カテゴリー別アーカイブ: [鳥栖]主任司祭から

水曜一般謁見: 教皇「交わりの中に、謙虚に,キリストを証しすることが必要」

2019年6月12日バチカン放送日本語課の記事より。

水曜一般謁見: 教皇「交わりの中に、謙虚に,キリストを証しすることが必要」

ローマの初夏の真っ青な青空の下、6月12日の教皇水曜一般謁見は、 聖ペトロ広場で定刻通り、世界各国からの巡礼者たちの参列を得て行われた。

教皇フランシスコは聖書の使徒たちの宣教を解説しながら、キリスト者は社会にあって、どのようにキリストを証しすべきか、また孤立するのではなく、交わりの中にあることの重要性を説明された。

キリストの痛ましいご受難と十字架上での死の後、キリストの弟子たちは、輝かしい復活の喜びに満たされる。

キリストを中心とした12人の弟子たちの共同体は、ユダの裏切りにより崩壊し11人になってしまうが、使徒の頭、聖ペトロの提案により、共同体の識別によって、聖マチアが新たな使徒として選ばれ、新たに12人の使徒団として復活する。

聖書にによれば、使徒たちは初めからキリストを中心とする共同体として福音宣教に励んだ。各使徒たち、弟子たちは、それぞれの個性を保ちながらも、個々の違いを恐れず、共同精神を保ちながら行動した。

その中でなぜユダはキリストを裏切り、最後には自らの生命を断つようなことになったのか、教皇は考察する。

教皇はユダの最大の過ちを指摘する。それは何よりも心からキリストに属することをやめてしまったことである。キリストとの交わりを断つことによって、他の使徒たちとの交わり、ひいては他の隣人との交わりをも断ち、孤立してしまったということである。

師であるキリストの弟子であることをやめ、師以上の者になろうとしたことに大きな誤りがあった。キリストを売り渡し、その値で不毛の土地を買い、自らの血で汚すことになった。

使徒たちは生命を、祝福を、選んだが、ユダは生命ではなく死の道を選んでしまった。

聖書によれば使徒たちはキリスト復活後、常にキリストの母マリアを囲み一致して祈りの中に聖霊の降臨を待ったとある。教皇は、キリスト者として、キリストを証していくためにも、孤立するのではなく共同体、交わりの中にあることの重要性を強調された。

12 6月 2019, 18:11
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神の恵みの無償性を強調、教皇、サンタ・マルタ館のミサで

2019年6月11日バチカン放送日本語課の記事より。

神の恵みの無償性を強調、教皇、サンタ・マルタ館のミサで

教皇フランシスコは、朝のミサで、神の恵みの無償性について話された。

教皇フランシスコは、6月11日、バチカンのサンタ・マルタ館の礼拝堂で、朝のミサを捧げられた。

説教で教皇は、この日の福音朗読箇所、マタイ福音書の、イエスが12人の弟子を派遣する際に述べた言葉( 10,7-13)を観想された。

イエスはこの箇所で、「行って『天の国は近づいた』と述べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、既定の病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい」と命じている。

教皇は、「キリスト者は留まっていることはできない。キリスト者の生き方とは常に歩むことであり、それは奉仕の生活である」と話された。

また、イエスは「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」と述べている。

この無償性を神の救いの本質として示された教皇は、神が無償で与えられたものを、他の人にも無償で与えるよう、わたしたちは招かれている、と強調された。

教皇は、「多くのものをわたしたちに与えようとされる主は、ただ一つのことを望まれる。それはわたしたちが心を開くことである。この無償性から離れた神との関係は存在しない」と話された。

たとえば、わたしたちは霊的なものや恵みを求めて、断食したり、悔い改めの行為をしたり、ノベナの祈りを唱えたりするが、祈りは恵みのための「代価」ではない、と教皇は指摘。

神の恵みは常に無償で与えられるものであり、祈りはその恵みに対して心を開くためのものである、と注意を促された。

神はすべてを無償で与えられるが、問題は人間の心が小さく閉じてしまい、大きな無償の愛を受け入れられないことにある、と話された。

11 6月 2019, 15:28
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教皇: 聖霊降臨大祝日ミサ「聖霊は今日でも、なお教会に世界に希望の光を注ぎ続ける」。

2019年6月9日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇: 聖霊降臨大祝日ミサ「聖霊は今日でも、なお教会に世界に希望の光を注ぎ続ける」。

6月9日、聖霊降臨大祝日にあたり、教皇フランシスコはバチカンの聖ペトロ広場で聖霊降臨を記念する荘厳ミサを捧げられた。

真夏のような強い日差しの下、教皇フランシスコが捧げるこの荘厳ミサには、世界各国から大勢の信徒や巡礼者たちが参列した。ミサ後、引き続き聖母マリアへの祈り「レジナ・チェリ」が唱えられた。

