カテゴリー別アーカイブ: バチカン

前教皇ベネディクト16世、91歳の誕生日

2018年4月16日バチカン放送日本語課の記事より

前教皇ベネディクト16世、91歳の誕生日

前教皇ベネディクト16世は、4月16日、91歳の誕生日を迎えられた。

ベネディクト16世(ヨセフ・ラッツィンガー)は、1927年4月16日、ドイツのマルクトル・アム・インに生まれた。1951年、司祭叙階。1977年、ミュンヘン=フライジング大司教。2005年4月19日、第265代目ローマ教皇に選出された。2013年2月11日、引退を発表。同年2月28日、教皇職から退位。現在、祈りに専念した生活をおくられている。

この日、ベネディクト16世は、91歳の誕生日を、お住まいであるバチカン市国内の修道院「マーテル・エクレジエ」で、兄のゲオルグ・ラッツィンガー師と共に、家庭的な雰囲気の中で祝われた。

同日朝、教皇フランシスコは、前教皇のためにミサを捧げられ、お祝いのメッセージをおくられた。

夕方には、バチカンのスイス衛兵の楽隊が、「マーテル・エクレジエ」前で、ベネディクト16世の誕生日を祝う演奏を行なった。

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若者たちによるシノドス準備ミーティング終了

2018年3月25日バチカン放送日本語課の記事より

若者たちによるシノドス準備ミーティング終了

ローマで開かれていた若者たちによるシノドス準備ミーティングが終了した。

今年10月に「若者たち、信仰そして召命の識別」をテーマとする世界代表司教会議(シノドス)第15回通常総会がバチカンで開催されることに先立ち、同シノドスを準備する目的で青年たち自身が参加するミーティングが、ローマ市内の教皇庁立国際神学院「マリア・マーテル・エクレジエ」で開かれていた。

3月19日から24日まで開催されたこのミーティングには、世界各国から、カトリック信者だけではなく、他のキリスト教教会や、諸宗教、無宗教の若者たちも含む300人以上が会場に集い、この他にインターネットを通して各地から約1万5千人が参加した。

最終日、言語別の20グループと、ソーシャルメディアを通した6グループの会議の成果を基礎に、ミーティングの参加者ら皆の意見を要約したものとして、文書が発表された。

文書は全15ページで、序文以下、次のようにテーマ別にまとめられている。

第一部「現代の若者の挑戦とチャンス」
1.人格の育成
2.他者との関係
3.若者と未来
4.テクノロジーとの関係
5.人生の意味の探求

第二部「信仰と召命、識別と寄り添い」
6.若者たちとイエス
7.信仰と教会
8.人生の召命の意味
9.召命の識別
10.若者と寄り添い

第三部「教会の教育的・司牧的行為」
11.教会のスタイル
12.若い主役たち
13.優先すべき場所
14.強化すべき催し
15.利用すべき手段
 -マルチメディア
 -教会運動等への参加
 -芸術と美
 -礼拝・観想・黙想
 -信仰経験の分かち合い
 -教会会議性

この文書は、21世紀を生きる、出身地も、宗教、文化的背景も異なる青年たちによる、考察の結果であり、また、一つの神学論や教会の新しい教えを構成するものでもないと前置きした上で、若者たちがいまどのような場所に置かれ、どこに向かっているのか、教会は若者たちのために何ができるのかを知るための指針、今日の世界の若者たちの様々な現実や、人間性、信仰のあり方を反映する資料として、シノドス参加司教らに読んで欲しいと、序文で述べている。

資料本文は、最初に、若者たちが置かれた様々な環境や現実を紹介。それぞれの状況から生じる考えや傾向、宗教や信仰への態度・思いを記している。

次に、現代の若者たちがどのように信仰や召命を認識しているか、召命の識別のためにはどうしたらよいのか、そのためにどのような助けが必要かを述べている。

そして、若者が今日の教会に望むもの、このようにあって欲しいと思う「真の教会」、「透明で、正直で、惹きつける、コミュニケーションに富んだ共同体」の姿を描き、彼らの教育と司牧のためにどのような点に留意し、どのような点に力を入れて欲しいかを、具体的に示している。

