カテゴリー別アーカイブ: オミリアと説教

[小郡]三位一体の主日前晩[2019.6.15.]

《三位一体の主日前晩》小郡教会で19時30分から行われた典礼における説教[6分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあながたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」(ヨハネによる福音16章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]「はい」は「はい」[2019.6.15.オミリア]

《年間第10土曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[2分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽(いつわ)りの誓(ちか)いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然(しか)り、然り』『否(いな)、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」(マタイ福音書5章)

*本田哲郎訳:「また、あなたたちも聞いているとおり、『いつわりの誓いを立てるな。主に誓ったことはかならず果たせ』(申命記23・23)と、昔の人々は命じられている。しかし、わたしは言う。いっさい誓ってはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の座だからである。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台だからである。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは偉大な王の町だからである。あなたの首にかけて誓ってもならない。あなたは髪の毛一本すら、白くも黒くもできないからである。あなたたちのとるべき態度は、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』である。それ以上のことは、威圧する者の思いから出るのである」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]聖霊降臨の主日[2019.6.9.]

《聖霊降臨の主日》小郡教会で11時から行われた典礼における説教[7分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

*本日配付教皇メッセージ

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」(ヨハネによる福音14章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]教会の母聖マリア[2019.6.10.オミリア]

《[記]教会の母聖マリア》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[2分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂(と)げられたのを知り、「渇(かわ)く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸(す)いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。その日は準備の日で、翌日は特別の安息日(あんそくび)であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既(すで)に死んでおられたので、その足は折らなかった。しかし、兵士の一人が槍(やり)でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。(ヨハネ福音書19章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]聖霊降臨の主日前晩[2019.6.8.]

《聖霊降臨の主日前晩》小郡教会で19時30分から行われた典礼における説教[5分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

*本日配付教皇メッセージ

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」(ヨハネによる福音14章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[基山]聖書が伝えるみ言葉を大切に[2019.6.8.オミリア]

《復活節第7土曜日》基山教会聖堂で7時から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[基山]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、]ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸(むな)もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」それで、この弟子は死なないといううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。(ヨハネ福音書21章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]愛するということは[2019.6.7.オミリア]

《復活節第7金曜日》小郡聖堂で19時から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

*この日、復活節の終わりにあたり聖堂入口横の窓に《エマオへの旅人と》と題されるステンドグラスが設置されました。

【福音】[イエスは、弟子たちに御自身を現され、食事を共にされた。]食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。(ヨハネ福音書21章)

*本田哲郎訳 みなが食べおわったとき、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネのシモン、あなたはこの人たちよりも、わたしを大切にしているか」と言った。ペトロは、「はい、主よ、わたしがあなたを心にかけていることは、あなたが分かっているはずです」と言うと、イエスは、「わたしの子羊のめんどうをみなさい」と言った。イエスは、またもう一度、「ヨハネのシモン、あなたはわたしを大切にしているか」と言った。ペトロは、「はい、主よ、わたしがあなたを心にかけていることは、あなたが分かっているはずです」と言った。イエスは、「わたしの羊の群れの世話をしなさい」と言った。三度めに、イエスは、「ヨハネのシモン、わたしを心にかけているのか」と言った。ペトロは、イエスが三度めに、わたしを心にかけているのかと言ったので、悲しみをおぼえた。そして、イエスに、「主よ、あなたはなにもかも分かっているはずです。わたしがあなたを心にかけていることは、あなたが知っているとおりです」と言った。イエスはペトロに、「わたしの羊の群れのめんどうをみなさい」と言った。「はっきりあなたに言っておく。あなたが若いときは、自分で帯をしめ、行きたいところに行けた。しかし、年をとると、両手をさしだし、ほかの人に帯をしめてもらい、行きたくもないところに引いてゆかれるものだ」。イエスはこう言って、ペトロがどういう死に方で神を輝かし出すかを、暗に示したのである。それから、イエスはペトロに、「わたしについて来なさい」と言った。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]イエスの祈り:遺言[2019.6.6.オミリア]

《復活節第7木曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは天を仰(あお)ぎ、祈って言われた。]「彼らのためでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣(つか)わしにあったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。わたしは御名(みな)を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」(ヨハネ福音書17章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]皆がひとつになるように[2019.6.5.オミリア]

《聖ボニファチオ司教殉教者:復活節第7水曜日》鳥栖教会聖堂で10時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

[聖ボニファチオ:六七三年頃、英国に生まれる。エクセターの修道院で修道生活に入り、七一九年に福音宣教のためにドイツに渡り、多くの人をキリスト教に改宗させた。司教に叙階された後はマインツ教区を治め、多くの協力者を集め、バイエルン、チューリンゲン、フランケンなどの各地方でいくつかの司教区の設立や刷新に力を注いだ。また、教会会議を何度か開き、教会法令を発布した。七五四年、フリジア人に福音を宣教するためにオランダを訪れていたとき、フリジア人の異教徒によって殺害された。遺体はドイツ中部のフルダの修道院に埋葬されている。(『毎日の読書』より]

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[その日、パウロはエフェソの教会の長老たちに言った。]「どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子(おんこ)の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。わたしが去った後(のち)に、残忍(ざんにん)な狼(おおかみ)どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。また、あなたがた自身の中からも、邪説(じゃせつ)を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現われます。だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」このように話してから、パウロは皆と一緒にひざまずいて祈った。人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。特に、自分の顔をもう二度と見ることはあるまいとパウロが言ったので、非常に悲しんだ。人々はパウロを船まで見送りに行った。(使徒言行録第20章)