教皇はミサ中の説教で、聖書が伝える聖霊降臨のエピソードを解説しながら、恐れと不安の中にあったキリストの弟子たちが、聖霊の降臨によりどれほど力づけられ、その後、どんなに強く確信に満ちた福音宣教者に変身していったか説明し、聖霊の限りない力強さを強調された。

キリストは今日のキリスト者たちにもこの同じ聖霊を送り続けることを約束された。分裂と不安に取り乱される現代人にも、聖霊は絶えず一致の精神と真理の光を注ぎ続ける。

聖霊は分裂あるところに一致を、冷ややかなところにぬくもりを、闇には光をもたらし、2千年前に聖霊降臨に際して使徒たちに実現したように、今日のわたしたちの中にも、キリストご自身をよみがえらせ、キリストご自身のように生きる力をもたらしてくださる。

教皇は引き続き次のような祈りをもって締めくくられた。

 「神の調和そのものである聖霊よ、あなたは恐れを信頼に変え、閉じこもりを奉仕に変えられます。どうぞわたしたちのところにも来てください。. わたしたちにキリストの復活の喜びを、心の永遠の若さをお与えください」。

09 6月 2019, 16:58
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教皇:ルルドの聖母巡礼聖堂に教皇使節派遣

2019年6月7日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇:ルルドの聖母巡礼聖堂に教皇使節派遣

教皇フランシスコは6月6日、南フランス・ルルドの聖母巡礼聖堂に教皇使節を派遣すると発表。

教皇のこの決定は、世界に散在する各種巡礼聖堂を管理する教皇庁新福音宣教協議会議長リーノ・フィジケッラ大司教によって公表された。

教皇はこのたびのルルドへの教皇使節として、フランス・リルの補佐司教アントアーヌ・エルール司教を任命された。

ルルドは聖母出現地としてで世界中に知れわたり。毎年、世界各国から何万人もの巡礼者が訪れる世界屈指の聖母巡礼地。

教皇フランシスコはこの巡礼地にを訪れる数多くの巡礼者たちが、より豊かな霊的な恵みを受けることが出来るよう、またさらなる福音宣教に寄与することが出来るよう、細やかな配慮が施されることを希望されている。

またルルドの聖母巡礼地が巡礼者たちにとって、真の意味での祈り場となり、また現代社会の要求に適切にこたえる福音宣教の地となることを、教皇は心から希望されている。

教皇は家族や友人たちと共に巡礼地に赴くこと自体、すでに一種の福音宣教だと語っている。

07 6月 2019, 12:45
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ルーマニア司牧訪問について報告、教皇一般謁見

2019年6月5日バチカン放送日本語課の記事より。

ルーマニア司牧訪問について報告、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、一般謁見で、先日行われたルーマニア訪問を振り返った。

教皇フランシスコは、バチカンで6月5日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中の講話で、教皇は、先日5月31日から6月2日まで行われたルーマニア司牧訪問について報告された。

教皇は、聖ヨハネ・パウロ2世の初訪問以来20年ぶりに、ローマ教皇のルーマニア訪問が実現したことを神に感謝され、ヨハニス大統領はじめ、すべての関係者の協力に心からのお礼を述べられた。

ルーマニアでは、今訪問のモットー「共に歩もう」にあるごとく、巡礼者として同国の人々と交わり、共にいる喜びを得ることができた、と教皇は述べられた。

そして、滞在中の様々な出会いを通し、「キリスト者同士」が信仰と愛において、また「市民同士」が社会への取り組みにおいて、共に歩むことの大切さを訴えた、と教皇は話された。

教皇は、エキュメニカルな重要行事として、ルーマニア正教会のダニエル総主教および聖シノドとの出会いを挙げ、この機会を通し、記憶の和解と完全な一致を目指しつつ、共に歩むことを願う、カトリック教会の望みを強調した、と述べた。

また、ギリシャ典礼とラテン典礼から構成されるルーマニアのカトリック共同体と、ブカレストのカテドラル、スムレウ・チュクの聖母巡礼聖堂、そしてブラジで、3回にわたりミサを祝うことができ、特にブラジでは、自由といつくしみの証人である、7人の司教殉教者の列福式をとり行うことができた、と語られた。

一方、ヤシで開催した若者と家族との出会いでは、多様性の豊かさと同時にルーツを大切に、自由と創造性のうちに、共に歩む道を切り開いていくよう励ました、と述べられた。

さらに、ブラジのロマ族共同体との出会いでは、あらゆる形の差別に反対し、民族・言語・宗教の異なるすべての人への尊重を呼びかけた、と話された。

教皇は、この訪問がルーマニアと同国の教会に豊かな実をもたらすことができるよう、聖母の取り次ぎを祈られた。

05 6月 2019, 15:20
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教皇、中東平和のための祈りをアピール

2019年6月5日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、中東平和のための祈りをアピール

教皇フランシスコは、6月8日(土)に、中東平和のために1分間の祈りを捧げるよう、皆に呼びかけられた。

教皇フランシスコは、6月5日の一般謁見の席で、2014年6月8日、イスラエルのペレス大統領、パレスチナのアッバス大統領、エキュメニカル総主教バルソロメオス1世と共に、バチカンで平和のための祈りの集いが開催されてから、間もなく5年を迎えることに言及。