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若者によるシノドス準備ミーティング、ローマで開会

2018年3月19日バチカン放送日本語課の記事より

若者によるシノドス準備ミーティング、ローマで開会

若者たちによるシノドス準備ミーティングが、教皇フランシスコの開会によって、ローマで始まった。

このミーティングは、バチカンで今年10月、「若者たち、信仰と召命の判断」をテーマに開かれる世界代表司教会議(シノドス)第15回通常総会を前に、教皇によって招集されたもの。

シノドスの準備会議としての性格を持つこのミーティングは、シノドス事務局の主催で、世界各国のおよそ300人の若者たちの参加を得て、3月19日から24日まで、ローマの教皇庁立国際神学院「マリア・マーテル・エクレジエ」で開かれている。

このミーティングには、カトリック信者の青年はもとより、他のキリスト教教会や、諸宗教、無宗教の若者たちも招かれているほか、世界各地からインターネットを通した言語別会議への参加も可能になっている。

19日午前、教皇はミーティング会場を訪れ、祈りと共に会議を開幕した。

教皇は開会の日、参加の若者たちに挨拶をおくられたほか、代表者らの質問に答えられた。

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教理省:キリスト教的救いの観点をめぐる司教への書簡

2018年3月1日バチカン放送日本語課の記事より

教理省:キリスト教的救いの観点をめぐる司教への書簡

教皇庁教理省は、「キリスト教的救い」に関するいくつかの観点をめぐり、司教たちに宛て文書を発表した。

「プラクイト・デオ」と題されたこの文書は、「キリスト教的救いのいくつかの観点をめぐる、カトリック教会の司教への書簡」である。

教理省長官ルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール大司教は、3月1日、同書簡発表にあたり、その目的を「信仰の偉大な伝統に沿いながら、教皇フランシスコの教えに言及しつつ、今日の文化的変容のために理解が難しいと思われる、キリスト教的救いのいくつかの観点を明らかにすること」と述べた。

同文書は、イエスを唯一普遍の救い主と宣言するキリスト教信仰を曖昧にさせる文化的変化として、教皇フランシスコもこれまで指摘してきた、いわば「ネオ・ペラギウス主義」、「ネオ・グノーシス主義」とも呼べる、2つの傾向を挙げている。

今日広がる「ネオ・ペラギウス主義」というべき傾向は、急進的に自立した個人を生み、自分の存在がその奥深いところで神や他人に依存しているということを認めずに、自分自身を自分だけで救えると考えさせる。

救いはその人の力だけに頼るか、あるいは神の聖霊の息吹を受け入れることのできない、純粋に人的なシステムに頼ることになる。

一方で、「ネオ・グノーシス主義」といえる傾向は、自分の中に閉じこもった、純粋に内的な救いだけを求めさせる。

人は自分を肉体や物質的宇宙から解放できると考え、創造主の摂理に満ちた手を発見することなく、人間の都合に合わせて変質可能な、意味の無い現実だけを見つめることになる。

神がわたしたちに与える救いは、いわゆる「ネオ・ペラギウス主義」が望むような、個人の力だけでは得られず、人となられた神の御子を通して生まれ、教会の交わりを形作るその関係を通して得られる。

また、キリストがわたしたちに与える恵みは、ある種の「ネオ・グノーシス主義」が求めようとする純粋に内的な救いではない。

キリストの恵みは、キリストご自身が生きた具体的な関係の中にわたしたちを招き入れ、目に見える交わりとしての教会において、わたしたちは特に貧しく苦しむ兄弟たちを通して、キリストの肉に触れることができる。

そして、秘跡のおかげで、信者たちは常に育まれ、新たにされながら、人生の険しい道のりを歩き続けることができる。

同文書は、今日のキリスト教を矮小化し、脅かす現代の傾向と対峙し、キリストとわたしたちの一致を通した、御父の救いのご計画を改めて明言すると共に、信徒たちが「神の子」としての尊厳を自覚するための一助となることを望んでいる。

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ベネディクト16世、イタリア紙の読者に近況と感謝伝える書簡