*本田哲郎訳 [その日、パウロはエフェソの教会の長老たちに言った。]「あなたたち自身と、群れ全体に目を向けていなさい。聖霊はあなたたちを、神の集会を養い育てるようにと、世話役(司教)に任命したのです。それは、神がご自身の子の血によって、ご自分のものとなさった集会です。しかし、わたしのゴール到着(死)のあとで、狼どもが集会に加わるようになり、あなたたちに重圧を加え、群れに対しても容赦(ようしゃ)しないことは、もう目に見えています。そのうえ、あなたたち自身の中からも道をゆがめるようなことを言って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者が現われます。だからあなたたちは、たえず目覚めていなさい。わたしが、三年間、夜も昼も、涙を流しながら、一人ひとりに忠告しつづけてきたことを、心に刻んでおきなさい。今、わたしはあなたたちを、神に、そして、神の好意の働きに、委(ゆだ)ねます。この神の働きは、聖なるものとされた(小さくされた)人々の中にあって人々を建てあげ、真の財産をなるものを与える、力ある働きです。わたしは金貨も銀貨も衣服も、人のものを欲しがったことはありません。あなたたちも知ってのとおり、わたしは自分の生活のため、いっしょにいる仲間たちのために、この手で働きました。わたしはすべて身をもって示しました。それは、あなたたちも労働によって力衰(おとろ)えた仲間たちを支え、主イエスのできごとを、心に刻(きざ)ませるためでした。イエスはこう言われたのです。『受けるより、受けたものを分ち合うことのほうに、神からの力が働く』と」。こう言ってパウロは、ひざまずき、みんなといっしょに祈った。みんなのすすり泣きがしばらくつづいた。そして、みんなパウロの首にすがって接吻した。かれらがいちばん悲しかったのは、もう二度とパウロの顔を見ることはないだろうと言われたことだった。そしてかれらは、パウロを船まで見送った。

【福音】[そのとき、イエスは天を仰(あお)ぎ、祈って言われた。]「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名(みな)によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。わたしは彼らに御言葉(みことば)を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。わたしを世にお遣(つか)わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは自分自身をささげます。かれらも、真理によってささげられた者となるためです。」(ヨハネ福音書17章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]皆がひとつになるように[2019.6.5.オミリア]

《聖ボニファチオ司教殉教者:復活節第7水曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[6分]を聴くことができます。

[聖ボニファチオ:六七三年頃、英国に生まれる。エクセターの修道院で修道生活に入り、七一九年に福音宣教のためにドイツに渡り、多くの人をキリスト教に改宗させた。司教に叙階された後はマインツ教区を治め、多くの協力者を集め、バイエルン、チューリンゲン、フランケンなどの各地方でいくつかの司教区の設立や刷新に力を注いだ。また、教会会議を何度か開き、教会法令を発布した。七五四年、フリジア人に福音を宣教するためにオランダを訪れていたとき、フリジア人の異教徒によって殺害された。遺体はドイツ中部のフルダの修道院に埋葬されている。(『毎日の読書』より]

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

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【第一朗読】[その日、パウロはエフェソの教会の長老たちに言った。]「どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子(おんこ)の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。わたしが去った後(のち)に、残忍(ざんにん)な狼(おおかみ)どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。また、あなたがた自身の中からも、邪説(じゃせつ)を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現われます。だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」このように話してから、パウロは皆と一緒にひざまずいて祈った。人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。特に、自分の顔をもう二度と見ることはあるまいとパウロが言ったので、非常に悲しんだ。人々はパウロを船まで見送りに行った。(使徒言行録第20章)

*本田哲郎訳 [その日、パウロはエフェソの教会の長老たちに言った。]「あなたたち自身と、群れ全体に目を向けていなさい。聖霊はあなたたちを、神の集会を養い育てるようにと、世話役(司教)に任命したのです。それは、神がご自身の子の血によって、ご自分のものとなさった集会です。しかし、わたしのゴール到着(死)のあとで、狼どもが集会に加わるようになり、あなたたちに重圧を加え、群れに対しても容赦(ようしゃ)しないことは、もう目に見えています。そのうえ、あなたたち自身の中からも道をゆがめるようなことを言って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者が現われます。だからあなたたちは、たえず目覚めていなさい。わたしが、三年間、夜も昼も、涙を流しながら、一人ひとりに忠告しつづけてきたことを、心に刻んでおきなさい。今、わたしはあなたたちを、神に、そして、神の好意の働きに、委(ゆだ)ねます。この神の働きは、聖なるものとされた(小さくされた)人々の中にあって人々を建てあげ、真の財産をなるものを与える、力ある働きです。わたしは金貨も銀貨も衣服も、人のものを欲しがったことはありません。あなたたちも知ってのとおり、わたしは自分の生活のため、いっしょにいる仲間たちのために、この手で働きました。わたしはすべて身をもって示しました。それは、あなたたちも労働によって力衰(おとろ)えた仲間たちを支え、主イエスのできごとを、心に刻(きざ)ませるためでした。イエスはこう言われたのです。『受けるより、受けたものを分ち合うことのほうに、神からの力が働く』と」。こう言ってパウロは、ひざまずき、みんなといっしょに祈った。みんなのすすり泣きがしばらくつづいた。そして、みんなパウロの首にすがって接吻した。かれらがいちばん悲しかったのは、もう二度とパウロの顔を見ることはないだろうと言われたことだった。そしてかれらは、パウロを船まで見送った。

【福音】[そのとき、イエスは天を仰(あお)ぎ、祈って言われた。]「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名(みな)によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。わたしは彼らに御言葉(みことば)を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。わたしを世にお遣(つか)わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは自分自身をささげます。かれらも、真理によってささげられた者となるためです。」(ヨハネ福音書17章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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