カテゴリー別アーカイブ: フランシスコ教皇

教皇とバチカン関係者の四旬節黙想会続く

2018年2月21日バチカン放送日本語課の記事より

教皇とバチカン関係者の四旬節黙想会続く

ローマ郊外アリッチャで、教皇フランシスコとバチカンの高位聖職者らの四旬節黙想会が続いている。

アリッチャにある聖パウロ修道会の黙想の家、「カーサ・ディヴィン・マエストロ」で、2月18日(日)午後から始まった黙想会は、ポルトガル出身のジョゼ・トレンティーノ・デメンドンサ神父の指導の下、23日(金)まで行なわれる。

黙想会中の日々は、朝のミサに始まり、午前と午後に一回ずつデメンドンサ神父による講話、夕方には晩課、黙想、聖体礼拝が行なわれる。

21日(水)、教皇は黙想会に参加中のため、バチカンでの一般謁見は開催されなかった。

同日午前、デメンドンサ神父は、「世界中の涙をご自分のもとに集めるイエス」をテーマに黙想のための講話を持った。

デメンドンサ神父は、ルカ福音書中に登場する、年齢も立場も異なる様々な女性たちの存在に注目。

言葉ではなく、涙や態度で人生の苦しみや喜び、慰めと救いへの希望を表現する福音書の女性たちから、イエスへの信仰と奉仕を学ぶよう招いた。

涙は死への欲求ではなく、むしろ生きることへの渇きであり、涙はそのメッセージを受け取ってくれる相手を常に必要としていると同神父は指摘。

また、涙はわたしたちの人生の喜びや悲しみの歴史、履歴書であるとも話した。

神はわたしたちが人生の中で流した涙、また流せなかった涙をすべてご存知であり、これら全部の涙を集め、祈りとして受け入れられる、イエスの前で涙を流した女性たちのように、わたしたちも神を信頼し、その前で涙を隠してはならないと説いた。

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教皇とバチカン高位聖職者の四旬節黙想会始まる

2018年2月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇とバチカン高位聖職者の四旬節黙想会始まる

教皇フランシスコとバチカンの高位聖職者らによる、四旬節の黙想会がローマ郊外アリッチャで始まった。

教皇が、教皇庁におけるご自分の協力者らと、四旬節に数日間の黙想を行なわれるのは、毎年恒例となっている。

2月18日(日)、教皇はバチカンで行われた正午の祈りの後、午後から参加者らとバスでアリッチャの黙想の家「カーサ・ディヴィン・マエストロ」に向かわれた。

今年の四旬節黙想会の指導を務めるのは、神学者で詩人でもある、ポルトガルのリスボン・カトリック大学の副学長、ジョゼ・トレンティーノ・デメンドンサ神父。

黙想は、2月23日(金)まで続く。この期間中、教皇は水曜日の一般謁見などをはじめとする公務は行なわない。

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教皇、ペルーへ、首都リマに到着

2018年1月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、ペルーへ、首都リマに到着

教皇フランシスコは、ペルーでの司牧訪問を開始された。

1月15日から22日にかけて行われている、教皇の南米2カ国司牧訪問は、後半に入った。

18日、チリ訪問を終えられた教皇は、同日夕方、第2の訪問国ペルーに移動された。

到着したペルーの首都リマの空港で、教皇はクチンスキ大統領はじめ、政府要人・教会関係者らに迎えられた。

歓迎式では、「ペルーのための交響楽団」による演奏と市民のコーラスが披露された。このオーケストラには、貧しい人たちが多く住む、リマ郊外マンチャイ地区の子どもたちも参加した。

空港から市内に向かわれた教皇は、道沿いに長く続く市民の列から、温かい歓声を受けられた。

ローマ教皇がペルーを訪れるのは、ヨハネ・パウロ2世の1985年・1988年の訪問に続き、30年ぶりとあって、同国は歓迎のムードに沸いている。

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教皇、チリとペルーの南米2カ国訪問へ出発

2018年1月15日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、チリとペルーの南米2カ国訪問へ出発

