カテゴリー別アーカイブ: フランシスコ教皇

教皇、聖木曜日に、ローマの刑務所で主の晩餐のミサ

2018年3月20日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、聖木曜日に、ローマの刑務所で主の晩餐のミサ

教皇フランシスコは、2018年度・聖木曜日の「主の晩餐の夕べのミサ」を、ローマのレジナ・チェリ刑務所で司式することが明らかになった。

復活祭直前の一週間「聖週間」中の木曜日を「聖木曜日」と呼ぶ。

「聖木曜日」の午後にとり行われる「主の晩餐の夕べのミサ」を、教皇フランシスコはこれまでローマ市内や近郊の刑務所、少年院、移民センター、医療施設などで捧げてきた。

教皇は今年3月29日(木)夕方、この「主の晩餐のミサ」を、ローマ市内トラステヴェレ地区のレジナ・チェリ刑務所で司式される。

今回レジナ・チェリ刑務所を訪れるにあたり、教皇は刑務所内の病棟の訪問、刑務所の円形ホールでの「主の晩餐のミサ」、受刑者グループとの出会いを予定されている。

「主の晩餐のミサ」の中で行われる「洗足式」では、教皇は12人の受刑者の足を洗われる。

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教皇、サン・ジョヴァンニ・ロトンドでミサ「聖ピオ神父の霊的遺産に倣う」

2018年3月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、サン・ジョヴァンニ・ロトンドでミサ「聖ピオ神父の霊的遺産に倣う」

教皇フランシスコは、南イタリアのサン・ジョヴァンニ・ロトンドを訪問された。

3月17日、教皇は、聖ピオ神父(ピオ・ダ・ピエトレルチーナ、カプチン会士、本名:フランチェスコ・フォルジョーネ1887-1968)の聖痕出現100年と、帰天50年を記念し、ピオ神父の生誕の地であり、最初の聖痕を受けた場所、ピエトレルチーナと、ピオ神父の修道生活の中心であり、帰天の地である、サン・ジョヴァンニ・ロトンドを相次いで訪れた。

サン・ジョヴァンニ・ロトンドは、南イタリア、プーリア州・フォッジャ県の人口約2万4千人の町。ガルガーノ国立公園の一角にあり、山を背後にして市街が広がっている。

最初の訪問地ピエトレルチーナから、サン・ジョヴァンニ・ロトンドに移動された教皇は、マンフレドニア=ヴィエステ=サン・ジョヴァンニ・ロトンド教区司教、カプチン会員らの案内を受けながら、この地で聖ピオ神父の足跡に触れた。

教皇は、ピオ神父が創立を推進し、1956年に完成した総合病院、カーサ・ソリエーヴォ・デラ・ソフェレンツァ(苦しみを和らげる家)を訪問。

病院の入口に集った多くの患者に祝福を与え、小児科病棟では子どもたちを見舞い、家族らに温かい励ましの言葉をかけられた。

次いで、教皇はピオ神父が生涯のほとんどを過ごしたカプチン会修道院に隣接した、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ巡礼聖堂で、同会の関係者らとお会いになった。

最後に教皇は、ピオ神父の列聖後、2004年に献堂された聖ピオ巡礼聖堂前で、信者のためにミサを捧げられた。

ミサの中で教皇は、「祈り」「小さき者」「叡智」の3つの言葉をテーマに、説教を行われた。

教皇は、自らよく祈り、信者たちにも多く祈るよう教えた聖ピオ神父の霊的遺産を大切に、神のために時間を捧げ、心を開いて神を賛美し、神への愛を表し、神との一致を求める対話的な祈りを勧められた。

また、神なる御父は小さき者にご自身の御国の神秘を示されたと述べた教皇は、小さき者たちはどこにいるのか、それは謙遜で開かれた心を持ち、貧しく、助けを必要とする人々であると話された。

そして、ピオ神父が創立した病院「苦しみを和らげる家」においても、病者たちの中にイエスとの出会いを見出すことができるだろうと語られた。

さらに、教皇は、「真の叡智は偉大な才能にあるのではなく、真の力は権力にあるのではない」、「叡智に満ちた、無敵の力は、信仰に培われた愛(カリタス)の中にあり、それは悪を無力化する力を持っている」と強調。

聖ピオ神父は生涯をかけて悪と闘ったが、その闘いを主イエスのように、謙遜と従順、十字架を通して賢明に闘い、愛のために自らの苦しみを捧げたと説かれた。

ピエトレルチーナとサン・ジョヴァンニ・ロトンドの訪問を終えた教皇は、同日夕方、バチカンに戻られた。

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教皇、聖ピオ神父生誕の地、ピエトレルチーナへ

2018年3月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、聖ピオ神父生誕の地、ピエトレルチーナへ

教皇フランシスコは、3月17日、聖ピオ神父ゆかりの地、南イタリアのピエトレルチーナとサン・ジョヴァンニ・ロトンドを司牧訪問された。

この訪問は、聖ピオ神父(ピオ・ダ・ピエトレルチーナ、カプチン会士、本名:フランチェスコ・フォルジョーネ、1887-1968)の聖痕出現100年と、帰天50年を記念して行われた。

