロが「あなたはメシアです」(参照:同16,16)と答える場面を観想された。

「あなたはメシアです」というペトロの答えは、その時、彼に考えつく限りの最も偉大な呼び名をイエスに与えるものであった、と教皇は振り返られた。

さらに、興味深いことに、ペトロがこのように信仰を表した後に、イエスがご自分の死と復活を予告し、弟子たちに説明し始めていることを教皇は指摘された。

しかし、ペトロは、イエスのこの思いがけない予告に対し、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」(同16,22)といさめ始めた。すると、イエスはペトロに「サタン、引き下がれ」と言われた。

教皇は、信仰を表したばかりのペトロが、すぐにメシアの道を邪魔する「つまずきの石」となり、知らぬ間にイエスの敵になってしまったことに注目。

ペトロの生涯と信仰告白を観想することは、使徒の人生につきまとう誘惑について学ぶことでもあると話された。

そして、ペトロのように、教会もまた、宣教のつまずきとなる悪のささやきに、常にさらされていると語られた。

教皇は、メシアであるキリストの業に参与することは、キリストの栄光、すなわち十字架に参与することであると強調。

イエス・キリストにおいて、栄光と十字架は常に共にあり、それらは切り離すことができないと説かれた。

キリスト者でありながらも、主の傷と適度な距離を保とうとする誘惑に注意を促される教皇は、人間の苦しみに触れるイエスは、わたしたちにご自身と共に隣人の苦しみに触れるようにと招いておられる、と呼びかけられた。

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前田万葉枢機卿はじめ、新枢機卿の叙任式、バチカンで

2018年6月28日バチカン放送日本語課の記事より。

前田万葉枢機卿はじめ、新枢機卿の叙任式、バチカンで

教皇フランシスコは、バチカンで、新枢機卿の叙任式をとり行われた。

6月28日午後、教皇は聖ペトロ大聖堂で公開枢機卿会議(コンチストーロ)を開催。この中で大阪教区大司教・前田万葉枢機卿を含む、14人の新しい枢機卿を叙任する儀式を行われた。

教皇は、これに先立つ5月20日、日曜正午の祈りの集いの席で、教皇選挙(コンクラーベ)の投票権を持つ80歳未満の枢機卿11人と、選挙権を持たない80歳以上の枢機卿3人の、名前を発表されていた。

この日、大聖堂内には、教皇と新枢機卿らを囲んで、教皇庁や世界各国の枢機卿たちが集まった。

式の初めに、ルイス・ラファエル・サコ、カルデア典礼バビロニア総大司教が、新枢機卿を代表し、教皇に感謝の言葉を述べた。

マルコ福音書(10,32‐45)が朗読された後、教皇は説教を行われた。

「一行がエルサレムへ上っていく途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた」(マルコ10,32)。

教皇は、マルコ福音書のこの言葉から、唯一無比の教えをもってご自分の民を顧み、先頭に立って皆を導く主の姿を観想。

一方で、エルサレムに近づきつつ、イエスがご自分の死と復活について三度目の予告をする、緊張に満ちた状況にもかかわらず、自分の地位をイエスに願い出たり、そのことで腹を立てる弟子たちの争いをも、教皇は見つめられた。

イエスはこのような弟子たちに対し、支配者たちは民を支配し権力をふるっているが、「しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になりなさい」(参照:マルコ10,43)と言われた。

教皇は、「あなたがたの間では、そうではない」というイエスの言葉を掲げつつ、共同体の中での無用な議論や自己優先的態度をとることなく、むしろ人々に奉仕する者となるように招く、主の教えを示された。

そして、主のこの言葉は、共同体が自分自身だけを見つめることから抜け出し、眼差しを本当に大切なもの、すなわちミッションへと向けるように助けるものであると話された。

真に信頼に値する権威は、キリストに奉仕するために人々の足元に身をかがめることから生まれると述べた教皇は、神の忠実な民の中で、飢えた人、忘れられた人、受刑者、病者、麻薬中毒患者など、希望や失望、苦しみや傷を抱えた具体的な人々の中で、キリストに仕えるよう、新枢機卿らを励まされた。

