カテゴリー別アーカイブ: フランシスコ教皇メッセージ

教皇、韓国と北朝鮮の首脳会談に向けてアピール

2018年4月25日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、韓国と北朝鮮の首脳会談に向けてアピール

教皇フランシスコは、韓国と北朝鮮による南北首脳会談を前に、この会談を機に和解と平和が推進されるようアピールされた。

4月25日、教皇はバチカンで行われた一般謁見の席で、4月27日(金)に板門店で開催される韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による南北首脳会談に言及。

この会談が、朝鮮半島と全世界に平和を保証するための、透明性ある対話と、和解と兄弟愛を再び構築するための具体的プロセス開始のまたとない機会となるようにと期待された。

教皇は、平和を熱望する朝鮮半島の人々に、ご自身の祈りと、カトリック教会全体の精神的一致を約束された。そして、人民間の出会いと友好を目指し、より良い未来を築くあらゆる有益で誠実な取り組みを支え励ます、教皇庁の姿勢を示された。

教皇は、直接的政治責任を負う人々に向けて、平和を作り出す人として、希望の勇気を持ち、すべての人の善を目指す歩みを信頼をもって進むよう励まされた。

「神はすべての人の父、平和の父である」と述べた教皇は、朝鮮半島の人々のために、「主の祈り」を信者と共に唱えられた。

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教皇「良い羊飼い、イエスとの生きた関係を築こう」

2018年4月23日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「良い羊飼い、イエスとの生きた関係を築こう」

教皇フランシスコは、バチカンで4月22日、日曜正午の祈りの集いを持たれた。

「良い牧者の主日」といわれ、「世界召命祈願日」を記念する復活節第4主日、教皇はこの日の聖書朗読箇所を取り上げながら、「復活の主の弟子たち」としてのキリスト者のアイデンティティーを考察された。

使徒言行録(4,8-12)で、ペトロは足の不自由な人に癒しを行なったが、その人が癒されたのはイエス・キリストの名によるものであり、「わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていない」と宣言する。

癒されたこの人は、わたしたち一人ひとりの中に、またわたしたちの共同体の中にいると教皇は述べ、復活された主の手に信頼をもって自分を委ねるならば、誰もが、野心・怠惰・高慢などの、様々な形の霊的な弱さから癒されることができると語られた。

では、その癒してくださるキリストとは誰なのか。教皇はその答えを「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10,11)というイエスの言葉の中に示された。

イエスは羊のために命を捨てる羊飼いであり、「あなたの命はわたしにとってこれほどにも大切であるために、あなたを救うためにわたしのすべてを与えよう」とわたしたち一人ひとりに言い、ご自分の命を与えてくださる方であると教皇は説かれた。

次に、キリストに癒されるための条件とは何なのか。これについて教皇は「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである」(ヨハネ10,14-15)というイエスの言葉を引用。

御父とイエスとの親密な愛に満ちた絆を反映する、イエスとわたしたちとの個人的な生きた関係を築く必要を指摘された。

わたしたちは、イエスに自分の心を深く知ってもらうと同時に、自分たちもイエスと出会い、イエスを知るように招かれていると述べた教皇は、その出会いによってわたしたちは自分のことだけしか考えない態度を捨て、キリストに従い、広い世界に開いた新しい道を歩むようになると話された。

「世界召命祈願日」を記念したこの日、教皇は午前中バチカンで司祭の叙階式を行われた。この正午の祈りの集いで、教皇は叙階された新司祭の代表4人と共に、バチカン宮殿の窓から、信者らに祝福をおくられた。

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「常にいつくしみ深くあれ」教皇、司祭叙階式で

2018年4月22日バチカン放送日本語課の記事より

「常にいつくしみ深くあれ」教皇、司祭叙階式で

教皇フランシスコは、バチカンで司祭の叙階式をとり行われた。

復活節第4主日、カトリック教会の「世界召命祈願日」を記念した4月22日、教皇は聖ペトロ大聖堂でミサを捧げられ、この中でローマ教区の11人をはじめとする計16人の助祭を司祭に叙階された。

儀式に先立つ説教で教皇は、新しい司祭たちが、師・司祭・牧者であるキリストに協力し、キリストのからだ、神の民、聖霊の神殿である教会を、共に築いていくことを願われた。

