カテゴリー別アーカイブ: フランシスコ教皇

聖金曜日:コロッセオで十字架の道行、キリストの受難に人々の苦しみ重ねる

2019年4月20日バチカン放送日本語課の記事より。

聖金曜日:コロッセオで十字架の道行、キリストの受難に人々の苦しみ重ねる

教皇フランシスコは、「聖金曜日」の夜、ローマ市内のコロッセオで「十字架の道行」をとり行われた。

典礼暦で、復活祭を前にした「聖金曜日」には、イエス・キリストの受難と死を記念する。

「聖金曜日」、4月19日の夕方、バチカンの聖ペトロ大聖堂で「主の受難の儀式」を行った教皇フランシスコは、夜からローマ市内のコロッセオで、信者たちと共に「十字架の道行」をとり行われた。

「十字架の道行」は、キリストの受難を黙想しつつ行う信心業。イエスが死刑宣告を受けてから、十字架上で息を引き取り、墓に葬られるまでを、14の場面(留)に分け、各留ごとを黙想し、祈る。

教皇と共に行う十字架の道行には、毎年、参加者の黙想を助けるテキストが用意される。今年は、慰めの聖母宣教女会のSr.エウジェニア・ボネッティによって、「キリストと共に十字架の道をたどる女性たちと一緒に」をテーマに、黙想が書き下ろされた。14留において、キリストの受難に、人身取引の犠牲となった女性や子どもたち、移民たちの苦しみが重ねられた。

ここ数日のローマは晴れて気温も上がり、「十字架の道行」が行われた「聖金曜日」は、穏やかな夜を迎えた。会場となった遺跡地区には、人々の手にするろうそくの火が広がり、静粛の中に祈りが響いた。

コロッセオの中から出発した「十字架の道行」は、各場面の朗読と黙想を続けながら、教皇が待つパラティーノ遺跡側へと向かった。

教皇は、十字架の道行終了後の説教で、「主イエスよ、あなたの十字架の中に、世界の様々な十字架を見つめることができるよう助けてください」と祈った。

そして、教皇は、食べ物や愛に飢えた人々、見捨てられた人々、正義と平和を求める人々、信仰の慰めを持たない人々、孤独なお年寄りたち、扉を閉ざされた移民たち、傷つけられた子どもたち、絆を失った家族たちの十字架を見つめられた。

また、キリストの光をもたらすために尽くしながらも拒絶され嘲笑される奉献者たち、福音に忠実に生きながらも世間から疎外される信者たち、キリストの愛を伝えることに困難を経験し、内外から絶え間なく攻撃される教会の十字架を示すと共に、人々の利己主義や強欲、権力によって疲弊させられた「わたしたちの共通の家」である地球が抱える十字架のためにも祈られた。

20 4月 2019, 12:08
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聖木曜日:教皇、ヴェッレトリ刑務所で「主の晩餐」ミサ

2019年4月18日バチカン放送日本語課の記事より。

聖木曜日:教皇、ヴェッレトリ刑務所で「主の晩餐」ミサ

「聖木曜日」の午後、教皇フランシスコは、ローマ近郊ヴェッレトリの刑務所で、「主の晩餐の夕べのミサ」を司式された。

4月18日、「聖木曜日」の午後より、教会の典礼は、主の受難と死と復活を記念する「過ぎ越しの聖なる三日間」に入った。

「聖木曜日」の「主の晩さんの夕べのミサ」から、「復活の主日」の「晩の祈り」まで続く、この「過ぎ越しの聖なる三日間」は、一年を通じた典礼の頂点をなすものである。

「過ぎ越しの聖なる三日間」の始まりとなる「主の晩餐のミサ」では、受難を前にしたイエス・キリストが、最後の晩さんにおいて、聖体とミサ聖祭、司祭職を制定したことを思い起こす。