説教に続き、教皇は、枢機卿叙任のためのラテン語の式文を述べ、新枢機卿らの名前を読み上げられた。

新枢機卿らは信仰宣言を唱え、教皇への忠実と従順を宣誓した。

この後、帽子と指輪の授与が行われた。

教皇は、枢機卿のシンボルである緋色の帽子「ベレッタ」と、指輪、任命書を一人一人に手渡し、温かい抱擁を与えられた。

またこの際、教皇は、それぞれの枢機卿に象徴的に託される、ローマの名義教会名を告げられた。

前田万葉枢機卿には、モンティ地区の聖プデンツィアーナ教会のタイトルが与えられた。

この後、新枢機卿らは、枢機卿団に迎えられ、そのメンバーらとも平和の抱擁を交換した。

叙任式を終えた新枢機卿らは、同日夕方、バチカンのパウロ6世ホールなどを会場に、お祝いに駆け付けた関係者や信者たちの訪問を受ける。

翌6月29日、ローマの保護者、使徒聖ペトロと聖パウロの祭日、教皇は新枢機卿、また最近任命された首都大司教らと共に、バチカンの聖ペトロ広場でミサを捧げられる。

**********

この日、教皇フランシスコにより叙任された新しい枢機卿は以下のとおり。

(儀式における発表順・敬称略、括弧内は出身国・年齢・所属修道会等)

・ルイス・ラファエル・サコ、カルデア典礼バビロニア総大司教(イラク、69)

・ルイス・ラダリア、教理省長官(スペイン、74、イエズス会)

・アンジェロ・デ・ドナーティス、ローマ教区教皇代理(イタリア、64)

・ジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ、国務省総務局長官代理、駐マルタ騎士団特別使節(イタリア、70)

・コンラート・クライェウスキ、教皇慈善活動室責任者(ポーランド、54)

・ジョセフ・コーツ、カラチ大司教(インド、72)

・アントニオ・ドス・サントス・マルト、レイリア=ファティマ司教(ポルトガル、71)

・ペドロ・バレート、ワンカヨ大司教(ペルー、74、イエズス会)

・デシレ・ツァラハザナ、トゥアマシナ大司教(マダガスカル、64)

・ジュゼッペ・ペトロッキ、ラクィラ大司教(イタリア、69)

・トマス・アクィナス・前田万葉、大阪大司教(日本、69)

・セルジョ・オベソ・リヴェラ、ハラパ名誉大司教(メキシコ、86)

・トリビオ・ティコナ・ポルコ、コロコロ司教(ボリビア、81)

・アクィリーノ・ボコス・メリノ、クラレチアン宣教会・司祭(スペイン、80)

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対話:中国における教会の宣教に必要な選択

2018年6月26日バチカン放送日本語課の記事より。

対話:中国における教会の宣教に必要な選択

教会の宣教は常に変わらないといえる。しかし、今日の中国の状況を背景に宣教を考える時、当局との建設的対話の強い必要が浮かび上がってくる。
 

〈特集:中国におけるカトリック教会〉セルジョ・チェントファンティ、ベルント・ハーゲンコルト神父(イエズス会)編
 

司祭、信徒、修道者、誰であっても、キリストの弟子たちは皆、どこでも、いつの時代にも、人々の間にあって、光・塩・パン種となる使命を持っている。それは彼らの善き業を見た人々が皆、天の御父に栄光を帰するためである。中国の教会において、それは異なると言えるのだろうか?

実際、最近中国が、特に欧米社会との、冷静な比較を試みる代わりに、ある種の閉鎖的態度をとっていると指摘する人々がいる。一方で、教皇庁は、非難や、より率直な批判の態度をとるかわりに、どうして対話や協定を信頼し続けることができるのかと問う声もある。

教皇庁が持つ、国際社会に対する、特に紛争や危機をめぐる多くの介入経験から推論できるように、対話を求めるのは、隔たりと無理解がより拡大することの危険を自覚しているからであり、そこで対話はチャンスとなるだけでなく、不可欠な選択となるからである。何よりも、教会は自らの信者たちに、とりわけ彼らが大きな苦しみに接している場合に、特別に寄り添う責任を負っていることを忘れてはならない。実際、他の機関にとっては、「同意」、あるいは「譲歩」のしるしとさえ受け取られかねないことが、教会にとっては、道徳的義務であり、福音の要求に応える、霊的な強さのしるしなのである。

