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公開枢機卿会議:教皇、13人の新枢機卿を叙任

2019年10月5日バチカン放送日本語課の記事より。

公開枢機卿会議:教皇、13人の新枢機卿を叙任

教皇フランシスコは、バチカンで開かれた公開枢機卿会議で、13人の新枢機卿を叙任された。

教皇フランシスコは、10月5日、バチカンで公開枢機卿会議を開催、この中で13人の新しい枢機卿の叙任式をとり行われた。

このたび枢機卿に叙任されたのは、コンクラーベ(教皇選挙)の投票権を持つ80歳未満の枢機卿10名、および、投票権を持たない80歳以上の枢機卿3名の、合計13名。

これらの新枢機卿を加え、現在、枢機卿会のメンバーは、128名の有権枢機卿と、97名の非有権枢機卿、合わせて225名となった。

この日叙任された枢機卿の出身大陸・国による内訳は、ヨーロッパ7名(スペイン、ポルトガル、ルクセンブルグ、イタリア、チェコ(旧チェコスロバキア)、英国、リトアニア)、アフリカ3名(コンゴ民主共和国(旧ザイール)、モロッコ、アンゴラ)、中米2名(キューバ、グアテマラ)、アジア1名(インドネシア)。

新枢機卿の一人、ルクセンブルグ大司教のジャン・クロード・オロリッシュ枢機卿(イエズス会)は、日本での長い宣教経験を持ち、上智大学の元副学長を務めていた。

教皇フランシスコによってこのたび新しく枢機卿に任命された人々は以下のとおり。(発表順・敬称略、現職タイトル、出生年、出身国)

 [80歳未満の有権枢機卿]

・ミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット(教皇庁諸宗教対話評議会議長、1952年、スペイン)

・ジョゼ・トレンティーノ・デメンドンサ(バチカン図書館・機密文書館館長、1965年、ポルトガル)

・イグナチウス・スハルヨ・ハルジョアトモジョ(ジャカルタ大司教、1950年、インドネシア)

・ホァン・デ・ラ・カリダ・ガルシア・ロドリゲス(サン・クリストバル・デ・ラ・ハバナ大司教、1948年、キューバ)

・フリドリン・アンボンゴ・ベスング(キンサシャ大司教、1960年、コンゴ民主共和国(旧ザイール))

・ジャン・クロード・オロリッシュ(ルクセンブルク大司教、1958年、ルクセンブルク)

・アルバロ・レオネル・ラマッツィーニ・イメリ(ウエウエテナンゴ司教、1947年、グアテマラ)

・マテオ・ズッピ(ボローニャ大司教、1955年、イタリア)

・クリストバル・ロペス・ロメロ(ラバト(モロッコ)大司教、1952年、スペイン)

・マイケル・チェルニー(教皇庁人間開発のための部署・移住者部門次官補、1946年、チェコ(旧チェコスロバキア))

[80歳以上の枢機卿]

・マイケル・ルイス・フィッツジェラルド(ネプテ名誉名義大司教、1937年、英国)

・シジタス・タンケビチウス(ビリニュス名誉大司教、1938年、リトアニア)

・エウジェニオ・ダル・コルソ(ベンゲラ(アンゴラ)名誉司教、1939年、イタリア)

05 10月 2019, 18:11
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教皇のタイと日本訪問の詳細日程発表