そして、その教えと、自身の生き方の証しを通して、信者たちの支え、喜びとなって欲しいと話された。

教皇は新司祭たちに、常にいつくしみ深くあるようにと強調。自分の罪を思い、イエスに赦された自身の惨めさを思い出すことで、いつくしみ深い者となりなさい、と説かれた。

皆さんが司祭として選ばれたのは、神に仕え、キリストの司祭職を喜びと愛をもって行なうためと述べた教皇は、司祭であるのは、自分の利益のためでなく、ただ神と神の民のためであることを忘れないように促された。

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「立ち上がり、外に出よう」教皇、モルフェッタでミサ、ベッロ司教を追憶

2018年4月20日バチカン放送日本語課の記事より

「立ち上がり、外に出よう」教皇、モルフェッタでミサ、ベッロ司教を追憶

教皇フランシスコは、4月20日、南イタリア・モルフェッタでミサを捧げ、帰天から25年を迎えたトニーノ・ベッロ司教を思い起こされた。

神のしもべ・トニーノ・ベッロ司教(1935-1993)は、プーリア州アレッサーノに生まれ、司祭叙階後、ウジェント=サンタ・マリア・ディ・レウカ教区で司牧。後、モルフェッタ=ルーヴォ=ジョヴィナッツォ=テルリッツィ教区の司教となった。福音のために自らを捧げ切ったベッロ司教は、58歳で同州モルフェッタで没した。

ベッロ司教が帰天した1993年4月20日からちょうど25年目のこの日、教皇はプーリア州を訪問。最初に同司教の生誕の地、レッチェ県・アレッサーノに赴き、同司教の墓前で祈られた。

続いて、教皇は、ベッロ師の司教としての司牧の拠点となったバーリ県・モルフェッタへと向かわれた。

モルフェッタを中心とするこの地域では、「ドン・トニーノ(トニーノ神父)」として親しまれたベッロ司教の証しや思い出が、今も人々の間に息づいている。

市内の沿岸部で行われたベッロ司教帰天25年を記念する教皇ミサには、およそ4万人が参加した。

教皇はミサの中で「パン」と「みことば」をテーマに説教を行われた。

教皇は、パンは生きるために本質的な食べ物であるが、イエスはわたしたちのためにご自身を「いのちのパン」として与えられたと強調。

いのちのパンであるイエスなしでは、教会のすべての努力は虚しいと述べた教皇は、「慈善事業を行なうだけでは足りない。業には愛がなくてはならない。聖体という源泉、出発点を持たない司牧活動は気まぐれなものにすぎない」というベッロ司教の言葉を引用。

「聖体に養われた者はイエスと似た者となる」、「わたしたちのために『裂かれたパン』であるイエスを受けた者は、自分も『裂かれたパン』となり、イエスのように他の人々に自分を与える者となる」と話された。

皆の「司教=しもべ」「人民の司牧者」となり、聖櫃の前で、他の人々に自分を与え食べさせることを学んだトニーノ神父は、イエスに飢え、あらゆる世俗の虚栄を拒む教会、「貧しさ、苦しみ、孤独という、不都合な聖櫃の中に、イエスの体を見分けることができる」教会を夢見ていた、と教皇は語った。

そして、「聖体はずっと座っていることを赦さない」、食卓から立ち上がらないならば「その秘跡は未完成である」と言うトニーノ神父の言葉を紹介された。

「いのちのパン」は「平和のパン」でもあると教皇は述べ、この一致と平和のパンを分かち合いながら、わたしたちもトニーノ神父のように、いつでも、いかなる場所でも、平和の構築者となるように呼ばれていると話された。

次に、「パン」と同様に重要な「みことば」について教皇は、「福音でどうやってこの世の問題を解決できるのか」と考えがちな現代のわたしたちのように、当時イエスの言葉を聞いた人たちも、その言葉によって人生の変革を受け入れるより、座ったままでそれについてあれこれ議論しているだけだったと指摘。

トニーノ神父はこうした態度に対して、何度も「立ち上がりなさい」、「復活の主の前では、立ち上がらなくてならない」と言っていたと述べながら、復活の主と出会った者は、ぐずぐず留まっていないで、すべての問題や不確かさにも関わらず外に出て、復活の希望を伝える者、「希望のメッセンジャー」とならなくてはならないと話された。