中国においてこのミッションを遂行するには、教会は政界に対し特権を願う必要はない。教会はただ、正当な方法で、ありのままの自分でいなければならない。実際、必要な自由さえ欠如したような、特殊で究極の状態においても、教会はその福音宣教を前進させる方法を追求することができる。

さらに、いかなる時代、世界のいかなる場所においても、教会にとって困難と十字架を伴わなかったことはない。むしろ、気づくべきことは、たとえ今日でも、宣教に理想的な条件は、民主主義的により発展した国々においてさえも存在しないように見えるということである。

一方で、教会は、信仰や、愛、内部の一致なしではやっていけない。そのために教会の中には、信仰と愛における一致を育む非常に特別な仕事がある。それが教皇の任務といわれるものであり、それをつかさどるのはローマ司教、すなわち教皇である。

中国における教会のミッションは、その何億という人々を前に、何よりも一致した、信頼性のある教会として存在することにある。そして、中国国民の生活があるところにはできる限り、どこにでも存在することである。どのような機会、状況、環境、あらゆる社会の出来事において、謙遜と、またキリスト教的希望に基づく先見性をもって、彼らと運命を共にし、神が自らお与えになる未来から人類が切り離されないように、良い未来を拓くことである。

今日、グローバル化や豊かさの普及、生活や環境クオリティ、平和や人権など、また環境や人間関係の消費主義と切り離せない世俗化、他者と対抗しながらも自分たちの利害を追求する国々、宗教的無関心、弱者や社会からはみ出した人々の締め出し、これら現代の大きな挑戦を前に、教会はまさにそこに存在し、世の命のために死に復活したキリストを告げ知らせる必要がある。

こうしたことは、言葉の上では、もっともらしく簡単に見える。キリスト教徒が良い心がけにあふれているならば、なぜ政府当局はキリスト教徒を恐れたり、彼らの前に多くの障害を置く必要があるのだろうか。実際には、その教会が置かれた具体的な環境を知ることが必要である。ある種の環境では、キリスト教徒の過ちや罪が非難されるだけでなく、彼らの良い行いまでもが、特に最初の頃は、歓迎されないことがある。

中国の政治当局もまた、かなり前から、宗教は経済の発展と社会正義の発展と共に消え去る表層的な現象ではなく、人間の構成的要素であることに、気付き始めている。純粋な宗教体験は、人々と社会の調和ある発展のために欠かせない要素である。現代の発展し複雑化した社会においても、宗教の存在は大きな活力と刷新力を示している。

中国において、儒教哲学の伝統的な見方によれば、親切や、友情、教育、権威に対する従順などの道徳の教えと共に、国家はあらゆる形の宗教を、法律をも利用しながら、厳しく管理する権利を持つという考えがある。一方で、19、20世紀の中国の歴史は、文化的・宗教的な要因がからまった、当時の政府に対する、いくつかの反乱や、社会的・政治的な様々な動きを記録している。これらの歴史的出来事をめぐる政治的見解は別とし、ここから宗教一般に対する考えに混乱や偏見が生じたことも念頭に置かねばならない。こうしたことが宗教的分派主義や、宗教感情の政治利用とは全く関係のない、偉大な宗教的伝統に損害を与えることになったといえよう。

中国の社会と文化は、原理主義的で理性を持たないアプローチと、カトリック信仰は全く合いいれないものであることを、より理解するよう招かれている。

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「若者」テーマのシノドス、討議要綱発表

2018年6月19日バチカン放送日本語課の記事より。

「若者」テーマのシノドス、討議要綱発表

今年10月、バチカンで開催される、「若者」をめぐるシノドスのための「討議要綱」が発表された。

 世界代表司教会議(シノドス)第15回通常総会は、「若者、信仰、そして召命の識別」をテーマに、2018年10月3日から28日まで開かれる。

同シノドス開催に先立ち発表された討議要綱は、「序文」に続き、「認める」「判断する」「選択する」の3つのアクションを伴う全3部と、「結び」からなる。

討議要綱の構成は以下のとおり。

・序文

・第一部 認める:現実に耳を傾ける教会
  第1章:今日、若者であるということ 
  第2章:経験と表現
  第3章:切り捨ての文化の中で
  第4章:人間学的・文化的挑戦
  第5章:若者に耳を傾ける