2019年10月1日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇のタイと日本訪問の詳細日程発表

今年11月に行われる、教皇フランシスコのタイ王国と日本への訪問のスケジュールが発表された。

今年11月に行われる、教皇フランシスコのタイ王国と日本への公式訪問の具体的なスケジュールがバチカン広報局より発表された。

教皇フランシスコは、この二カ国の訪問で、タイ王国を2019年11月20日から23日まで、そして、日本を11月23日から26日まで訪れる。

教皇の日本到着は、11月23日(土)の夕方となる。

4日間にわたる訪日期間を通じて、教皇は東京を滞在の拠点としながら、訪問2日目の11月24日に長崎と広島に赴かれる。

教皇の日本訪問の日程は次の通り、

**********

2019年11月23日(土)バンコクから東京へ

教皇は、タイの首都バンコクを、現地時間の午前9時半、日本に向け出発され、日本時間の同日17時半過ぎ、東京の羽田空港に到着。同空港で教皇は歓迎式に臨まれる。

この後、教皇は都内のローマ教皇庁大使館で、日本のカトリック司教団とお会いになる。

2019年11月24日(日)東京から長崎、広島へ

早朝、教皇は空路で長崎に向かわれる。午前9時過ぎに長崎空港に到着後、平和公園の「原爆落下中心地公園」で核兵器をめぐりメッセージを述べられる。

続いて、西坂公園の日本二十六聖人の記念碑を訪れ、殉教者にオマージュを捧げる。ここで教皇は挨拶を述べ、お告げの祈りを唱えられる。

次いで、教皇はビッグNスタジアム(長崎県営野球場)でミサを司式、説教を行われる。

同日16時半頃、教皇は長崎を後にし、空路で広島へ。広島には18時前の到着を予定している。

教皇は、広島市内の平和記念公園で平和のための集いを行い、この中でメッセージを述べられる。

同日夜、教皇は空路で東京に戻られる。

2019年11月25日(月)東京

この一日、教皇は都内で様々な行事を予定している。

午前中、教皇は東日本大震災被災者との集いをベルサール半蔵門で行い、この席で言葉をおくられる。

教皇は皇居を訪問され、天皇陛下との会見に臨まれる。

続いて、東京カテドラル聖マリア大聖堂での青年との集いを開催、講話を持たれる。

午後、教皇は、東京ドームでミサを司式、この中で説教を行われる。

この後、教皇は官邸を訪問し、首相と会談。同じく官邸で開かれる要人および駐日外交団らとの集いで、教皇は講話を行われる。

2019年11月26 日(火)東京からローマへ

早朝、教皇は上智大学のクルトゥルハイム礼拝堂で、イエズス会員らと私的にミサを捧げられる。次いで、イエズス会SJハウスで、イエズス会員と朝食、病気や高齢の司祭を見舞われる。この後、教皇は上智大学を訪問される。

教皇は、最後の公式行事である、羽田空港での送別式を経て、同日午前11半過ぎ、日本を後にし、ローマへの帰路につかれる。

教皇は、ローマに現地時間同日17時過ぎに到着の予定。

**********

一方、日本訪問に先立ち、2019年11月20日から23日まで行われるタイ訪問では、教皇は首都バンコクにおいて数多くの行事を持たれる。

教皇のタイ訪問の日程は以下の通り。

**********

2019年11月19日(火)ローマからバンコクへ

イタリア時間19時、教皇はタイの首都バンコクに向けて、ローマから特別機で出発される。

2019年11月20日(水)ローマからバンコクへ

現地時間正午過ぎ、教皇はバンコクの空軍基地に到着。同基地で歓迎式に臨まれる。

2019年11月21日(木)バンコク

バンコクのタイ政府首相府で、歓迎式典。首相府内で、教皇は首相との会見、同国各界代表・駐在外交団との集いを行われる。

ワット・ラーチャボピット寺に、仏教の最高指導者を訪問。

セントルイス病院で、医療関係者との出会いや、患者や障害者へのお見舞いを行われる。

アンポーン宮殿に、ワチラロンコン国王(ラーマ10世)を訪問。

そして、教皇は、国立競技場でミサを司式される

2019年11月22日(金)バンコク

教皇は、バンコク市内の小教区、セント・ピーター教会で、タイの司祭、修道者、神学生、カテキスタとの集いを行われる。

福者ニコラス・ブンカード・キトバムラングの巡礼聖堂で、教皇は、タイの司教団およびアジア司教協議会連盟関係司教らとの出会いを行われるほか、隣接の会場でイエズス会の会員らと私的な集いを持たれる。

続いて、教皇はチュラロンコン大学で、キリスト教の諸教会や諸宗教の指導者らとの集いに参加される。

この後、教皇は、バンコクのカテドラル、アサンプション大聖堂で、若者たちとミサを捧げられる。

2019年11月23日(土)バンコクから東京へ

教皇はバンコクの空軍基地で送別式に臨み、日本訪問のため、午前9時半、東京に向け出発される。

 

02 10月 2019, 12:03
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「使徒言行録」のステファノの殉教を考察、教皇一般謁見

2019年9月25日バチカン放送日本語課の記事より。

「使徒言行録」のステファノの殉教を考察、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、一般謁見で「使徒言行録」をテキストにカテケーシスを行われた。

教皇フランシスコは、バチカンで9月25日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

この日、教皇は「使徒言行録」をテキストとしたカテケーシスで、同6章に記される、ステファノたちの選出と、ステファノの殉教を取り上げられた。

初期のキリスト教共同体に弟子が増えてくると、ギリシャ語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対し、仲間のやもめたちに対する配慮が足りないと苦情が出た。