教皇フランシスコは、チリとペルーの南米2カ国の司牧訪問へ出発された。

イタリア時間1月15日早朝、教皇は最初の訪問国チリの首都サンチアゴに向けて、ローマのフィウミチーノ空港より特別機で発たれた。

教皇フランシスコは、登位後22回目となるこの海外司牧訪問(イタリアを除く)で、15日(月)から18日(木)までチリ(サンティアゴ、テムコ、イキケ)を、同18日から21日(日)までペルー(リマ、プエルト・マルドナド、トルヒーリョ)を訪問し、22日(月)に帰国される。

ローマ教皇がチリを訪れるのは、ヨハネ・パウロ2世の1987年の訪問に次いで、今回が2度目。

また、ペルー訪問は、ヨハネ・パウロ2世の1985年、1988年に続いて3度目となる。

教皇フランシスコのこのたびの訪問を特徴づけるものとして、チリのテムコでのアラウカニア地方の住民との出会いや、ペルーのプエルト・マルドナドでのアマゾン地域の住民との集いが予定されている。

バチカンでは2019年10月、「アマゾン周辺地域のための特別シノドス」(世界代表司教会議)が開催されることから、教皇の今回の訪問はそのための準備としての性格も帯びている。

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教皇、15日より、南米チリとペルーを訪問

2018年1月12日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、15日より、南米チリとペルーを訪問

教皇フランシスコは、1月15日から22日にかけて、チリおよびペルーの南米2カ国を司牧訪問される。

この訪問は、両国の大統領、および司教団の招きに応えて行なわれるもので、現教皇にとって22回目の海外司牧訪問(イタリアを除く)となる。訪問国数としては、チリとペルーを加え、計33カ国となる。

両国における教皇の訪問日程はそれぞれ以下のとおり。

チリ司牧訪問(1月15日~18日)

1月15日(月)イタリア時間・早朝、教皇は最初の訪問国チリに向けてローマを出発。現地時間・同日夜、首都サンティアゴ到着。空港での歓迎式。

16日(火)午前、サンチアゴ市内の大統領官邸・モネダ宮殿で各界要人と駐チリ外交団との出会い。バチェレ大統領への表敬訪問。次いで、オイギンズ公園でミサを司式。午後、刑務所訪問。大聖堂で司祭・修道者・神学生との出会い。司教団との集い。この後、聖アルベルト・ウルタド神父の巡礼聖堂でイエズス会関係者と交流。

17日(水)午前、チリ中南部の都市テムコへ。現地の空港でミサ。アラウカニアの住民代表とカーサ・マードレ・デ・ラ・サンタ・クルスで昼食。夕方、再びサンティアゴへ。マイプの巡礼聖堂で若者たちとの集い。チリ・カトリック大学を訪問。

18日(木)午前、教皇はチリ北部の都市イキケへ。市内でミサ。午後、オブレート会の施設で昼食。夕方、イキケ国際空港で送別式。チリを後にし、次の訪問国ペルーへと向かわれる。

ペルー司牧訪問(1月18日~22日)

18日(木)現地時間夕方、教皇はペルーの首都リマに到着。空港で歓迎式。

19日(金)午前、ペルー東南部の都市プエルト・マルドナドへ。スポーツ施設でアマゾン地域の人々との出会い。職業技術専門校で市民との集い。児童養護施設を訪問。司牧センターでアマゾン地域の住民代表らと昼食。午後、リマに戻り、大統領官邸で、各界要人と駐ペルー外交団との出会い。クチンスキ大統領への表敬訪問。夜、市内の聖ペドロ教会にイエズス会の共同体を私的に訪問。

20日(土)午前、ペルー北西の都市トルヒーリョへ。ワンチャコ地区でミサ。昨年の水害被災地区を訪問。カテドラルで祈り。神学校で司祭・修道者・神学生らとの出会い。市内のアルマス広場で聖母への祈り。夜、再びリマへ。

21日(日)、午前、リマの奇跡の主巡礼聖堂で、ペルーの観想修道女たちと時課を唱える。カテドラルでペルーの聖人たちの聖遺物を前に祈る。大司教館で司教団との出会い。正午、アルマス広場でお告げの祈り。夕方、ラス・パルマス空軍基地でミサ。こうしてすべての公式行事を終えられた教皇は、送別式を経て、ローマに向け出発。

