月別アーカイブ: 2014年5月

教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[13]

教皇、聖地の教会関係者に励まし、最後の晩餐の高間でミサ、聖地巡礼を終了バチカン放送:日本語

教皇フランシスコは、26日、エルサレムの最後の晩餐の高間でミサを捧げ、3日間にわたる聖地訪問を終えられた。

1964年の教皇パウロ6世のアテナゴラス・コスタンティノポリ総主教との歴史的会見から50周年を記念し、教皇フランシスコは24日から聖地を巡礼、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを訪問された。
聖地滞在最終日の午後、教皇はエルサレムのゲツセマニ教会で、司祭・修道者・神学生らとお会いになった。
教皇は聖地で生活・奉仕する教会関係者らにカトリック教会全体の感謝と精神的一致を伝えながら、「怖れや失望に負けてはなりません。イエスはいつも傍におられ、決してわたしたちを見棄てません」と励まされた。
そして、エルサレムのキリスト教徒たちがその困難な生活においても、主の受難を勇気をもって証しすると同時に、主の復活の喜びと希望をも証しする者であるようにと願われた。
教皇は同教会に隣接したオリーブ園で、50年前にパウロ6世が植えたオリーブの隣に、もう一本の苗を植えられた。
帰国前に、教皇は最後の晩餐の高間で現地の司教らとミサを捧げられた。
ミサの説教で教皇は、この高間が持つ様々な意味を挙げられた。
イエスが弟子たちの足を洗ったこの高間は「奉仕」を、またイエスが聖体を制定したこの場所は「犠牲」を思い出させると教皇は説き、互いに愛し合い、奉仕すること、イエスと一致し、わたしたちの命である神に自らの仕事や精神的犠牲を捧げることの大切さを説かれた。
また、教皇は、イエスが「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」(ヨハネ 15,15)と言ったこの高間は主との「友情」を思い出させると共に、「誰がイエスを裏切るのか」と弟子たちが顔を見合わせた場所として人間の「さもしさ」「勘ぐり」「裏切り」をも思い出させると指摘。主との友情を深める一方、兄弟を裁いたり、自分たちの罪によってイエスを裏切ることがないようにと話された。
さらに、教皇は、この高間は「分かち合い」「兄弟愛」「調和」「平和」を喚起すると共に、復活のイエスによって築かれた「新しい家族」すなわち「教会」を思い出させると強調。教皇はこの教会と地上を刷新する聖霊の息吹きの訪れを祈られた。
こうして聖地巡礼を終えた教皇は、現地時間の夜8時過ぎ、テルアビブ空港を発ち、イタリア時間の同日夜11時頃、ローマに戻られた。
教皇は帰国から一夜明けた27日午前、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会を訪問。聖母画「サルス・ポプリ・ロマーニ」の祭壇に花を捧げ、聖地巡礼の無事終了を感謝し、祈りを捧げられた。
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[12]

教皇、イスラエルのペレス大統領と会談「エルサレムが真の平和の都市であるように」バチカン放送:日本語

聖地巡礼の最終日、26日、教皇はエルサレムの大統領官邸にシモン・ペレス大統領を表敬訪問された。

教皇とバチカンの使節は大統領から温かい歓迎を受けた。
大統領と教皇は個人会談に続き、庭園で平和を象徴するオリーブの植樹を行なった。
この後、官邸で要人ら出席の下、大統領と教皇の公式の挨拶交換が行われた。
この中で、「エルサレムが真に自由の都市であるように」と述べた教皇は、全人類の遺産であるそのアイデンティティー、神聖さ、宗教と文化の普遍的価値が輝き渡ることを希望。巡礼者や住民が自由に聖なる場所を訪れ、宗教行事に参加できることを願われた。
そして、平和はすべての人の自由と尊厳を尊重することから生まれると教皇は述べつつ、平和の追求と尊重ある共存を妨げるすべてのもの、暴力やテロリズム、民族・宗教上の差別と断固として排除しなければならないと強調された。
大統領との会見後、教皇はネタニアフ首相ともお会いになった。
同日夕方、教皇はゲツセマニ教会で司祭や修道者との出会いを持たれ、さらに最後の晩餐の高間でミサを捧げられた。
3日間の聖地訪問を終えられた教皇は、現地時間の夜8時過ぎ、テルアビブ空港からローマへの帰途につかれた。
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[11]