・第二部 判断する:信仰と召命の識別
  第1章:若さの祝福
  第2章:信仰の光に照らされた召命
  第3章:召命識別のダイナミズム
  第4章:共にいて見守る技術

・第三部 選択する:司牧的・宣教的回心の歩み
  第1章:統合的な展望
  第2章:日常生活に深く分け入る
  第3章:福音化された、福音宣教する共同体
  第4章:司牧の活性化と組織化

・結び

同討議要綱は、インターネットを通した質問書に対するおよそ10万人の青少年の回答や、シノドス準備会議の結果など、多くの資料を基に起草され、若者たちの現実を読み解くための鍵を提供している。

その中では特に、「今日の若者たちは何を望んでいるのか」「教会に何を求めているのか」ということが注目される。

若者たちは第一に、模範となり、権威ある、文化的に堅固な「真の教会」を求めていることがわかる。

また、若い人たちは、教会が「透明性を持ち、受容的で、誠実、魅力的で、コミュニケーション能力があり、近づきやすく、喜びに満ち、双方向的」であることを望んでいる。

その一方で、教会に何も期待しない、あるいは教会の対話者としての役割を重要視しない、さらには、教会の存在をわずらわしいと感じる若者たちもいる。

こうした背景として、教会の様々なスキャンダル、青少年司牧における司祭たちの養成不足、現代社会において教会の教えと道徳的立場を説明するのに困難が伴うことなどが、指摘される。

討議要綱には、青少年司牧を考える上でのいくつかのキーワードが浮かび上がる。

それらは、「聞く」「寄り添い」「回心」「識別」「挑戦」「召命」「聖性」などの言葉である。

「聞く」:若者たちは自分が置かれた状況を深い理解をもって聞いてもらい、彼らの日常の体験を分かち合いたいと思っている。また、教会の中で自分の意見が尊重され、教会の一員として認められることを望んでいる。

「寄り添い」:若者たちに、霊的・心理的・教育的に、また家庭司牧・召命司牧の立場から寄り添うことは、教会にとって本質的な義務であり、若い人たちにとっては権利である。

「回心」:討議要綱は様々な意味での「回心」に言及している。それは、キリスト教徒が少数派である場所で、暴力をもって「回心(改宗)」を迫られる若者たちの悲劇であったり、教会において若者たちの統合的な養成・教育を目指す上での「組織的回心」や、また教会の勇気ある「文化的回心」を望む声であったりする。

「識別」:この要綱において、「識別」とは、若者たちの必要に応えて「外に向かう教会のスタイル」であり、「神の御旨を具体的に知り、受け入れるための霊的活力」「神の時・神の招き」を知り、それを無駄にしないための「道具」として認識されている。

「挑戦」:宗教的差別、人種差別、就業の不安定、貧困、薬物・アルコール中毒、いじめ、搾取、孤独などに対する挑戦の必要が示される。

「召命」:「召命」という言葉に対し、若者たちは偏見や先入観を持っており、この言葉を司祭や修道者への召命に限定せず、青少年司牧の中でさらに広い意味で使う必要に言及。厳密な司祭召命という意味では、召し出しの減少を真剣に捉え、魅力ある召命司牧の模索を望んでいる。

「聖性」:討議要綱は「聖性」というテーマをもって締めくくられる。「若さとは聖性のための時」であるとし、聖性をすべての若者たちが到達できるものとして示している。

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アマゾン周辺地域のための特別シノドス:準備資料を発表

2018年6月8日バチカン放送日本語課の記事より。

アマゾン周辺地域のための特別シノドス:準備資料を発表

アマゾン周辺地域のための特別シノドスの準備資料が発表された。

教皇フランシスコは、昨年10月、アマゾン周辺地域のための特別シノドス(世界代表司教会議)の開催を発表。

「アマゾン、教会と統合的エコロジーのための新たな歩み」をテーマにした同シノドスは、2019年10月、バチカンにて開かれる。

シノドス事務局(事務局長:ロレンツォ・バルディッセーリ枢機卿)は、6月8日、この会議の準備資料を公布、その内容を紹介した。

バルディッセーリ枢機卿は、資料発表の席で、このシノドスはアマゾン周辺地域をテーマにしたものであっても、その考察は地域を超え、全教会ならび地球の未来と関わりを持つものであると指摘。