教皇は同日早朝、最初の訪問先として、ピオ神父の生誕の地、カンパーニア州ベネヴェント県のピエトレルチーナに向かわれた。

ピエトレルチーナは岩がちな丘の上に造られた、人口およそ3千人の小さな町。

同地に到着された教皇は、ベネヴェント教区司教をはじめとする教会関係者、地元行政代表や、多くの市民、巡礼者らに迎えられた。

まず、教皇は、聖ピオ神父が最初に聖痕を受けた場所である、ピアーナ・ロマーナ地区の聖フランシスコ礼拝堂に赴かれた。

かつて農園であったこの付近には簡素な小屋とよく繁ったニレの木があり、それは若き日のピオ神父の祈りと瞑想の場所であった。ピオ神父は健康上の理由で帰省中、ニレの木陰で祈っている時、最初の聖痕を受けた。

1958年、この場所にアッシジの聖フランシスコに捧げる小さな礼拝堂が建てられた。内部には、ピオ神父が聖痕を受けた時のニレの木の幹が保存されている。

教皇は礼拝堂に入られ、十字架の前でしばし祈りの時を持たれた。

続いて、広場に集った市民と巡礼者に挨拶をおくられた教皇は、聖ピオ神父がその豊かな人間的・霊的歩みを始めたこの地を訪れたことに、喜びを表された。

教皇はピオ神父がカプチン会に入会するまで、ここで祈りを学び、貧しい人々の中に主イエスを見出し、教会を愛し、母なる教会の子としての体験を生きたことを回想。

聖なる教会と、罪深い多くの人々のすべてを愛した聖ピオ神父の姿を思い起こされた。

ピオ神父が最初の聖痕を受けた時期、それは同神父にとって厳しい内的な闘いの時であり、悪魔によって罪に押しやられる危険を感じたピオ神父は、この恐ろしい闘いの中で、主に信頼し、すべてを委ね、祈りとミサを通して完全に主と一致しようとした、と教皇はピオ神父が聖痕を受けた出来事を振り返った。

教皇はピエトレルチーナの人々に、聖ピオ神父の英雄的な模範と愛徳に倣い、神の愛の道具となるように、また同神父の教会への無条件の忠実を思いつつ、自分たちも互いの交わりと平和のために努力していくように呼びかけられた。

ピエトレルチーナ訪問の後、教皇はサン・ジョヴァンニ・ロトンドに移動された。

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教皇フランシスコ、選出から5周年

2018年3月13日バチカン放送日本語課の記事より

教皇フランシスコ、選出から5周年

教皇フランシスコは、2018年3月13日、選出から5周年を迎えられた。

アルゼンチン・ブエノスアイレスの大司教、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が、ベネディクト16世引退後のコンクラーベによって、第266代目のローマ教皇に選出されたのは、今から5年前の2013年3月13日。

教皇フランシスコはこの5年間の活動の中で、2つの回勅(ベネディクト16世が書き始めたものを教皇フランシスコが完成させた「信仰の光」、環境問題をテーマにした「ラウダート・シ」)、2つの使徒的勧告(外に出て行く教会の姿勢を示した「福音の喜び」、家庭の愛をテーマにした「愛の喜び」)、教皇庁の改革などを中心とする23の自発勅令を発表。

家庭をテーマとした2回の世界代表司教会議(シノドス)を開催したほか、「いつくしみ」をテーマにした特別聖年を実施。

22回の海外司牧訪問を通し33カ国を訪問、また17回のイタリア国内訪問を行った。

また、教皇は一般謁見において、すでに8つのテーマ(信仰宣言、秘跡、聖霊の賜物、教会、家庭いつくしみ、キリスト教的希望、ミサ聖祭)のカテケーシスを展開している。

選出5周年を迎え、教皇フランシスコは、開かれた教会、受容性のある教会を目指し、精力的な活動を続けている。

今秋には、若者と召命をテーマにしたシノドスが開かれるが、そのために教皇は青少年自身が参加するシノドス準備会議を召集。今月3月19日から24日までローマで若者たちによるミーティングが開かれる。

同教皇選出5周年を記念し、バチカン出版局から、「教皇フランシスコの神学」シリーズ全11巻が発行された。

また、ヴィム・ヴェンダーズ監督によるドキュメンタリー・フィルム、「Pope Francis – A Man of His Word」が、今年5月頃に公開を予定されている。