また、このミサでは、イエスが最後の晩さんの前に、愛と奉仕の模範として、自ら弟子たちの足を洗ったことにちなんで、「洗足式」が行なわれる。

同日夕方、教皇フランシスコは、ローマ近郊ヴェッレトリの刑務所を訪問。所内のホールで「主の晩餐の夕べのミサ」を司式された。

ヴェッレトリ刑務所は、1991年に開設され、入所者は現在577人。入所者の約60%は、イタリア以外の国籍を持つ。

教皇フランシスコが、「主の晩餐の夕べのミサ」を刑務所でとり行うのは、カサル・デル・マルモ、レビッビア、パリアーノ、レジーナ・チェリの各刑務所に続いて、今回が5回目となる。

ミサの説教で教皇は、原稿を用いずに、直接受刑者らに語りかけられた。

教皇は、最後の晩さんでイエスが弟子たちの足を洗ったことを思い起こしながら、主イエスはすべての権力を持っておられたにも関わらず、当時奴隷が行っていたこの仕事を自ら行うことで、互いに奉仕し合うことを教えられた、と話された。

そして、これは他人を支配するという野心を超えて、奉仕の内に兄弟として生きることを教えている、と語られた。

司教をまず第一の奉仕者とし、一人ひとりが他の人に奉仕しなくてはならない、と述べた教皇は、「仕えさせるのではなく、仕えること」、これがイエスの、そして福音の掟であると強調された。

この後、行われた「洗足式」で、教皇は祭壇の横に座った国籍も様々な12人の受刑者一人ひとりの足を洗われた。

18 4月 2019, 20:06
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教皇、ローマ郊外の介護療養施設を訪問

2019年4月12日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、ローマ郊外の介護療養施設を訪問

教皇フランシスコは、ローマ郊外の介護療養施設を訪問された。

教皇は、月に1回程度、金曜日の午後を、医療・福祉・教育施設等への訪問・交流行事にあてている。

「いつくしみの金曜日」と呼ばれるこの行事で、教皇フランシスコは、4月12日、ローマ郊外の介護療養施設「ヴィッラッジョ・エマヌエレ」を訪れた。

「ヴィッラッジョ・エマヌエレ」は、ローマ北部にある、認知症の人々のための共同生活を通した介護療養施設。

認知症患者のためのイタリアでも最も先進的なこの施設は、「ヴィッラッジョ」(村)という名のとおり、広い敷地内に、6人住まいの14の住宅のほか、ミニマーケット、カフェ、レストラン、図書館、ジム、診療所など、生活・レクリエーション・交流・医療ケア等、暮らしに必要な様々なスペースが設けられ、入居者らが日常性・社会性を大切にしながら生活できるよう配慮されている。

施設をサプライズ訪問された教皇は、驚きと喜びに包まれた入居者や職員たちと交流された。

教皇は入居者らの暮らしをご覧になり、一人ひとりに励ましと祝福を与えられた。

12 4月 2019, 18:25
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教皇、ローマの市庁舎を訪問「受容と統合を目指す都市に」

2019年3月26日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、ローマの市庁舎を訪問「受容と統合を目指す都市に」

教皇フランシスコは、ローマの市庁舎を訪問、市長や地元行政関係者に挨拶をおくられた。

教皇フランシスコは、3月26日午前、ローマ市内のカンピドリオの丘にある、同市市庁舎を訪問された。

教皇フランシスコは、ローマ司教として同市の市庁舎を訪問した4人目の教皇となった。

これまで、1966年の聖パウロ6世の訪問を最初とし、1998年に聖ヨハネ・パウロ2世、2009年にベネディクト16世が、それぞれカンピドリオを訪れている。

この朝、ローマ市庁舎パラッツォ・セナトリオを訪れた教皇フランシスコは、ヴィルジニア・ラッジ、ローマ市長に迎えられた。

教皇は、市長の執務室で、ラッジ市長と個人会談を持たれた。

会談後、教皇は市長の案内を受けて、庁舎のバルコニーから、フォロ・ロマーノやコロッセオなどの遺跡群を眺められた。

続いて、ジュリオ・チェーザレ・ホールで、教皇と市議会関係者との出会いが行われた。

教皇は関係者への挨拶で、2015年12月8日から2016年11月20日まで記念された「いつくしみの特別聖年」をはじめ、多くの教会行事に際してのローマ市の日頃の協力に深い感謝を述べられた。