2018年2月7日バチカン放送日本語課の記事より

ベネディクト16世、イタリア紙の読者に近況と感謝伝える書簡

前教皇ベネディクト16世は、イタリア日刊紙の読者らに、近況と感謝を伝える短い書簡をおくられた。

この書簡はコリエーレ・デラ・セーラ紙のジャーナリスト、マッシモ・フランコ氏に宛てたもので、バチカンの修道院で引退生活をおくっておられる前教皇の最近の様子に関心を寄せる、多くの読者たちに答える形をとっている。

ベネディクト16世は、人々の愛と思いやりに感謝しながら、体力の衰えの傍らで、内的な旅を続ける生活を次のように語っている。

「親愛なるドットール・フランコ

あなたの新聞の多くの読者が、わたしがこの人生の最後の時期をどのように過ごしているかを知りたいと望んでいることに胸を打たれました。

わたしがお答えできるのは、体力のゆっくりとした衰えの中で、「家」に向かって内的な巡礼を続けているということです。

この最後の、時には少し困難な道のりにおいて、想像もしなかったほどの大きな愛と優しさにとり囲まれていることは、わたしにとって非常に大きな恵みです。

こうした意味において、あなたの新聞の読者の方々が寄せる問いも、わたしのこの歩みの一部分に寄り添ってくれるものなのです。

それゆえに、わたしとしては皆さまにただ感謝を申し上げるほかありません。すべての皆さまにわたしの祈りをお約束します。

心からのご挨拶を申し上げつつ。

ベネディクト16世」

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バチカンの大晦日:一年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」

2017年12月31日バチカン放送日本語課の記事より

バチカンの大晦日:一年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」

教皇フランシスコは、2017年大晦日に夕べの祈りを、そして、2018年元旦にミサをとり行われる。

12月31日夕方5時、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、教皇による「神の母聖マリア」の大祝日の前晩の祈り(第一晩課)がとり行われる。この中では、過ぎた1年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」が捧げられ、聖体降福式が行なわれる。

新年が明けた1月1日午前10時、教皇は「神の母聖マリア」の大祝日とカトリック教会の「第51回世界平和の日」を記念し、聖ペトロ大聖堂でミサを司式される。

また、同日正午には、教皇はバチカン宮殿の書斎の窓から、広場に集った巡礼者らと共にアンジェラスの祈りを唱えられる。

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教皇、南スーダンとコンゴ民主共和国の平和のために祈る

2017年11月23日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、南スーダンとコンゴ民主共和国の平和のために祈る

教皇フランシスコは、南スーダンとコンゴ民主共和国の平和を祈願された。

11月23日午後、教皇はバチカンの聖ペトロ大聖堂の司教座の祭壇で、南スーダンとコンゴ民主共和国の平和のための祈りをとり行われた。

スワヒリ語や英語の聖歌と、聖書朗読を交えながら行われたこの集いで、参加者らは、無関心と分裂を乗り越え、希望のために働く人、平和の真の証し人となれるよう、回心を祈り求めた。

そして、戦争の犠牲者である女性たち、暴力の無実の犠牲者たちのために祈りを捧げ、同時に、紛争の当事者、地域と国際社会の責任者、両国の平和構築に取り組む人たち、故郷を追われた避難民たちのためにも祈った。

参加者らは、南スーダンとコンゴ民主共和国の人々をキリストの傷ついた体として見つめながら、信仰のもとに希望と愛と平和が可能となり、神の似姿である人間の命が常に尊重、保護されることを願った。

集いの説教で、教皇は、南スーダンとコンゴ民主共和国、そして争いに傷ついたすべての地に、祈りを通して平和の種を蒔きたいと話された。

教皇は、南スーダンへの訪問を望んだが実現できなかったことを語りつつ、「祈りは神の力と共に働くもの、神にとって不可能はない」、「復活されたキリストゆえに、わたしたちは平和は可能であると信じている」と説かれた。

「イエス・キリストはわたしたちの平和」と述べた教皇は、「復活の主が兄弟たちを隔てる敵意の壁を壊してくださるように」、「主がわたしたち皆を、それぞれの置かれた場所において、平和を作り出す人としてくださるように」と祈った。