教皇は、ここでは文化や感受性の異なる人々の共存が、共同体の未熟さや脆さを明らかにすることになった、と述べられた。

使徒たちはこれに対し、皆を集め、共に問題の解決を模索した。その結果、自分たちの召命は「祈りと御言葉の奉仕に専念すること」と確認する一方で、「霊と知恵に満ちた評判の良い人七人」を選び、祈って彼らの上に手を置き、食事の世話を任せることになった。

教皇は、これは助祭の誕生であったと説明。七人の中でも特にステファノは、「恵みと力に満ち」宣教していたが、彼が話す素晴らしい言葉のために、議論する者たちの激しい反発に会い、讒言によって捕えられ、最高法院に引いていかれた、その始終を語られた。

ステファノは最高法院で、キリストを中心に聖なる歴史を再読し、預言者たちとキリストに対する彼らの扱いとその偽善を、勇気をもって訴えた。

怒った人々は、ステファノに襲いかかり、石打の刑にした。

「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」というステファノの殉教時の言葉の中に、教皇は同聖人のキリストの真の弟子としての本質を見つめられた。

そして、神の子としてのキリスト者のアイデンティティーを示すために必要なのは、多くの言葉ではなく、自らの命を神の手に委ね、自分を迫害する者を赦す態度であると、ステファノの言葉はわたしたちに教えている、と述べられた。

今日、初期の教会の時代より、さらに多くの殉教者が世界中にいることを指摘された教皇は、わたしたちが過去と現代の殉教者から、日常的な福音への忠実と、キリストと似た者になる生き方を学ぶことができるようにと祈られた。

25 9月 2019, 16:41
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教皇、国連の「気候行動サミット」にメッセージ

2019年9月23日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、国連の「気候行動サミット」にメッセージ

教皇フランシスコは、国連の「気候行動サミット2019」にビデオメッセージをおくられた。

教皇フランシスコは、9月23日、ニューヨークの国連本部で開かれた「気候行動サミット2019」にメッセージをおくられた。

教皇はビデオを通したメッセージで、次のように述べられた。

**********

国連気候行動サミット2019の参加者の皆さんに挨拶をおおくります。この会合を招集してくださったアントニオ・グテーレス国連事務総長に感謝を申し上げたく思います。これによって、気候変動という、今日、最も重大で憂慮される現象について、国家元首や政府、全国際共同体と国際世論の関心を改めて呼びかけてくれました。

気候変動は、わたしたちが取り組むべき主要な課題の一つです。そのために人類は、三つの大きな倫理的クオリティーを育むように招かれています。それは、正直さ、責任、勇気です。

2015年12月12日のパリ協定によって、国際社会は、わたしたちの「共通の家」の構築に協力するための、足並みをそろえた回答の急務と必要を自覚しました。しかしながら、この歴史的協定から4年の経過にも関わらず、国々の取り組みはまだ非常に弱く、掲げられた目標への到達には遠い状態にあります。

政府側はもとより市民社会全体の多くのイニシアチブを前に、そこには、気候変動のネガティブな影響を軽減するために、またそれによって一番苦しんでいる最も貧しく弱い立場にある人々を助けるために、人的、財政的、技術的資源の多くを差し向ける本当の政治的意志があるのか、自問する必要があります。

たとえ状況は良くなく、地球はそのために苦しんでいるとしても、チャンスのための窓はまだ開いています。今のところは。まだわたしたちは間に合います。そのチャンスの窓を閉ざすがままにしてはいけません。未来の世代により良い生活を保証するために、統合的な人間の発達を育てる努力をもって、その窓を開けようではありませんか。未来はわたしたちのものではなく、彼らのものです。

ポスト工業化時代の人類がおそらく史上最も無責任であったと思い出されるかもしれないのに対し、21世紀初めの人類は寛大さをもって自分たちの重大な責任を引き受けたと思い起こされることを願いたいものです。(参考:回勅「ラウダート・シ」165)

正直さ、責任、勇気をもって、わたしたちは自らの知性を「より健康的で、より人間的、より社会的、より統合的な、別のタイプの発展」(参考:回勅「ラウダート・シ」112)への奉仕に費やさなければなりません。そして、その発展は、経済を人間への奉仕、平和の構築、環境保護に用いることができなくてはなりません。気候変動の問題は、倫理、平等、社会正義の問題と結びつくものです。