ミサでいただく「パン」と「みことば」に常に養われながら、トニーノ神父のように、わたしたちもまた、喜びと平和の源泉となれるようにと、教皇は祈られた。

トニーノ・ベッロ司教の足跡をたどる訪問を終えられた教皇は、同日夕方、バチカンに戻られた。

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教皇、南伊アレッサーノとモルフェッタへ、トニーノ・ベッロ司教帰天25周年

2018年4月20日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、南伊アレッサーノとモルフェッタへ、トニーノ・ベッロ司教帰天25周年

教皇フランシスコは、4月20日、トニーノ・ベッロ司教の帰天から25年を記念し、南イタリアのアレッサーノとモルフェッタを司牧訪問された。

神のしもべ・トニーノ(アントニオ)・ベッロ司教は、1935年12月8日にプーリア州レッチェ県のアレッサーノに生まれた。1957年、司祭叙階。ウジェントの神学校で1958年から副学長、1976年から学長、小教区主任司祭、カトリック・アクションやカリタスの指導に携わった。

1982年8月、モルフェッタ=ジョヴィナッツォ=テルリッツィ教区の司教に、同年9月にはルーヴォ教区の司教にも任命された。1986年、ベッロ司教が教区長を兼任していたこれらの教区は併合され、モルフェッタ=ルーヴォ=ジョヴィナッツォ=テルリッツィ教区が誕生した。

「ドン・トニーノ(トニーノ神父)」として、親しみと愛情をもって若者たちをはじめ、すべての人々の近くに留まったベッロ司教は、常に司教館の扉を開き、いつ、誰でも迎え入れ、対話する姿勢で知られた。

「前掛けをした教会」をモットーに、謙遜で、奉仕のために行動する教会を目指した。特に貧しい人々や疎外された人々に関心を注ぎ、教区内のすべての小教区に支援組織「カリタス」を発足させ、薬物依存者のための共同体を創立した。

1985年、イタリア司教協議会より、平和のためのカトリック運動「パックス・クリスティ・イタリア」の議長に任命され、湾岸戦争やボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に強い反対を呼びかけた。

闘病のかたわら、教区の司牧に情熱的に奉仕し、福音精神のもとに、貧しい人々や平和のために尽力したトニーノ・ベッロ司教は、1993年4月20日、モルフェッタで、58歳で帰天した。

2007年より、ベッロ司教の列福調査が始まっている。

トニーノ・ベッロ司教の帰天から25年を迎えた、4月20日、教皇は同司教を偲び、その足跡をたどるこの訪問で、まず、ベッロ司教の故郷であり、墓があるアレッサーノに向かった。

教皇は、ウジェント=サンタ・マリア・ディ・レウカ教区の司教に伴われ、ベッロ司教の眠る墓地へと赴かれた。

ベッロ司教の墓前に献花された教皇は、沈黙のうちに長い祈りを捧げられた。

続いて、教皇は墓地の前の広場に集ったおよそ2万人の信者らとお会いになった。

挨拶の中で教皇は、「この地に蒔かれた種」として生きた「ドン・トニーノ」を思い起こされた。

「トニーノ神父にとって、貧しい人々を理解することは、真の豊かさでした。それは間違ってはいませんでした。なぜなら貧しい人々は本当に教会の宝であるからです」と教皇は述べ、「困窮した人たちに心をとめる教会は、常に神のチャンネルに合わせられ、福音の周波とずれることがありません」と話された。

トニーノ神父は、貧しい人々への寄り添いを単なる理論とせず、イエスのように実際に寄り添うことの大切さを教えてくれたと語りながら、教皇は、イエスに倣い、一致するために、自らを投げ打つまでに達した同神父の福音的情熱を回想。

同神父が苦しんだのは、人々の願い事ではなく、人々の無関心、彼が恐れていたのはお金の不足ではなく、人々の仕事と尊厳をめぐる不安であったと話された。

同神父は地域の活動を通して、平和の種を世界に蒔くことを望み、暴力と戦争を食い止めるためには、貧しい人々を世話し、正義を行なうことであると考えていた。実際、戦争は貧しさを生み、貧しさは戦争を生む、平和は家や道端で交わりを生み出しながら、少しずつ手で作り上げていくもの、と教皇は説かれた。

そして、「フィニス・テッレ(地の果てる場所)」と呼ばれるこのイタリア南端の素晴らしい土地を、ドン・トニーノは「テッラ・フィネストラ(窓の開く場所)」と呼び、この土地が南イタリアから南半球へと開く、平和を伝える「希望の窓」となることを望んだ、と語られた。