教皇は最後に、聖母像2体を祝別された。神の母マリアの助けのもと、兄弟愛と平和への相互努力が育まれることを願って、これらの聖母像は南スーダンとコンゴ民主共和国にもたらされる。

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日本・バチカン国交樹立75周年記念ミサ、聖ペトロ大聖堂で

2017年11月23日バチカン放送日本語課の記事より

日本・バチカン国交樹立75周年記念ミサ、聖ペトロ大聖堂で

日本とバチカンの国交樹立75周年を記念するミサが、11月22日、バチカンの聖ペトロ大聖堂でとり行われた。

1942年、日本とバチカンの間に完全な外交関係が結ばれてから、75周年を迎えた今年、茶道や、能、オペラ、シンポジウム、コンサートなど、一年を通して、ローマで様々な記念行事が行われた。

22日、バチカンでのミサは、大聖堂の「司教座の祭壇」において、聖ペトロ大聖堂主席司祭、バチカン市国における教皇代理、アンジェロ・コマストリ枢機卿によって捧げられ、ローマ在住の日本人司祭らがこれを共同司式した。

ミサには、中村芳夫在バチカン日本国特命全権大使をはじめ、ローマのカトリック日本人共同体、日本や世界各地からの巡礼者らが参列。

日本から参加した六本木男声合唱団のコーラスが、儀式をいっそう荘重なものとした。

コマストリ枢機卿は、ミサ中の説教で、医学者アルベルト・シヴァイツアーや、マザー・テレサの、深い信仰に培われた、労苦を厭わない愛徳の実践を思い起こしながら、すべてのキリスト者は愛の奉仕に招かれていると話した。

そして、コマストリ枢機卿はミサの中で、日本と日本国民の発展と貢献を参列者らと共に祈った。

ミサの前日、11月21日夜には、ローマ市内の聖イグナチオ・デ・ロヨラ教会で、日本・バチカン国交樹立75周年記念コンサートが開かれた。

コンサートでは、 三枝成彰氏の作曲「最後の手紙」が、六本木男声合唱団とオーケストラ・ディ・ローマによって演じられた。

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貧しい人のための世界祈願日:教皇参加の昼食会、バチカンで

2017年11月20日バチカン放送日本語課の記事より

貧しい人のための世界祈願日:教皇参加の昼食会、バチカンで

カトリック教会の第1回目の「貧しい人のための世界祈願日」が記念された11月19日、教皇フランシスコ参加のもと、バチカンで昼食会が催された。

教皇はこの日、午前中のミサと正午の祈りの後、ミサの参加者らと食卓を共に囲まれた。

会場となったパウロ6世ホールには、経済的に恵まれない人々や、支援を必要とする人々ら、ミサの参加者のうち、およそ1500人が招待され、イタリアやヨーロッパ諸国から集ったボランティアの人々に付き添われながら、日曜日の昼食をとった。

その他の参加者らは、ローマ市内の多くの神学院や、カリタスの食堂、聖エジディオ共同体などに招かれ、昼食のひと時を関係者らと共に過ごした。

バチカンで行われた昼食会では、「貧しい人のための世界祈願日」の行事を主催した、教皇庁新福音化推進評議会の議長、リノ・フィジケッラ大司教の挨拶に続き、教皇フランシスコが食事の前の祈りを唱えた。

教皇は「皆さん、ようこそ!」と招待者らを温かく歓迎しながら、次のように祈りの言葉を述べられた。

「わたしたちは、それぞれの心を善意と隣人への友情でいっぱいにしながら、互いのために祈り、この昼食を分かち合おうとしています。さあ、主の祝福を祈りましょう。主がこの食事を祝福してくださいますように。この食事を準備した人たちや、わたしたち皆を、わたしたちの心を、家族を、わたしたちの願いや、生活や、健康、力を祝福してくださいますように。」

教皇はまた、ローマの各所で同時に行なわれている他の昼食会のすべての参加者や関係者のためにも、神の祝福を祈られた。

初めて「貧しい人のための世界祈願日」が記念されたこの日、ローマ教区はもとより、イタリアの各教区で、カリタス等が運営する食堂や、宿泊所、小教区主催で、昼食会や関連行事が行われた。