22日(月)イタリア時間午後、ローマ着。バチカンに戻られる。

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教皇、81歳の誕生日を子どもたちと祝う

2017年12月17日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、81歳の誕生日を子どもたちと祝う

教皇フランシスコは、12月17日、81歳の誕生日を迎えられた。

この朝、教皇は、経済的に恵まれない子どもたちを援助するバチカンの施設「サンタ・マルタ配給所」の支援家庭とお会いになった。

バチカンのパウロ6世ホールで行われた集いには、子どもたちとその両親らが招かれ、踊りや、歌、遊びなどを交え、教皇の誕生日を共に祝った。

会場には子どもたちによって大きな箱が運ばれ、中からたくさんの風船と共にバースデーケーキが現れた。

教皇がケーキの上のろうそくを吹き消すと、子どもたちから拍手と歓声が上がった。

教皇は参加者への挨拶で、「子どもたちの喜びは宝物です。わたしたちは子どもたちが喜びを保ち続けるために、できる限りのことをしなければなりません。喜びに満ちた魂は、良い土壌のように、人生を豊かに育て、良い実を結ばせます」と話された。

教皇はこの集いで、子どもたちのために3つのことを願われた。

一つは、子どもたちの喜びを守り、彼らを悲しませないこと。

もう一つは、子どもたちがより良く成長するために、祖父母やお年寄りと会話させることであると述べられた。

祖父母は記憶とルーツを持っており、子どもたちにそのルーツを伝えるのは彼らであると強調された教皇は、子どもたちが民族の記憶や信仰、道徳価値から切り離されることがないようにと希望された。

そして、最後に教皇は、子どもたちに神と対話させることを挙げ、彼らがそれを通して祈りを学び、心の中にあることを神に打ち明けることができるようにと話された。

教皇は子どもたちと両親に感謝され、祝福を与えられた。

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教皇、ローマのフォッセ・アルデアティーネを訪問

2017年11月3日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、ローマのフォッセ・アルデアティーネを訪問

教皇フランシスコは、11月2日、ローマ南部郊外のフォッセ・アルデアティーネを訪問された。

フォッセ・アルデアティーネは、1944年3月24日、ナチス・ドイツの占領下にあったローマで、前日3月23日にローマ市内で起きたドイツ軍部隊への爆弾攻撃に対する報復行為として、政治犯や抵抗運動家らを中心とする受刑者、ユダヤ系市民、その他の市民ら、335人がドイツ軍によって連行され、虐殺、遺棄された場所として知られる。

戦後すぐに、フォッセ・アルデアティーネは、虐殺された犠牲者の冥福を祈り、平和への思いを新たにする記憶の場として保存され、追悼施設となった。

典礼暦で「死者の日」を記念したこの日の午後、教皇はローマ南方、ネットゥーノの米軍戦没者墓地でミサを司式され、次いで、ローマのフォッセ・アルデアティーネを訪れた。

ローマ教皇のフォッセ・アルデアティーネ訪問は、1965年のパウロ6世、1982年の聖ヨハネ・パウロ2世、2011年のベネディクト16世に続いて、現教皇で4度目となる。

日没後のフォッセ・アルデアティーネで、教皇はローマの主席ラビ、リカルド・セーニ師をはじめとするユダヤ教共同体関係者や、73年前の虐殺の犠牲者の遺族たちに迎えられた。

教皇は沈黙と闇に覆われた霊廟の中を歩かれ、虐殺が行われた場所を示す門の前で長く祈られた。

続いて教皇は、犠牲者らの名が記された石棺が並ぶ霊廟内の中心部に入られ、いくつかの棺の上に、一本一本と、花を置かれた。

教皇は、セーニ師に続いて捧げられた祈りにおいて、すべての犠牲者を思い起こしながら、335人中、身元の不明な12人の存在にも触れ、神の前では誰一人無名ではないと述べられた。

人間との契約を結ばれる神の、苦しむすべての人と民と交わされた永遠に忠実な、いつくしみ、憐れみに溢れた愛の契約、死よりも強く、復活を保証するその契約に、教皇は祈りの中で信頼を寄せられた。