実際、これらの考察は、コンゴ河流域、中央アメリカの生物多様性回廊、アジア太平洋地域の熱帯雨林、グアラニー帯水層など、他の現実と関連づけることができ、この教会的・社会的・エコロジー的な大きな会議は、それぞれの領域を超えた視点を与え、従来の司牧方針を現代に則して見直しさせるものと話した。

シノドスでは、現在多くの危険にさらされている、アマゾン河流域の先住民への関心を優先課題とし、次に「共通の家」としての環境、エコロジー問題に触れる。これらの考察はすべて、教会の教えと、その地方の教会生活に照らして行われる。

このたび発表された資料は、シノドス開催に向けた準備の道筋を助言し、提案するものである。

資料は導入部および3つの部分からなり、それは「見つめる」「識別する」「行動する」という3段階のメソッドと呼応する。資料の末尾には質問表があり、地方教会や関係組織はこれに回答することになる。

第1部は、アマゾン地域のアイデンティティーを「見つめ」、耳を傾けることを目標に、社会=文化の多様性、先住民の教会の歴史、人民の正義と権利、アマゾンの人々の霊性と叡智などに触れている。

第2部の目的は、教会の教えと伝統に照らしたイエス・キリストにおける信仰から出発し、その新しい歩みを「識別」することにある。ここでは特にアマゾンにおける福音宣教を、聖書・神学・社会・環境・秘跡・教会・宣教の観点から捉える。

第3部では、統合的なエコロジーを背景に、アマゾンにおける教会の新しい司牧の歩みを模索し、より適した「行動」を探る。

バルディッセーリ枢機卿は、アマゾンの伝統文化における新しい福音宣教の課題は、貧しい人に関心を寄せることにあると述べ、アマゾンの人たちの声と叡智に注意深く耳を傾けることで、同地域での教会の新しい歩みの方向性と優先事項を知ることができるだろうと話した。

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人事:教皇、埼玉教区司教と、大阪大司教区補佐司教を任命

2018年6月4日バチカン放送日本語課の記事より。

人事:教皇、埼玉教区司教と、大阪大司教区補佐司教を任命

教皇フランシスコは、日本の埼玉教区の司教と、大阪大司教区の2名の補佐司教を任命された。

教皇は、6月2日付で、埼玉教区の新しい司教として、サレジオ修道会の現日本管区長マリオ山野内倫昭神父(62)を任命された。

山野内神父は、1955年、大分に生まれ、アルゼンチンでサレジオ会に入会。1982年、終生誓願。1984年、司祭叙階。1997年、日本に戻る。2014年からサレジオ会日本管区・管区長。

また、教皇は同日付で、大阪大司教区の補佐司教として、クラレチアン宣教会会員で現在玉造教会(大阪カテドラル聖マリア大聖堂)の主任司祭を務める、ホセ・マリア・アベイヤ神父(68)と、オプス・デイ属人区の司祭で、大阪教区で司牧に携わるパウロ酒井俊弘神父(58)を任命された。

アベイヤ神父は、1949年、スペインのリェイダに生まれた。1966年、クラレチアン宣教会初誓願。1972年、終生誓願。1975年、司祭叙階。名古屋、東京、大阪の各教区で宣教司牧。2003年から2015年まで、クラレチアン宣教会総長。2015年、日本に戻り、大阪教区の小教区やブロックの司牧に従事。2017年、玉造教会主任司祭。

酒井神父は、1960年、兵庫県の生まれ。1985年、イタリア・スペインに留学。1988年、スペインで司祭叙階。オプス・デイ属人区の司祭となる。1990年、帰国。以後、長崎教区、次いで大阪教区で司牧に携わってきた。

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