古代から現代に至る長い歴史の中で、ローマが常に世界の様々な地方、異なる社会・経済カテゴリーの人々を、そのアイデンティティーや正当な違いを尊重しながら受け入れてきたことを思い起こされた。

そして、イタリアの首都、カトリックの中心地としてのローマが持つ、地上の権力と霊的な力との絶えざる対話、それらの相互尊重の上に築かれた協力関係という、独自の性格を指摘された。

教皇は、ローマがその高き理想と偉大な歴史を維持し、今日の変遷する様相の中で、文明の灯台、受容の師であり続けるようにと願われた。

そして、カトリック教会は、この都市がその最も高貴な顔と、キリスト教的愛、市民的良心を保つことができるよう、ローマの市政者と市民に協力していくことを望んでいる、と述べられた。

ローマが、人々をつなぐ「橋」としての都市であるよう希望される教皇は、特に戦争や貧困を逃れ、尊厳ある生活を求める多くの移民たちに、腕を広げるようにと励まされた。

教皇は、ローマがこの歴史的挑戦の時において、受容と統合を目指しながら、緊張や諸問題を、出会いと成長のチャンスに変えていくことを期待された。

教皇は市庁舎の職員や、広場に集った市民らに挨拶をおくり、正午過ぎ、バチカンに戻られた。

26 3月 2019, 16:48
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教皇、ロレートを巡礼、サンタ・カーサでミサ

2019年3月25日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、ロレートを巡礼、サンタ・カーサでミサ

「神のお告げ」の祭日、教皇フランシスコはイタリアの聖母巡礼地、ロレートを訪問された。

カトリック教会の暦は、3月25日、「神のお告げ」を祝った。

この日、教皇はイタリア中部マルケ州ロレートの聖母巡礼聖堂を訪れた。

ロレートは、イタリアの数ある聖母巡礼地の中で、最も重要なものの一つ。

アドリア海を見下ろすロレートの丘の上にそびえる聖母巡礼聖堂は、その内部に、ナザレのマリアの家族が生活し、マリアが天使から神のお告げを受けたと伝承される家、「サンタ・カーサ(聖なる家)」を保管している。

ロレートに到着された教皇は、「神のお告げ」を祝うミサを、この「サンタ・カーサ」の古い3面の壁に囲まれた祭壇で捧げられた。

ローマ教皇がサンタ・カーサの祭壇でミサを捧げたのは、1857年ピオ9世以来、162年目となるが、歴代教皇たちのロレートの聖母への崇敬は篤く、これまで聖ヨハネ23世、聖ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世ら、多くの教皇たちがこの巡礼聖堂を訪れ、サンタ・カーサで祈り、聖堂の内外でミサを捧げている。

教皇がサンタ・カーサでミサを捧げる間、巡礼聖堂の内部には病者やお年寄りたち、外の広場には若者を中心におよそ1万人の巡礼者らが集い、教皇と祈りを共にした。

教皇はミサの終わりに、昨年10月バチカンで開催された「若者と召命」をテーマとしたシノドスのまとめ・今後の司牧方針となる、「使徒的勧告」に署名された。

また、教皇は、黒い聖母子像で知られる「ロレートの聖母」に、金の薔薇を捧げられた。

次いで、教皇は聖堂内の病者や、広場の巡礼者に挨拶をおくられた。

司教らと昼食を共にされた教皇は、ロレートを後にされ、バチカンに戻られた。

25 3月 2019, 16:10

 

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教皇フランシスコ:モザンビーク、ジンバブエ、マラウイに援助金送る

2019年3月22日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇フランシスコ:モザンビーク、ジンバブエ、マラウイに援助金送る