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バチカンで核兵器廃絶と軍縮をめぐる国際シンポジウム

2017年11月10日バチカン放送日本語課の記事より

バチカンで核兵器廃絶と軍縮をめぐる国際シンポジウム

教皇フランシスコは、バチカンで開かれた核兵器廃絶と軍縮をめぐるシンポジウムの参加者とお会いになった。

11月10日(金)から2日間、バチカンのシノドスホールで「核兵器の無い世界と統合的な軍縮に向けての展望」をテーマに、国際シンポジウムが開催されている。

今年7月7日、ニューヨークの国連本部での会議で「核兵器禁止条約」(「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約」)が、国連加盟国193カ国のうち、124カ国参加のもと、賛成122票、反対、棄権各1票で採択された。

9月20日から同条約への署名が開始され、同日NYの国連本部で行われた署名式では、50カ国が署名を行った。署名国はこの後、国会などで国としての承認を得て、批准のための手続きを行なうことになる。条約発効には50カ国の批准が必要となる。

この条約には法的な力があるが、非批准国にはその拘束力は及ばない。同条約の交渉にあたっては、核保有国をはじめ、それらの同盟関係国など、不参加の国が多く存在することが現状である。

今回のバチカンでのシンポジウムは、核兵器廃絶・軍縮をテーマとする国際レベルの会議として、先の国連の条約交渉会議後、初めてのものとなる。

同シンポジウムには、モハメド・エルバラダイ国際原子力機関前事務局長らノーベル平和賞受賞者たち、中満泉国連事務次長・軍縮担当上級代表ら国連関係者、NATO関係者、ロシア・米国・韓国・イランなどの外交代表、研究者、諸宗教関係者らが参加。

また、日本における原爆の被爆者とすべての核実験による被害者を代表し、日本原水爆被害者団体協議会の事務局次長、和田征子さんが招かれた。

教皇は10日、バチカン宮殿でシンポジウムの参加者らとの出会いを持たれた。

集いの言葉で教皇は、このシンポジウムが掲げる核兵器の無い世界と統合的な軍縮への目標は、悲観主義に押されてますます遠のくように思われるかもしれないと述べつつ、核兵器をはじめ、今日の終わることの無い軍拡の連鎖や、そのための支出が人々を苦しめている状況を見つめられた。

教皇は、あらゆる核兵器の使用が人間と環境にもたらす破壊的な影響を考える時、非常な不安を感じざるを得ないと述べ、こうした武器が何らかの誤りで爆発する危険をも考慮し、それらの使用をめぐる脅威はもとより、その所有自体も、断固として非難すべきと話された。

国際関係は武力や、相互の威嚇、軍事力の顕示によって統治することはできず、特に核兵器などの大量破壊兵器は、偽りの安心感を生むだけで、連帯の倫理に育まれた人類の平和的共存の基礎を築くことはできないと語られた。

教皇は、広島と長崎の被爆者や、その他の核兵器実験の被害者の証し、その預言的な声が、特に新しい世代への警告となるようにと願われた。

こうした状況の中にも、健全な現実主義は今日の秩序を失った世界に希望の灯を灯し続けていると教皇は述べ、国連本部で「核兵器禁止条約」が多くの参加国の賛成を得て採択されたことを歴史的な出来事として位置づけられた。

また、教皇は、この出来事が人道的イニシアティブとして、市民や、国々、国際組織、教会、学会、専門家グループなどの様々な協力連帯のうちに推進された成果であることは意義深いものと指摘された。

教皇は今年発布50周年を迎えたパウロ6世の回勅「ポプロールム・プログレッシオ-諸民族の進歩推進について-」が人類の統合的発展の原理に注目し、それを平和の新しい名前として提言していることに言及。

同時に、ヨハネ23世が回勅「地上に平和を」の中で、軍備の縮小や撤廃は、統合的な軍縮、すなわち人々の精神から戦争の不安や強迫観念を誠実に排除するように努めないかぎり、不可能であると述べていることを思い起こされた。

人類の統合的な発展こそが人類がたどるべき善の道であると述べた教皇は、忍耐と着実をもって前進していくようシンポジウムの参加者を励まし、祝福をおくられた。

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