現在の環境悪化の状況は、わたしたちが毎日体験する、人間的、倫理的、社会的な荒廃と関連しています。これは、わたしたちの消費、生産、教育プロセス、世論喚起のモデルが人間の尊厳にふさわしいものとなるよう、見直すことを義務付けます。

わたしたちは、共通善のための一つの「文明の挑戦」を前にしています。それは明らかです。それは、もし、わたしたちが個人や社会レベルで、正直さと、勇気と、責任を体現した生活スタイルを選択するならば、皆に適した多様な解決があることと同様に明らかなことなのです。

正直さ、責任、勇気、というこの3つの言葉が、今日と明日の皆さんの会議の中心を占めることを願います。皆さんの仕事を、ここからわたしの希望と祈りをもって見守りたいと思います。どうもありがとうございました。

23 9月 2019, 19:55
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教皇「真理を伝えるには、証しが必要」広報省関係者に

2019年9月23日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「真理を伝えるには、証しが必要」広報省関係者に

教皇フランシスコは、バチカンの広報省の関係者とお会いになった。

教皇フランシスコは、9月23日、教皇庁広報省の関係者とお会いになった。

この出会いは、同日から25日までバチカンで開催される、同省の定例総会を機会に行われた。

謁見会場のバチカン宮殿の王宮の間には、新聞、放送、インターネット、出版などを通し、教皇庁の広報に携わるおよそ500名の関係者が集った。

会場の前列には、同省のパオロ・ルッフィーニ長官をはじめ、顧問枢機卿の一人である大阪教区大司教、前田万葉枢機卿や、共にローマを訪れた同教区補佐司教、ホセ・アベイヤ司教の姿も見られた。

教皇はこの集いで、原稿を用いずに、教会のコミュニケーションのあり方について考えを述べられた。

教皇は、神はあらゆるコミュニケーションの源であると強調。わたしたちは一人に留まることなく、神が人々に働きかける態度に学びながら、真理や正義、善や美であるものを伝えていかなければならない、と話された。

そして、真の伝達者は、伝えるために自分自身のすべてをかけるが、中でも最も偉大なコミュニケーションは「愛」である、と説かれた。

教皇は、教会のコミュニケーションであってはならないことは、「宣伝」だけをすること、と語り、教会は常にそれ自体の魅力と、証しによって成長しなくてはならない、と話された。

したがって、善や美を伴わずに真理を伝えることはあってはならず、わたしたちのすべての行いは証しを伴うべき、と述べた教皇は、キリスト者の証し人、殉教者としての召命を指摘された。

また、教皇は、世界の非キリスト教性、世俗性は、今日始まったことではなく、これまでも常に教会の脅威であったこと、と述べ、「諦め」という誘惑に陥らず、パン種や塩のように、小さくわずかな存在でありながらも、皆に福音を伝えるという姿勢を励まされた。

さらに、教皇は、教会のコミュニケーションで大切なのは「形容詞」ではなく「主語」であると話し、装飾にこだわることなく本質に根差した、簡素で、美しく、力強い広報のあり方を示された。

23 9月 2019, 16:55
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「富で壁を作らず、人々との絆を作る」教皇、日曜正午の集い

2019年9月22日バチカン放送日本語課の記事より。

「富で壁を作らず、人々との絆を作る」教皇、日曜正午の集い

教皇フランシスコは、日曜正午の祈りの集いを行われた。

教皇フランシスコは、バチカンで9月22日(日)、正午の祈りを信者と共に唱えられた。

祈りに先立つ説教で、教皇はこの主日の福音朗読箇所、「不正な管理人」のたとえ(ルカ1-13)を取り上げられた。

このたとえの主役は、一人の管理人である。この管理人は主人の財産を無駄遣いしたことを告げ口され、主人から解雇されそうになっている。

しかし、彼は申し開きをすることも、落ち込むこともなく、自分の将来を保証する方法を考えだした。それは、主人に借りのある者たちを一人ひとり呼び出し、彼らの借りが軽くて済むよう、証文を書き直しさせることであった。彼はこうすることで、友人を作り、自分を家に迎え入れてもらおうとした。すると、主人はこの管理人の抜け目なさをほめた。

教皇は、イエスがこのたとえで示そうとしているのは、不正の勧めではなく、この管理人の抜け目のないやり方である、と話された。

豊かさは壁や、分裂、差別を作ることもあると教皇は指摘。これに対して、イエスは弟子たちに考えの方向転換を促し、富や豊かさを人との絆に変容させるようにと招いている、と述べられた。