教皇、ホロコーストの犠牲者を追悼バチカン放送:日本語

教皇フランシスコは、26日、エルサレムのホロコースト記念館「ヤドバシェム」を訪問された。

ヤドバシェムの「記憶の広間」には、ペレス大統領、ネタニヤフ首相、エルサレムの主席ラビも参列。強制収容所で餓死したルーマニアの若いユダヤ人女性の手紙の朗読に教皇は
じっと聞き入られた。
教皇は、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大虐殺の犠牲者たちを追悼するモニュメントの炎を燃え立たせ、アウシュビッツ強制収容所で亡くなった人々の遺灰を納めた大理石の碑にカトリック信者の2人の少年少女の手を借りて花輪を捧げられた。そして、碑の前で沈黙のうちに祈られた。
そして、ホロコーストの生存者6人とお会いになった教皇は、一人ひとりの手を取り、言葉を交わされた。この中にはカトリックの家族の中で成長した一人のポーランド人男性の姿もあった。
教皇はホロコーストの悲劇を思い起こす中で、神がアダムに言った「おまえはどこにいるのか」(創世記 3,9)という言葉を引用。そして、教皇は次のように話された。
「『アダムよ、どこにいるのか。』
ユダヤ人大虐殺を記憶するこの場所で、この神の問いが再び響きます。
人間よ、おまえは誰なのか。
いったい何になったというのか。
何がおまえをここまでおとしめたのか。
地面から低い叫びが上がります。『主よ、われらを憐れみたまえ』
正義であるわれらの主なる神よ、あなたに対して、わたしたちの顔は恥で覆われています(バルク1,15)。
あなたの憐れみの中で、わたしたちを心に留めてください。
わたしたちが人間として起こしたことに、恥を知る恵みをお与えください。
あなたがその手で泥をこね、命の息を吹き込んでつくったわたしたち自身を、いやしめ、破壊するこの最大の偶像崇拝を恥る恵みをお与えください。
主よ、こうしたことがもう決して起きることがありませんように!」
訪問の終わりに、教皇はアウシュビッツで亡くなったポーランド出身の14歳の少年が描いた絵を関係者から贈られた。
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聖地巡礼

5月27日(火)から6月4日(水)まで聖地イスラエルの巡礼をしてきます。イエスとフランシスコ教皇の足跡をたどってきます。

2014.5.聖地地図

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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[10]

教皇、エルサレムの「嘆きの壁」で祈り《バチカン放送:日本語

エルサレム訪問中の教皇フランシスコは、26日午前、エルサレムの「嘆きの壁」で祈られた。

「岩のドーム」でイスラム教関係者と会見された教皇は、続いて、ヘロデ大王時代のエルサレム神殿の遺構、「西の壁」とも呼ばれる「嘆きの壁」に移動された。
エルサレムのユダヤ教関係者の案内を受けた教皇は、白くそびえる外壁に向かって歩まれ、壁に右手をついて、頭を垂れ、長い沈黙の祈りを捧げられた。
教皇は自らの手で「主の祈り」をスペイン語で書いた紙を手にしておられたが、沈黙の祈りに続いて、この主の祈りを唱え、伝統に従って、祈りを記した紙を壁の隙間に差し込まれた。
この訪問には、教皇の大司教時代からの友人、ブエノスアイレスのユダヤ教指導者とアルゼンチンの諸宗教対話研究所の事務局長を務めるイスラム教指導者の2人が付き添っていた。教皇は祈りの後、壁の前で友人2人と宗教を越えた感動的な抱擁を交わされた。
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[9]

教皇、エルサレムの「岩のドーム」訪問、イスラム関係者との出会い《バチカン放送:日本語

教皇フランシスコは、26日、エルサレムでイスラム教の関係者らと会見された。

3日間にわたる聖地巡礼の最終日、教皇は早朝、岩のドームを訪問された。エルサレムのグランドムフティに迎えられた教皇は、入口で靴を脱ぎ、内部に入られた。
次いで、教皇はイスラム最高評議会の建物内で、イスラム教関係者との集いを持たれた。
この席で教皇は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教において尊敬の対象とされるアブラハムがこの地で生き、旅したことを思い起こされ、神の呼びかけに常に従順であったアブラハムのように、神が計画される未来に向かって常にわたしたち自身を開いていかなければならないと述べられた。
そして、「兄弟姉妹として互いに尊敬し、愛し合い、神の名において誰も暴力を行なうことがないように、平和と正義のために共に働きましょう」とイスラム教関係者に呼びかけられた。
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[8]