「神は皆さんの故郷に、贈り物として、一人の現代の預言者を立てられました。そして、神はこの贈り物が受け入れられ、その預言が実現することを願っておられます」と述べた教皇は、トニーノ神父のキリスト者としての若く熱い情熱に触れ、妥協なく福音を生きるようにとのその強い招きのもとに、彼に倣っていくよう、信者らを励まされた。

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ベネディクト会連合創立125周年に教皇との集い

2018年4月19日バチカン放送日本語課の記事より

ベネディクト会連合創立125周年に教皇との集い

教皇フランシスコは、ベネディクト会連合の修道者らとお会いになった。

ベネディクト会連合は、1893年、教皇レオ13世によって創立されてから、今年で125周年を迎える。同教皇は、世界各地のベネディクト会が一致して関心や問題を共有できるよう、連合の設立を望み、ローマのアヴェンティーノの丘の聖アンセルモ修道院に総修道院長と共にその本部を置き、研究や祈りの「共通の家」とした。

教皇は、ベネディクト会連合創立125周年を機会としたこの集いで、ベネディクト会士らがおよそ1500年間にわたり、世界の様々な地で、教会生活にもたらした目覚しい貢献に言及。

そして、レオ13世が創立した連合によって、世界中のベネディクト会員らの、ローマにおける教皇との、また会員間での、深い交わりの精神の体験が可能となったことを神に感謝された。

教皇は、ベネディクト会の修道者たちが、祈り、労働、霊的読書のモットーのうちに、常に新しく生き生きとした霊的生活を生み出していくことを願われた。

聖ベネディクトを「輝く星」と大聖グレゴリオが呼んだように、聖ベネディクトの生きた時代は道徳や社会制度が深刻な危機に見舞われた時であったが、彼は霊的生活の中心に神を据え、その生活の中で何が本質で、何が本質ではないかを見分けることを知っていたと教皇は述べ、今日を生きるベネディクト会士らも、何が聖霊から来るものかを識別する力を持つことが大切と話された。

現代において、人々は多忙で神の声に耳を傾ける時間さえ持たないが、ベネディクト会の修道院が、あらゆる年齢・国籍・文化・宗教を超えた人々のオアシスとなり、そこで皆が沈黙の素晴らしさを発見し、被造物の調和の中で自分自身を見出し、神によって生活に正しい秩序を取り戻すことができるようにと希望された。

ベネディクト会が取り組むエキュメニズムや諸宗教との対話に触れた教皇は、教会と世界のために重要なこれらの活動をこれからも続けていくよう励まされた。

教皇は、ベネディクト会連合創立125周年を、神とその叡智の追求、またその豊かさを未来に伝える方法について考察する機会とするように、関係者らに望まれた。

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「神はわたしたちを名前で呼び、愛される」教皇、一般謁見で

2018年4月18日バチカン放送日本語課の記事より

「神はわたしたちを名前で呼び、愛される」教皇、一般謁見で

教皇フランシスコは、バチカンで4月18日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中、教皇は「洗礼の秘跡」をテーマとしたカテケーシス(教会の教えの解説)を続けられた。

「洗礼」の持つ意味は、「洗礼式」の中ではっきりと表される教皇は強調。

洗礼の儀式における動作や言葉の中に、わたしたちはこの秘跡の恵みと洗礼を受けた者の義務を見出すことができると話された。

そして、キリスト教生活の源泉に立ち返ることは、わたしたちが洗礼の日に受けた恵みを理解させ、今日、自分が置かれた場所でキリスト者の務めを新たにすることを促すだろうと述べられた。

儀式の始まりに、洗礼志願者を迎え入れ、名前が尋ねられるが、教皇はこれについて、名前はその人のアイデンティティーを表すからであり、神はわたしたち一人ひとりを名前で呼ばれ、一人ひとりをその人特有の人生において愛されるからであると話された。

教皇は、洗礼はそれぞれにキリスト者として生きるための、一生続く召命を与え、それは受洗者に借り物ではない、自分の答えをもってそれに答えるようにと招くと語られた。

実際、キリスト者の人生は、いくつもの呼びかけと答えで織り成され、神はわたしたちが御子イエスと一致するようにとあらゆる方法で招きながら、わたしたちの名をその人生の過程で呼び続けると教皇は話された。