そして、それは、人は物事より大切で、所有する富よりも価値があるからであり、人生の実りは、所有する豊かさではなく、人々との多くの生き生きとした関係や絆を作り守ることにかかっているからである、と説かれた。

また、教皇は、イエスが、富で友人を作ることで「永遠の住まいに迎え入れてもらえる」、と言っていることにも注目。

わたしたちが豊かさを兄弟愛や連帯の道具に変えることができるならば、わたしたちは天国に入る時、神だけでなく、わたしたちが主から託された富を分け合った人々からも迎えられることだろう、と語られた。

22 9月 2019, 16:46
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教皇、アルバーノ教区訪問、市民のためにミサ

2019年9月21日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、アルバーノ教区訪問、市民のためにミサ

教皇フランシスコは、ローマ近郊アルバーノ・ラツィアーレで、市民のためにミサを捧げられた。

教皇フランシスコは、9月21日(土)午後、ローマ近郊カステリ・ロマーニ地方のアルバーノ・ラツィアーレを司牧訪問、市民と共にミサを捧げられた。

ミサに先立ち教皇は、アルバーノのカテドラルで、地元の司祭らと祈りの時を持たれた。

カテドラル前の広場で行われたミサで、ルカ福音書19章の徴税人ザアカイのエピソードを取り上げ説教を行われた。

神はすべての人を顧みられる、と述べた教皇は、誰一人忘れることのない神は、人々を搾取する罪深い徴税人として蔑まれるザアカイにもいつくしみを注がれた、と話された。

このザアカイのエピソードから、教会は何を学ぶべきだろうか、と教皇は問いながら、「あなたはイエスの名において愛され、召されている。神はあなたを忘れることはない。あなたは神の心の中にいる」というメッセージを、すべての人々、特に教会から遠く離れた人たちの心に、生き生きと伝えるための教会の使命を示された。

そして、教皇はアルバーノの信者らに、ザアカイのように、恥や恐れや孤独という木の枝の間に身を隠した人、疎外された人たちに、神の愛を伝えるために会いに行くことをためらわないでほしい、と励ましの言葉をおくられた。

教皇は、日の暮れた広場で、市民に挨拶と祝福をおくられた後、ローマに戻られた。

21 9月 2019, 20:01
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教皇、アルバーノ教区のカテドラルで司祭らと祈り

2019年9月21日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、アルバーノ教区のカテドラルで司祭らと祈り

ローマ近郊アルバーノ・ラツィアーレを訪問された教皇フランシスコは、カテドラルで司祭らと共に祈られた。

教皇フランシスコは、9月21日(土)午後、ローマ近郊カステリ・ロマーニ地方の町、アルバーノ・ラツィアーレを司牧訪問された。

同日夕方、聖パンクラツィオ殉教者に捧げられた、アルバーノのカテドラルを訪れた教皇は、アルバーノ教区のマルチェッロ・セメラーロ司教や、地元の行政関係者らに迎えられた。

教皇を歓迎するために、カテドラル前の一角に描かれた壁画(ムラーレス)が披露された。

この壁画は、教皇フランシスコのエコロジー的回心をテーマとした回勅「ラウダート・シ」から着想を得たもので、公害で黒ずんだ空の汚れを拭き、青空をのぞかせようとする教皇の姿が表されている。教皇は市長から画の説明を受け、感謝を述べられた。

また、教皇はミサのために詰めかけた市民らに挨拶をおくられた。

カテドラルに入られた教皇は、アルバーノ教区の司祭らと共に祈りを唱えられた。

9月21日、カトリック教会の典礼暦は、聖マタイ使徒福音記者を記念した。

アルバーノのセメラーロ司教は、バチカンニュースのインタビューに答え、この日は、教皇フランシスコにとって、司祭召命を受けた日であると同時に、アルバーノ教区にとっても、2008年、前教皇ベネディクト16世が修復を終えたカテドラルの主祭壇を祝別し、新しい司教座を祝った日でもある、と語っている。

こうした機会に行われたカテドラルでの集いで、教皇は教会のために祈るよう司祭らを招くと同時に、司教と司祭らは教皇のために祈った。

この後、教皇はカテドラル前の広場で、市民のためにミサを捧げられた。

21 9月 2019, 18:54
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教皇「医学は、全人類と一人ひとりの人間に対する奉仕」

2019年9月20日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「医学は、全人類と一人ひとりの人間に対する奉仕」