この集いから5年目となる、来る6月8日(土)の13時に、信仰のある人は祈りをもって、信仰を持たない人は考察をもって、より兄弟愛にあふれる世界のために、共に1分間の祈りを捧げて欲しい、と願われた。

そして、教皇は、この祈りを推進するカトリック・アクション・インターナショナルに、感謝の言葉を述べられた。

05 6月 2019, 16:33
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教皇「安楽死と自殺幇助は皆にとっての敗北」

2019年6月5日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「安楽死と自殺幇助(ほうじょ)は皆にとっての敗北」

教皇フランシスコは、安楽死と自殺幇助は皆にとっての敗北である、とツィートされた。

教皇フランシスコは、6月5日、安楽死と自殺幇助をめぐりツィートされた。

教皇は、オランダの17歳の少女、ノア・ポトーベンさんが、同国で合法化されている安楽死を選び、実行したことを受けて、思いと祈りを表された。

このツィートで、教皇は、「安楽死と自殺幇助は皆にとっての敗北です。これに対して、わたしたちが呼ばれている答えは、苦しむ人を決して見捨てず、あきらめることなく、希望を再び与えるために、ケアし、愛することです」と述べられた。

05 6月 2019, 17:18
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ルーマニア訪問:教皇、ロマ族共同体が受けた差別に赦しを願う

2019年6月2日バチカン放送日本語課の記事より。

ルーマニア訪問:教皇、ロマ族共同体が受けた差別に赦しを願う

ルーマニアを訪れていた教皇フランシスコは、最終日、ブラジのロマ族共同体との出会いを持たれた。教皇は、これによって、3日間の同国司牧訪問を終えられた。

教皇フランシスコは、ルーマニア司牧訪問最終日、6月2日(日)、中・北西部トランシルヴァニア地方のブラジで、7人の司教殉教者の列福式をとり行なわれ、この後、同市で最も古い一角であるバルブ・ラウタル地区で、ロマ族共同体との出会いを持たれた。

教皇はロマ族の人々への言葉で、教会は「出会いの場」であり、出会いに開かれていることはキリスト者のアイデンティーの一部と強調。

この日列福された7人の司教殉教者の一人、イオアン・スチウ司教の、すべての人に友情と分かち合いをもって接し、神なる御父の思いを具体的に伝えた、その模範を思い起こされた。

教皇は、ロマ族共同体が受けてきた差別や疎外、虐げを遺憾に思い、その悪にキリスト者やカトリック信者たちも無関係ではなかったことを、心に重く受け止めていると述べられた。

こうした中、教皇は、歴史の中でロマ族の人々が差別され、不当な扱いを受け、偏見に晒されたことを、教会の名において、赦しを乞いたいと願われた。

「家族の誰かが置いて行かれるならば、人類家族は前に進めない」と教皇は語り、人の行いを語る前に、また偏見を持つ前に、その人の中に一人の人間を認めることができないならば、わたしたちはキリスト者でないばかりか、人間ですらないと話された。

教皇は、命や家族を大切にする心、連帯や受け入れ、支え、守り合う精神、お年寄りの尊重、生活の中の宗教心、生きる喜びなど、ロマ族の人々の特徴であると同時に、わたしたちが大いに必要としているその価値観を、皆と分かち合うことを恐れないで欲しい、と励まされた。

教皇は、この集いをもって、ルーマニア訪問を終了するにあたり、巡礼者・兄弟として訪れた同国で体験した多くの出会いは、ご自分の心と人々の間に一つの橋をかけることになった、と述べ、豊かな体験への感謝と共に、人々に祝福をおくられた。

02 6月 2019, 20:09
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高齢者の受洗に配慮[2019.6.2.カトリック新聞]

4月28日(日)「神のいつくしみの主日」に行なわれた洗礼式(入信の秘跡)の様子が、カトリック新聞デジタル版で紹介されています。

カトリック新聞2019年6月2日号「高齢者の受洗に配慮」←ここをクリックして読むことができます。

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人事:長崎大司教区の補佐司教に中村倫明師

2019年5月31日バチカン放送日本語課の記事より。

人事:長崎大司教区の補佐司教に中村倫明師

教皇フランシスコは、長崎大司教区の補佐司教に中村倫明神父を任命された。

教皇フランシスコは、5月31日、長崎大司教区の補佐司教として、同教区・三浦町教会の主任司祭、中村倫明神父を任命された。

中村被選司教は、1962年生まれ、長崎県出身。1988年、司祭叙階。長崎大司教区内各地の小教区主任司祭を歴任、長崎カトリック神学院、福岡サン・スルピス大神学院で養成担当を務め、日本カトリック神学院で神学の教鞭をとった。

31 5月 2019, 13:26
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