キリスト者になる恵みは、天から与えられる恵みであり、信仰は買うことはできないが、それを求め、恵みとして受け取ることはできると教皇は述べ、洗礼とは聖霊の恵みに照らされ、キリストの福音に答えた人々の信仰の秘跡であると説かれた。

成人の洗礼志願者が教会を通してその恵みを受けたいとの意志を自ら表明するのに対し、幼児洗礼の場合は、両親と代父母が代わりとなってそれを行い、問答において、子どもに洗礼を受けさせたい意志と、教会側の洗礼式を行う意志が表される。

十字架のしるしについて教皇は、それはわたしたちのキリストへの所属と、キリストが十字架を通して獲得した贖いの恵みを表す、キリストの封印であると説明。

十字架は、わたしたちが何者であるのかを示す目印であり、わたしたちの話すこと、見ること、行なうことは、すべて十字架のしるしのもと、イエスの究極の愛のしるしのもとにあると語られた。

教皇は、この十字架のしるしは、幼児の場合は額に、成人の洗礼志願者の場合は、「十字架のしるしを耳に受けなさい、主の声を聞くために」等の言葉と共に、耳や、神の御顔の輝きを見るための目、神の言葉に答えるための口、キリストが心に住まわれるための胸、キリストの「負いやすいくびき」を支える肩にもしるされることを紹介された。

キリスト者は、十字架がわたしたちにしるす「復活」の刻印にしたがって、自らを形成し、それはその人の生き方にも外的に表される。

わたしたちは、起床・就寝時、食事前に、また危険を前にした時や、悪から身を守りたい時に、十字架のしるしをするが、それは自分自身と、他の人に、自分が誰に属する者であるか、誰になりたいかを言っているのである、と教皇は話された。

また、教皇は、教会に入る時、出る時に、聖水盤に指を浸して、その聖水と共に十字架のしるしをするのは、わたしたちの洗礼を思い起こすためであると教えられた。

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教皇「命を守るのはわたしたちの義務」英国の難病男児のために再びアピール

2018年4月18日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「命を守るのはわたしたちの義務」英国の難病男児のために再びアピール

教皇フランシスコは、4月18日の一般謁見で、命の尊重を再びアピールされた。

一般謁見の巡礼者への言葉で、教皇は、英国・リバプールの病院に難病のために入院中の男児、アルフィー・エバンズちゃんと、フランスで入院中のヴァンサン・ランベールさんへの関心を改めて呼びかけられた。

この席で教皇は、「生命の最初から自然の死に至るまで、命の主は神だけです。命を守るためにできる限りのことをするのは、わたしたちの義務です。わたしたちのこの2人の兄弟をはじめ、すべての人の命が尊重されるよう、沈黙のうちに考え、そして祈りましょう」と述べられた。

この朝、教皇は、アルフィーちゃんの父親、トーマス・エバンズさんと、バチカンのサンタ・マルタ館でお会いになった。

同席したイタリア・カルピの司教、フランチェスコ・カヴィーナ師によれば、教皇とエバンズさんの会見はおよそ20分にわたり、教皇はエバンズさんの言葉に真剣に耳を傾け、子どもの命を守ろうとする若い父親の勇気に感銘を表されたという。

アルフィーちゃんをめぐり、病院の医師団は回復は不可能と判断し、生命維持装置を外すことを勧告している。

これに対して、アルフィーちゃんの両親は、他の医療施設で新たな診断や治療の可能性を探ると共に、アルフィーちゃんの命の権利を訴えている。

これまでの司法判断は、病院側の主張を認め、医師らに治療の中止を許可。

別施設へのアルフィーちゃんの移送も、病院側は許可していない。

アルフィーちゃんの件に関して、教皇は、4月4日、ツィッターを通し、「小さなアルフィー・エバンズちゃんに、憐れみをもって寄り添い続けることができるように、可能なすべてが尽くされることを、そして彼のご両親の深い苦しみに耳が傾けられることを、わたしは切に希望します」とメッセージを発表。

4月15日の日曜正午の祈りにおいても、教皇は、アルフィーちゃんやフランスのヴァンサン・ランベールさんのように、重篤な病状のために、生命維持治療を受けている患者たちのために祈りを呼びかけられた。