教皇フランシスコは、イタリアの外科医会・歯科医師会連盟の関係者とお会いになった。

教皇フランシスコは、バチカンで9月20日、イタリアの外科医会・歯科医師会連盟の関係者とお会いになった。

この出会いで教皇は、「医学とは人命に対する奉仕である」と強調。心と体という総体においてのみならず、個人と社会という側面において人間と関わる医学は、「全人類に対する奉仕であると同時に、一人ひとりの人間に対する奉仕である」と話された。

教皇は、医師たちは病気を医学上・診断上の事実内に留めることなく、患者という一人の人間の総合的な状態へのビジョンを持つよう招かれている、と語った。

医学と社会のいかなる変化を前にしても、医師は一人ひとりの病者の尊厳とその脆弱な状態から目をそらすことがあってはならず、重篤な患者をはじめ、すべての人に、良心と知性、心をもって、寄り添わねばならない、と教皇は説かれた。

そして、このような態度を持つことで、起こりうる患者の死への願望を助けるための自殺幇助や安楽死手段の提供への誘惑を退けなくてはならない、と話された。

教皇はこの集いで、医療関係者が負う倫理的側面を思い出させながら、その倫理の基本を、聖ヨハネ・パウロ2世が回勅「いのちの福音」で今日もなお意義あるものとして言及した、「ヒポクラテスの誓い」の中に示された。

20 9月 2019, 16:18
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「神から出たものは、滅びない」教皇一般謁見

2019年9月18日バチカン放送日本語課の記事より。

「神から出たものは、滅びない」教皇一般謁見

教皇フランシスコは、バチカンで水曜恒例の一般謁見を行われた。

教皇フランシスコは、バチカンで9月18日、水曜恒例の一般謁見を開催された。

ここ数日、ローマには再び夏の暑さが戻った。青空の下、聖ペトロ広場では教皇と巡礼者らとの喜びに満ちた出会いが行われた。

謁見中のカテケーシスで、教皇は「使徒言行録」をテキストに、カテケーシス(教会の教えの解説)を続けられた。

この日は、「使徒言行録」5章にある、使徒たちを殺そうとする者たちに対する、律法学者ガマリエルの思慮深い言葉と態度(5, 34-35.38-39)がテーマとなった。

聖霊降臨以来、使徒たちは自分たちだけで固まっている臆病な状態から抜け出し、聖霊の力を得て、驚くほどの勇気を得ていた、と教皇は述べ、使徒たちのこの大胆な行動力は、ユダヤ教界を揺るがすまでになり、脅威を感じた人々は使徒たちを殺そうと考えた、と、当時の状況を振り返えられた。

しかし、人々のこのような怒りや衝動を前に、民衆から広く尊敬されていた律法学者で、聖パウロの師でもあったガマリエルは、慎重で異なる意見を唱えた。

ガマリエルは、かつてメシアであるかのように噂された人々の名を挙げながら、彼らが最初は民衆を惹きつけながらも、最後には滅びたように、計画や行動が人間から出たならば自滅の道をたどることを示す一方で、神から出たものであれば、それは滅びることはない、と説いた。

教皇は、人間の計画は常に挫折する、と述べつつ、かつての大帝国や独裁体制が一時は世界を支配すると思われるほどの勢いを得ても、最後にはあえなく崩壊した、と話された。

そして、「今日の帝国とされるものも、神が彼らと共におられないならば、崩れることになる、なぜなら人間だけの力は長続きせず、神の力だけが永続するからである」と語られた。

教皇はキリスト教や教会の歴史をも振り返り、多くの罪やつまづきにも関わらずこれらが滅びなかったのは、そこに神がおられるからである、と述べた。

ガマリエルは、ナザレのイエスの弟子たちが詐欺師を信じていたならば、彼らは消え去る運命にあるが、もし神から出たものに従っているならば、彼らから手を引いた方がよいと諭した、と教皇は述べ、「もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ」というガマリエルの訓戒は、わたしたちにもこの識別の必要を教えている、と話された。

ガマリエルの落ち着いた先見性のある言葉は、キリスト教的出来事を新しい光で見つめさせ、「実から、その木を見分ける」(参照:マタイ7,16)ための、福音的な物差しを与えてくれるもの、と教皇は語った。

教皇は、わたしたちが今日の時代と隣人の顔の中に、神が通られたしるしを見出しながら、途切れることのない救いの歴史をいつも知ることができるように、と祈られた。

18 9月 2019, 16:27
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