最後に、教皇は訪問の記帳に、「戦争のもたらすもの、それは憎しみ、死、復讐です」と言葉を残された。

ネットゥーノの米軍戦没者墓地、ローマのフォッセ・アルデアティーネを訪問後、バチカンに戻られた教皇は、聖ペトロ大聖堂地下の歴代教皇の墓前で祈りの時を持たれた。

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教皇、ローマの「スコラス・オクレンテス」事務局を訪問

2017年10月27日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、ローマの「スコラス・オクレンテス」事務局を訪問

教皇フランシスコは、ローマの「スコラス・オクレンテス」事務局を訪問された。

「出会いの学校」を意味する「スコラス・オクレンテス」は、教皇がアルゼンチンでブエノスアイレス大司教を務めていた時から推進してきた教育ネットワーク。

すべての青少年に教育の機会を提供し、出会いと、対話、異なる存在への尊重を推進することを目的に、公立・私立、宗教の違いを超えた様々な教育機関が協力し合っている。

「スコラス・オクレンテス」は、2013年8月に教皇庁立基金としての形を整え、その活動を充実させてきた。今年6月には、ローマのトラステベレ地区にあるサン・カリスト館に事務局が開設された。

教皇は、10月26日夕方、このローマ事務局を訪れ、パレスチナ、イスラエル、イタリア、スペインを中心に、各地から集った多くの学生たち、ボランティアや関係者に迎えられた。

この集いで、教皇は、メキシコ、パラグアイ、アルゼンチン、プエルトリコ、米国テキサスからの中継を通し、それぞれの若者たちが置かれた困難な状況や、スコラス・オクレンテスの支援について語る声に耳を傾けられた。

教皇は特に今年9月のハリケーンで大きな被害を受けたプエルトリコの若者たちに連帯を示された。

移民とその受け入れについて、教皇は、常に新・旧の大陸を相互に豊かにする源であると強調。

よりよい未来の希望に賭ける移民たちを助けて欲しいと教皇はすべての人々に願うと共に、一方で、移民たちが受入れ国の法律を遵守し、市民たちが守られる必要を説かれた。

また、教皇はこの日、中央・南アメリカのいくつかの国々の「スコラス・オクレンテス」の活動拠点の誕生を喜ばれた。

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インドネシアで、第7回アジアン・ユース・デー

2017年7月27日バチカン放送日本語課の記事より。

インドネシアで、第7回アジアン・ユース・デー

インドネシアで、第7回アジアン・ユース・デーが開催される。

アジアン・ユース・デー(AYD)は、アジア諸国からカトリックの若者たちの代表が参加し、典礼や祈りを共にし、互いに学び、交流しながら、信仰と連帯を深める大会。

アジアン・ユース・デーは、数年毎に開催国を変えながら行なわれている。1999年、タイで行われた第1回に始まり、2001年に台湾、2003年にインド、2006年に香港、2009年にフィリピンと続き、2014年には教皇フランシスコ参加のもと韓国で開催された。

第7回目に当たる今大会は、「アジアの若者よ、多様性あふれたアジアの文化の中で、福音を喜んで生きなさい」をテーマに、7月30日から8月6日まで、インドネシアのジョグジャカルタで開かれる。

日本の若者たちを含む2千人以上の参加者は、開催国インドネシアの文化や、地元の教会の活動に触れつつ、様々なイベントを通して福音の精神を再発見する。

会期中の前半(7月30日~8月2日)は、「教区デー」として、若者たちはインドネシアの11の教区に分かれ、家庭・社会・地球環境などのテーマについて考え、分ち合いを行なう。

後半(8月2日~6日)は、メイン会場であるジョグジャカルタで「アジアン・ユース・デー」に参加。5日間に渡り、カテケーシス、典礼、各国の参加者らによる交流行事などが行なわれる。

若者たちの大会終了後(8月6日~9日)には、「アジアン・ユース・奉仕者ミーティング」と題し、青年司牧の奉仕者たちのミーティングや育成体験が企画されている。

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