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教皇、聖ペトロ大聖堂でゆるしの秘跡

2018年3月12日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、聖ペトロ大聖堂でゆるしの秘跡

教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ大聖堂でゆるしの秘跡をとり行われた。

復活祭のための準備期間、四旬節には、信者たちが主の復活をよりふさわしい状態で迎えることができるよう、ゆるしの秘跡に与ることが勧められる。

3月9日(金)、教皇庁新福音化推進評議会(議長:サルバトーレ・フィジケッラ大司教)主催の行事「主に捧げる24時間」の一部として、教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ大聖堂で共同回心式をとり行った。

この共同回心式には、多くの聴罪司祭たちと、信者や修道者たちが参加。皆で行う祈りとことばの祭儀に続き、個々の人々の赦しの秘跡が行われた。

教皇は最初にご自身が大聖堂内の告解室でゆるしの秘跡を受けられた。

この後、教皇は告解室に入られ、信者たちの告解を聴かれた。

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教皇とバチカン関係者の四旬節黙想会続く

2018年2月21日バチカン放送日本語課の記事より

教皇とバチカン関係者の四旬節黙想会続く

ローマ郊外アリッチャで、教皇フランシスコとバチカンの高位聖職者らの四旬節黙想会が続いている。

アリッチャにある聖パウロ修道会の黙想の家、「カーサ・ディヴィン・マエストロ」で、2月18日(日)午後から始まった黙想会は、ポルトガル出身のジョゼ・トレンティーノ・デメンドンサ神父の指導の下、23日(金)まで行なわれる。

黙想会中の日々は、朝のミサに始まり、午前と午後に一回ずつデメンドンサ神父による講話、夕方には晩課、黙想、聖体礼拝が行なわれる。

21日(水)、教皇は黙想会に参加中のため、バチカンでの一般謁見は開催されなかった。

同日午前、デメンドンサ神父は、「世界中の涙をご自分のもとに集めるイエス」をテーマに黙想のための講話を持った。

デメンドンサ神父は、ルカ福音書中に登場する、年齢も立場も異なる様々な女性たちの存在に注目。

言葉ではなく、涙や態度で人生の苦しみや喜び、慰めと救いへの希望を表現する福音書の女性たちから、イエスへの信仰と奉仕を学ぶよう招いた。

涙は死への欲求ではなく、むしろ生きることへの渇きであり、涙はそのメッセージを受け取ってくれる相手を常に必要としていると同神父は指摘。

また、涙はわたしたちの人生の喜びや悲しみの歴史、履歴書であるとも話した。

神はわたしたちが人生の中で流した涙、また流せなかった涙をすべてご存知であり、これら全部の涙を集め、祈りとして受け入れられる、イエスの前で涙を流した女性たちのように、わたしたちも神を信頼し、その前で涙を隠してはならないと説いた。

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教皇とバチカン高位聖職者の四旬節黙想会始まる

2018年2月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇とバチカン高位聖職者の四旬節黙想会始まる

教皇フランシスコとバチカンの高位聖職者らによる、四旬節の黙想会がローマ郊外アリッチャで始まった。

教皇が、教皇庁におけるご自分の協力者らと、四旬節に数日間の黙想を行なわれるのは、毎年恒例となっている。

2月18日(日)、教皇はバチカンで行われた正午の祈りの後、午後から参加者らとバスでアリッチャの黙想の家「カーサ・ディヴィン・マエストロ」に向かわれた。

今年の四旬節黙想会の指導を務めるのは、神学者で詩人でもある、ポルトガルのリスボン・カトリック大学の副学長、ジョゼ・トレンティーノ・デメンドンサ神父。

黙想は、2月23日(金)まで続く。この期間中、教皇は水曜日の一般謁見などをはじめとする公務は行なわない。

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教皇、ペルーへ、首都リマに到着

2018年1月19日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、ペルーへ、首都リマに到着

教皇フランシスコは、ペルーでの司牧訪問を開始された。

1月15日から22日にかけて行われている、教皇の南米2カ国司牧訪問は、後半に入った。

18日、チリ訪問を終えられた教皇は、同日夕方、第2の訪問国ペルーに移動された。

到着したペルーの首都リマの空港で、教皇はクチンスキ大統領はじめ、政府要人・教会関係者らに迎えられた。

歓迎式では、「ペルーのための交響楽団」による演奏と市民のコーラスが披露された。このオーケストラには、貧しい人たちが多く住む、リマ郊外マンチャイ地区の子どもたちも参加した。