教皇、エルサレムへ、コンスタンティノポリ総主教と会見《バチカン放送:日本語

聖地巡礼中の教皇は、25日午後、テルアビブ経由でエルサレムに入られた。

教皇はテルアビブ空港でペレス大統領、ネタニヤフ首相らに迎えられ、歓迎式に臨まれた。
ただちにエルサレムに移動された教皇は、バチカン大使館でバルトロメオ1世・コスタンティノポリ総主教と会見された。
教皇のこのたびの聖地訪問は、1964年に行われた教皇パウロ6世の聖地におけるアテナゴラス・コスタンティノポリ総主教との歴史的会見から50周年を記念することを主な目的としている。
教皇フランシスコは、50年前に教皇パウロ6世が、アテナゴラス総主教と会見した同じ部屋で、バルトロメオ1世総主教とお会いになった。
教皇と総主教の会談はおよそ30分におよんだ。
両者は会談後、ローマ司教とコスタンティノポリ総主教の深い兄弟的絆を確認し、教会の一致に向けた歩みを続ける上で、神学的対話や共通した神の愛の証しなどにおける協力を記した共同声明に署名した。
続いて、聖墳墓教会で教皇フランシスコとバルトロメオ1世参列のもと、カトリック教会と正教会によるエキュメニカルな祈りの集いがとり行われた。
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[7]

教皇、パレスチナ・イスラエル両大統領に平和のために祈りを提案、バチカンに招待《バチカン放送:日本語

25日、パレスチナを訪問した教皇フランシスコは、ベツレヘムの降誕教会前でミサを捧げられた。

ミサの後半、教皇はパレスチナのアッバス大統領とイスラエルのペレス大統領の双方に向け、平和構築をアピールされ、平和を共に祈るために両大統領をバチカンに招かれた。
教皇のアピールは以下のとおり。
「『平和の君』がお生まれになったこの場所で、マフムード・アッバス大統領とシモン・ペレス大統領に呼びかけたいと思います。わたしと一緒に神に平和の恵みを一致して祈るようお招きします。この祈りの出会いのために、バチカンのわたしの住まいを提供します。
皆が平和を望んでいます。多くの人が小さな態度をもって毎日平和を築いています。たくさんの人が平和を築くために苦しみ、辛抱強く様々な努力をしています。
わたしたちすべては、中でも自分たちの民に奉仕する立場にある人々は、平和を築く人、平和の道具となる義務を持っています。何よりもまず祈りにおいてそうあるべきです。
平和を築くことは容易ではありません。しかし、平和の無くして生きることは大きな苦しみです。この聖地と全世界の人々が、わたしたちが神の御前に平和への熱い願いを捧げることを望んでいるのです。」
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教皇聖地巡礼の動向2014.5.24.〜26.[6]

「暴力には平和で打ち勝とう」教皇、パレスチナの難民キャンプの子どもたちに《バチカン放送:日本語

パレスチナを25日訪問した教皇フランシスコは、ベツレヘムのフェニックスセンターで難民キャンプの子どもたちとお会いになった。

同センターは、デイシャ難民キャンプにある社会復帰活動のための施設。教皇聖ヨハネ・パウロ2世は、2000年にこの難民キャンプを訪問。後に同教皇の援助でこのセンターが設立された。
この日、センターには、デイシャをはじめ、アイーダ、ベイトジブリンの難民キャンプから子どもたちが集った。
子どもたちの数人は教皇を迎える際、自分たちの生活は占領状態の中にある、自分は海を見たことがない等のメッセージを書いた厚紙を掲げた。一人の少年は、挨拶の中で自分の家族らの長い苦しみに触れ、もう苦しみはたくさんだと述べた。
教皇は子どもたちの言葉にじっと耳を傾け、次のように話された。
「わたしは皆さんが紙に書いた言葉を読みました。皆さんの言っていること、皆さんがわたしに伝えたいメッセージはわかりました。過去に人生を決定させてはいけません。いつも前を見てください。希望をかなえるために、働き、努力するのです。でも、これは覚えておいてください、暴力に暴力で勝つことはできません。暴力には平和で打ち勝つのです。平和と、努力と、祖国を前進させようという尊厳をもって勝つのです。皆さん、わたしを歓迎してくれてありがとう。神様が皆さんを祝福してくださいますように。皆さんはどうかわたしのために祈ってください。」
この後、教皇は子どもたち一人ひとりに話しかけながら、握手を交わされた。
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