今世紀最大級のサイクロンに襲われたアフリカ南東部の諸国に,教皇フランシスコは具体的な助けとして,援助金を送られた。

国連当局者は、アフリカ南東部を襲撃したサイクロンで260万人以上が被災したと述べ、南半球で起きた気象災害としては過去最大級との見方を示した。

サイクロンは時速170キロメートルの速度でインド洋を進み、モザンビークを直撃。その後ジンバブエとマラウイを席巻した。現在でも、救助隊の被災地への到達は難航している。

支援団体の話では、被災地では建物が崩壊、村は洪水で浸水し、道路は寸断され、生存者は身動きがとれなくなっている。国際赤十字によると、モザンビーク中央部だけで少なくとも40万人が住宅を失った。

国際赤十字の救援責任者は「被害の規模は依然として不明だが、被災者と死者の数は増えると見込まれる」と述べている。

今回教皇の名で送られた援助金は、サイクロンのもっともひどい被害を受けたアフリカ南東部3国の人々への、教皇の心からの寄り添いを示すもので、引き続く援助の先駆けをなすもの。

すでに先日の水曜一般謁見でも教皇フランシスコは、災害に見舞われた国々の被災者たちに、霊的に身近にとどまる旨を表明されていた。

教皇フランシスコは手始めに、被災3か国にそれぞれの国に、5万ユーロづつ、計15万ユーロを送られた。さらにこれからも各国の教皇庁大使館を通じて教皇の援助は続けられる。

教皇は全カトリック教会、世界中の司教協議会、多くの慈善団体に、被災者たちの救済のための、さらなる協力を願われている。

22 3月 2019, 15:45
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教皇フランシスコ、四旬節黙想会終了

2019年3月15日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇フランシスコ、四旬節黙想会終了

3月15日、教皇フランシスコは、3月10日(日)午後より始められた四旬節の6日間にわたる黙想を終えられた。

黙想会は、3月10日午後から15日午前まで、ローマ郊外カルテッリ・ロマーニ地方、アリッチャにある黙想の家「カーザ・ディヴィン・マエストロ」で行われた。

今回、黙想指導を務めたのは、フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ修道院(ベネディクト会)の修院長、ベルナルド・フランチェスコ・マリア・ジャンニ神父。

教皇は黙想会終了にあたって、6日間にわたり黙想界指導を担当したベネディクト会修院長ジャンニ神父に、その深く適切な説教に、心からの感謝の言葉を述べた。

ジャンニ神父は、この黙想会中、特に神は、2000年前にパレスティーナ・ベトレヘムで人となり人類の中に住まわれただけではなく、今日も絶えず人々と共に、人々の中に存在し、働かれ続けていることを強調。

教皇はこれに対し、ジャンニ神父の説教は、毎日の霊的生活において、神と共にたえず前進するために、希望と努力と忍耐が必要なことを想起させてくれたと、心からの感謝を述べた。

その後、教皇は、15日午前中に、教皇庁での協力者である枢機卿や司教らとバスでアリッチャを出発、無事にバチカンに戻られた。

15 3月 2019, 18:00
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教皇フランシスコ在位六周年記念

2019年3月13日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇フランシスコ在位六周年記念

枢機卿ホルフェ・ベルゴリオは2013年3月13日にコンクラーベにて第265代目の聖ペトロの後継者として選出され,フランシスコの名の下に教皇となり、2019年3月13日、教皇在位六周年を迎えた。

四旬節黙想会のために,教皇はローマ郊外アリッチャに滞在中ためバチカンでの教皇在位記念行事はないが、バチカンには世界中の多くの人々から祝辞が届いている。

あっという間の6年であったが、この6年間に教皇フランシスコは多くの偉業を成し遂げたといえる。

この6年間に、教皇は公式に1000回の説教を行った。そのうち670回は、毎朝信者たちと共に捧げられる、サンタ・マルタ館でのミサ中に行われたもの。サンタ・マルタ館でのミサ中での説教は、原稿なしの心から湧き出る言葉で、ミサ参列者たちに強く印象付けている。