教皇は、すべての病者が尊厳を尊重され、家族と医師、その他医療関係者の一致した支援をもって、命への大きな尊重のうちに、病状にふさわしい治療を受けられるようにと述べている。

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教皇、イタリアの教区カリタス全国会議にメッセージ

2018年4月17日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、イタリアの教区カリタス全国会議にメッセージ

教皇フランシスコは、イタリアの教区カリタスの全国会議にメッセージをおくられた。

イタリアの「教区カリタス」は、国内の各教区に属する司牧的組織で、地域はもとより、国際的な広い視点を持って、支援事業を行い、地方教会に福音的な愛(カリタス)を育むことを目的としている。

教区カリタスは、イタリア司教協議会が運営する「イタリア・カリタス」とも密接な協力関係にある。

このたび、北イタリアのアーバノ・テルメで、「第40回教区カリタス全国会議」が開催された。

同会議には、イタリアのおよそ220教区からカリタスの責任者・運営委員ら約600人が参加した。

教皇は、バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿を通し、関係者に挨拶をおくられた。

この中で教皇は、かつて教区カリタスの発展に尽くした聖職者たちを思い起こされ、イタリアの教会を豊かにしたこれらの先人の遺産が、今日も真の愛といつくしみの実を結び続けていると感謝された。

教皇は、教区カリタスが、現代社会の辺境へと向かいながら、正真の愛の使徒となるために、社会の最も弱く貧しい人たちへの奉仕をより推進することを願われた。

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ローマ小教区訪問:教皇、十字架の聖パウロ教会でミサ

2018年4月15日バチカン放送日本語課の記事より

ローマ小教区訪問:教皇、十字架の聖パウロ教会でミサ

教皇フランシスコは、ローマ市内の十字架の聖パウロ教会を訪問された。

十字架の聖パウロ教会は、ローマ市の西郊外、コルヴィアーレ地区にある。小教区として1977年に設立され、教会は1983年に献堂された。

同教会の前には、1970年代後半から80年代前半に建設された大規模な公団マンション「ヌオーヴォ・コルヴィアーレ」がそびえている。約1kmに渡って伸びる特徴的な長い建造物は、その姿から「セルペントーネ(長い蛇)」とも呼ばれ、9階建て、全1200戸に、6千人以上が生活している。

現在、この大型集合住宅は老朽化が進むと共に、生活の不便、治安上の不安、若者の流出、住民の高齢化などの問題を抱えている。

4月15日午後、同地区を訪れた教皇は、十字架の聖パウロ教会到着前に、車でこの長い建造物を一巡された。窓辺には教皇を歓迎する横断幕が見られるなど、教皇の訪問は住民たちを喜びで包んだ。

教会の外で行われたカテキズムを勉強中の子どもたちとの出会いで、「福音書のどの一節が好きですか」と質問された教皇は、「マタイ福音書のイエスが収税人マタイを弟子にする場面です」と答えられた。

また「洗礼を受けていない人も神の子ですか」という質問に、神は皆を創造し、皆を愛され、それぞれの心に善悪を見分ける心を与えられたが、洗礼を受ける時、その心に聖霊が入られ、より強く神と結ばれた者にすると説明された。

教皇は質問の途中で泣き出した一人の少年をそばに招き、耳もとでその話しを聴かれた。父親を昨年亡くしたばかりで、信者ではなかった父が今天国にいるかを心配している少年に、お父さんは信仰の恵みはなくても、子ども全員に洗礼を受けさせ、あなたのような勇気を持った子どもを育て、良い心を持った人だった、誰が天国に行くのかをお決めになるのは神様ですと、力づけられた。

続いて、教会の集会室で、教皇はお年寄りや、病者、生活に苦しむ人々とお会いになった。

教皇は地元の教会がこれらの人々と常に共にあり、霊的・物的支援を配慮していることを喜ばれた。

「人間は誰もが苦しみや傷を負っているが、決して希望を失ってはいけません。イエスはご自分の傷口をもって、皆を贖われたからです」と教皇は話された。

教皇はイエスの愛を思いながら前進するようにと人々を励ますと同時に、「わたしたちもまた他人に良いことを行い、互いに祈り合いましょう」と勧められた。

最後に教会でミサを捧げられた教皇は、復活したイエスに心を開き、「キリストは生きておられる。復活なさったのだ」という喜びを知る信仰の恵みを、神に祈り求めるよう呼びかけられた。

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