空港から市内に向かわれた教皇は、道沿いに長く続く市民の列から、温かい歓声を受けられた。

ローマ教皇がペルーを訪れるのは、ヨハネ・パウロ2世の1985年・1988年の訪問に続き、30年ぶりとあって、同国は歓迎のムードに沸いている。

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教皇、チリとペルーの南米2カ国訪問へ出発

2018年1月15日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、チリとペルーの南米2カ国訪問へ出発

教皇フランシスコは、チリとペルーの南米2カ国の司牧訪問へ出発された。

イタリア時間1月15日早朝、教皇は最初の訪問国チリの首都サンチアゴに向けて、ローマのフィウミチーノ空港より特別機で発たれた。

教皇フランシスコは、登位後22回目となるこの海外司牧訪問(イタリアを除く)で、15日(月)から18日(木)までチリ(サンティアゴ、テムコ、イキケ)を、同18日から21日(日)までペルー(リマ、プエルト・マルドナド、トルヒーリョ)を訪問し、22日(月)に帰国される。

ローマ教皇がチリを訪れるのは、ヨハネ・パウロ2世の1987年の訪問に次いで、今回が2度目。

また、ペルー訪問は、ヨハネ・パウロ2世の1985年、1988年に続いて3度目となる。

教皇フランシスコのこのたびの訪問を特徴づけるものとして、チリのテムコでのアラウカニア地方の住民との出会いや、ペルーのプエルト・マルドナドでのアマゾン地域の住民との集いが予定されている。

バチカンでは2019年10月、「アマゾン周辺地域のための特別シノドス」(世界代表司教会議)が開催されることから、教皇の今回の訪問はそのための準備としての性格も帯びている。

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教皇、15日より、南米チリとペルーを訪問

2018年1月12日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、15日より、南米チリとペルーを訪問

教皇フランシスコは、1月15日から22日にかけて、チリおよびペルーの南米2カ国を司牧訪問される。

この訪問は、両国の大統領、および司教団の招きに応えて行なわれるもので、現教皇にとって22回目の海外司牧訪問(イタリアを除く)となる。訪問国数としては、チリとペルーを加え、計33カ国となる。

両国における教皇の訪問日程はそれぞれ以下のとおり。

チリ司牧訪問(1月15日~18日)

1月15日(月)イタリア時間・早朝、教皇は最初の訪問国チリに向けてローマを出発。現地時間・同日夜、首都サンティアゴ到着。空港での歓迎式。

16日(火)午前、サンチアゴ市内の大統領官邸・モネダ宮殿で各界要人と駐チリ外交団との出会い。バチェレ大統領への表敬訪問。次いで、オイギンズ公園でミサを司式。午後、刑務所訪問。大聖堂で司祭・修道者・神学生との出会い。司教団との集い。この後、聖アルベルト・ウルタド神父の巡礼聖堂でイエズス会関係者と交流。

17日(水)午前、チリ中南部の都市テムコへ。現地の空港でミサ。アラウカニアの住民代表とカーサ・マードレ・デ・ラ・サンタ・クルスで昼食。夕方、再びサンティアゴへ。マイプの巡礼聖堂で若者たちとの集い。チリ・カトリック大学を訪問。

18日(木)午前、教皇はチリ北部の都市イキケへ。市内でミサ。午後、オブレート会の施設で昼食。夕方、イキケ国際空港で送別式。チリを後にし、次の訪問国ペルーへと向かわれる。

ペルー司牧訪問(1月18日~22日)

18日(木)現地時間夕方、教皇はペルーの首都リマに到着。空港で歓迎式。

19日(金)午前、ペルー東南部の都市プエルト・マルドナドへ。スポーツ施設でアマゾン地域の人々との出会い。職業技術専門校で市民との集い。児童養護施設を訪問。司牧センターでアマゾン地域の住民代表らと昼食。午後、リマに戻り、大統領官邸で、各界要人と駐ペルー外交団との出会い。クチンスキ大統領への表敬訪問。夜、市内の聖ペドロ教会にイエズス会の共同体を私的に訪問。

20日(土)午前、ペルー北西の都市トルヒーリョへ。ワンチャコ地区でミサ。昨年の水害被災地区を訪問。カテドラルで祈り。神学校で司祭・修道者・神学生らとの出会い。市内のアルマス広場で聖母への祈り。夜、再びリマへ。

21日(日)、午前、リマの奇跡の主巡礼聖堂で、ペルーの観想修道女たちと時課を唱える。カテドラルでペルーの聖人たちの聖遺物を前に祈る。大司教館で司教団との出会い。正午、アルマス広場でお告げの祈り。夕方、ラス・パルマス空軍基地でミサ。こうしてすべての公式行事を終えられた教皇は、送別式を経て、ローマに向け出発。

22日(月)イタリア時間午後、ローマ着。バチカンに戻られる。

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