ミサ以外でもすでに1200回の公式談話をされている。 そのほか毎週水曜日の一般謁見でのカテケシス、教会の教えの解説は、264回にわたっている。

日曜正午恒例のアンジェラスの祈りでの短い話も、すでに342回。

2つの回勅と36の使徒憲章、27の自発教令などを発布されている。

そのほかにも2回にわたり「シノドス」世界司教代表会議を主催された。

またこの他にも、世界42か国にわたる海外司牧旅行、24回のイタリア国内司牧訪問を実現されている。

そのほか数多くの列聖式を挙行された。その中には3人の教皇、ヨハネ23世、パウロ6世、とヨハネ・パウロ2世などがあり、そのほかにもカルカッタのマザー・テレサ、ファティマの牧童、ジャチンタとフランシスコ・マルト、そしてロメロ司教殉教者、幼きイエスの聖テレーズの両親、さらに二人の神秘家、フォリーニョのアンジェラと三位一体のエリザベットなどが含まれる。

13 3月 2019, 17:03
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教皇参加のもと、アリッチャでの黙想会始まる

2019年3月11日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇参加のもと、アリッチャでの黙想会始まる

教皇フランシスコとバチカンの高位聖職者らによる黙想会がアリッチャで始まった。

教皇フランシスコは、3月10日(日)午後より、ローマ郊外で四旬節の黙想を行われている。

この黙想会は、復活祭前の準備期間、四旬節にあたり、教皇とバチカンの高位聖職者らが参加するもので、ローマ近郊のカステリロマーニ地方の町、アリッチャの聖パウロ修道会の黙想の家「カーサ・ディヴィン・マエストロ」で、3月15日(金)午前まで行われる。

黙想は、「熱い願いの町:この世の生活における、過ぎ越し的な眼差しと態度のために」をテーマに、フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ修道院(ベネディクト会・モンテ・オリヴェート派)院長、ベルナルド・フランチェスコ・マリア・ジャンニ神父が指導する。

黙想会中の一日は、早朝のミサから始まる。朝食後、午前の黙想、昼食後、午後の黙想と、一日2回の黙想が行われ、晩課と聖体礼拝で締めくくられる。

初日10日午後に、全体の導入として「わたしたちがここにいる理由」というタイトルで、第1回目の黙想が行われた。

ジャンニ神父は、中世の神学者・神秘家サンビクトールのリシャールの「愛のあるところに、眼差しがある」を引用しつつ、主がわたしたちの歴史や生活の中を横切りながら、飽くことなく残されるしるしを認め、読み取るよう招いた。

そして、イエスの眼差しに見つめられ、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」というイエスの問いに揺さぶられながら、自分たちもまたイエスのように見つめることを学ばなければならない、と話した。

11日午前には、「ラ・ピーラの夢」と題し、元フィレンツェ市長、尊者ジョルジョ・ラ・ピーラ(1904-1977)をめぐり、第2回目の黙想が行われた。

11 3月 2019, 12:06
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米国司教団、「正しく、断固とした意志を示したもの」と教皇の決定に感謝(Crux)

「カトリック・あい」

・米国司教団、「正しく、断固とした意志を示したもの」と教皇の決定に感謝(Crux)

ローマ発-教皇の判断は、聖職者による性的虐待に関わる広範な教会刷新への重要な一歩だーセオドア・マカリック元枢機卿の司祭職を剥奪するという16日の教皇フランシスコによる歴史的決断は、米国の司教団から大きな支持を持って迎えられた。

 マカリックが司教、そして大司教を務めたニュージャージー州のメツチェン、ニューアーク両教区の教区長は17日、声明を発表、このうち、ニューアークのジョセフ・トービン枢機卿は「我々の教区の大司教を14年にわたって務めた教会指導者がイエス・キリストの司祭としての使命とキリスト教徒としての生き方に反する行為をしたことを知って、深い悲しみと動揺を覚えます」と強く遺憾の意を表明。

 そのうえで、「教皇フランシスコが指導者として、このような困難な真相究明と決断をなさったことを感謝します。教皇の決断は、弱く、傷つきやすい人々を守り、人間としての尊厳を大切にし、責任を取り、教会の犠牲者たちへの癒し、和解、連帯を図る決意を再確認することで、問題解決を図ろうとする断固とした決意を示したものです」と教皇の決断を讃え、「苦しみの中にある私たちの兄弟姉妹を慰めるために、私たちは、教皇と一致して祈り、支え、奉仕します」と決意を表明した。

 そして、「教会によって聖職をはく奪されたという発表は、彼が実際に行った、隠されてきた破滅的生き方に対する正しい対応であり、教会の全ての人々に福音の示す高潔さが求められていることを全世界の教会に示す合図です。教皇フランシスコの指導者としての決然とした行為、問題に速やかに対応され、適切な結論を導かれたことに、感謝します」と教皇の決定に賛意を示した。

 また、マカリックが2006年に枢機卿・大司教としての現役を終えたワシントン大司教区も声明を発表し、教皇の決定は「教皇の行為の重大さを示すもの」と評価したものの、声明に具体的な人物の署名はなかった。これは、署名者であるべき教区長ポストが、ドナルド・ワール枢機卿が1980年代から1990年代にかけたピッツバーグ司教の時代の性的虐待問題への対応の誤りを批判され、教皇に教区長辞任を申し出、昨年10月に受理されて以来、空白になっているためだ。

 全米司教協議会会長のダニエル・ディナルド枢機卿は声明で、今回の教皇の対応は「虐待は容認できない、という明確な意思表明です。どの司教であろうと、どれほど影響力のある者であろうと、教会の掟を超える存在ではありません」と語り、「マカリックに虐待を受けたすべての方々のために、私は祈ります-今回の決定が、癒しに向けた多くの歩みの中の、一つの小さな一歩であるように。私たち司教にとって、イエス・キリストの福音に自分たちがふさわしい者となるように私たちの決意を強めてくれます。教会の対応を指導される教皇フランシスコの決然とした姿勢に、感謝します」と述べた。

 また、教皇が設置した未成年者保護委員会の長を務めるボストン教区長のショーン・オマリー枢機卿は「今回の最終的な(マカリックに対する)処分はとても重大なものですが、それ自体が、彼の司祭としての務めを踏み外した行為で酷く傷つけられた方々とその家族に癒しをもたらすことはありません」「教皇の行動はそれ自体、カトリック教会共同体と一般社会に必要な癒しをもたらしません。前大司教が教会生活で傷つきやすい未成年者たちと若い成人たちにこれほど長期間、害を及ぼしたことに、教会共同体も一般社会も愕然とし、強い怒りを感じているのです」と自戒を込めて語り、「教会の指導的立場にある枢機卿、司教として、私たちは、自らの言葉ではなく、行為によって正当に裁かれるのです」と気持ちを引き締めた。

 オマリー、ディナルド両枢機卿は、21日からバチカンで開かれる聖職者性的虐待問題に関する全世界司教協議会会長たちによる会議に出席する予定で、全米の他の司教たちも強い関心を会議に寄せている。

 テキサス州フォートワースのマイケル・オルソン司教は「セオドア・マカリックの司祭職はく奪という決定的な判断を教皇フランシスコが下されたことを支持し、感謝しています。こうした(マカリックの)行為を助け、あるいは隠蔽した者は皆、情報公開が求められることになる」と述べ、ミネソタ州セント・クラウドのドン・ケラー司教は「バチカンのこの決定が性的虐待の犠牲者と傷ついたすべての人の癒しにつながることを希望します。これは、教皇が”性的虐待サミット”を開く準備として情報公開の促進に向けた前向きな一歩です」

 また、全米で最も優れたカトリック大学とされているノートルダム大学は、マカリックに対して2008年に授与した名誉博士号を撤回した。

 マカリックの犠牲者の1人、ジェームズ・グレイン氏は声明で、「この問題で、勝者はいません。でも、教皇が私を信じてくださってうれしいです」と語り、「教皇の偉大な歴史的で聖なる業は、世界中の虐待犠牲者と全てのカトリック信者に安心感を与えています」と評価している。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

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