月別アーカイブ: 2015年8月

9月1日「環境保護の日」:2015年8月バチカン制定

教皇フランシスコの回勅「ラウダート・シ」:プロモーションVTR[バチカン製作]

「わたしたちの後に続く人々、また今成長しつつある子供たちのために、わたしたちは一体どのような世界を残していきたいのでしょうか」(160)

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[小郡]「年間第22主日」説教(2015.8.30.)音声のみ

小郡教会「年間第22主日」8時30分ミサ説教(14分)→Ogori 2015 22th Sunday

 《今日の福音》マルコ7・1-8、14-15、21-23 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」 

 ファリサイ派の人たちとエルサレムからやって来た数名の律法学者たちが、イエスのところに集まって来ていた。かれらは、イエス・キリストの弟子の何人かが、「けがれた手」で、すなわち手を洗わないで、パンを食べるのを見とがめた。—ファリサイ派の人たちをはじめユダヤ人はみな、長老たちが伝承するきまりを守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、水に身を沈めてからでなければ、食事をしない。そのほか、コップ、水差し、なべ、長椅子のひたし洗いなど、受けついで守っていることがたくさんある。—ファリサイ派の人たちと律法学者たちはイエスに問いただした。「どうして、おまえの弟子たちは長老たちが伝承するきまりにしたがってあゆまず、『けがれた手』でパンを食べるのか」。イエスはかれらに言った。「偽善者のあなたたちについて、イザヤはみごとに預言した。こう書かれている。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠くはなれている。わたしを信心しているが、むだなことだ。人間が決めたきまりを教えとしているからだ』。(イザヤ29・13)あなたたちは神の掟をすてて、人間の伝承するきまりを守っている」。/そして、ふたたび民衆をそばに呼んで、言った。「みんな、わたしの言うことを聞いて、心に感じて共に立ちなさい。人間の外にあるもので、体に入って人をけがすものはない。むしろ、人間の内から出るものが、人をけがすのだ」。/内から、人の心から出てくるものは、いじわるな算段、売春行為、略奪、殺人、不倫、搾取、威圧的なふるまい、だまし打ち、すきかって、偏見、人を侮ったもの言い、思いあがり、ごり押しである。これら、人を威圧する行為はすべて、打ちから出て、人をけがすのだ」。

ラウダート・シ カト新より 信者へ_ページ_1 ラウダート・シ カト新より 信者へ_ページ_2

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[小郡]「年間第22主日」前晩説教(2015.8.29.)音声のみ

小郡教会「年間第22主日」前晩19時30分ミサ説教(17分)→Ogori 2015 22th Vigil Sunday

ラウダート・シ カト新より 信者へ_ページ_1 ラウダート・シ カト新より 信者へ_ページ_2

 《今日の福音》マルコ7・1-8、14-15、21-23 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」 

 ファリサイ派の人たちとエルサレムからやって来た数名の律法学者たちが、イエスのところに集まって来ていた。かれらは、イエス・キリストの弟子の何人かが、「けがれた手」で、すなわち手を洗わないで、パンを食べるのを見とがめた。—ファリサイ派の人たちをはじめユダヤ人はみな、長老たちが伝承するきまりを守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、水に身を沈めてからでなければ、食事をしない。そのほか、コップ、水差し、なべ、長椅子のひたし洗いなど、受けついで守っていることがたくさんある。—ファリサイ派の人たちと律法学者たちはイエスに問いただした。「どうして、おまえの弟子たちは長老たちが伝承するきまりにしたがってあゆまず、『けがれた手』でパンを食べるのか」。イエスはかれらに言った。「偽善者のあなたたちについて、イザヤはみごとに預言した。こう書かれている。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠くはなれている。わたしを信心しているが、むだなことだ。人間が決めたきまりを教えとしているからだ』。(イザヤ29・13)あなたたちは神の掟をすてて、人間の伝承するきまりを守っている」。/そして、ふたたび民衆をそばに呼んで、言った。「みんな、わたしの言うことを聞いて、心に感じて共に立ちなさい。人間の外にあるもので、体に入って人をけがすものはない。むしろ、人間の内から出るものが、人をけがすのだ」。/内から、人の心から出てくるものは、いじわるな算段、売春行為、略奪、殺人、不倫、搾取、威圧的なふるまい、だまし打ち、すきかって、偏見、人を侮ったもの言い、思いあがり、ごり押しである。これら、人を威圧する行為はすべて、打ちから出て、人をけがすのだ」。

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[聖クララ修道院]年間第21金曜日のオミリア(2015.8.28.)聖アウグスチヌス

クララ会修道院でのミサのオミリア(短い説教)[9分]2015 21th Fri. in ordinary time(B)←をクリックして聴くことができます

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いつくしみの特別聖年ロゴ

わたしたちは、教会の生命と全人類そして広大な宇宙を、キリストの支配にゆだねるのです。そうすれば、近い将来、すべての人の手による豊かな歴史が作られるようにと、キリストがそのいつくしみを露が降りるようにもたらしてくださるからです。神の優しさと温かさを届けつつ一人ひとりと出会えるよう、これからの年月がいつくしみに浸ることを、わたしはどれほど願っていることでしょう。信じる人にも、すべての人に、すでにわたしたちの間にある神の国のしるしとして、いつくしみの芳しい香りが届きますように。(特別聖年大勅書5番)

《今日の福音》マタイ24・42-51 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」 

[イエスは弟子たちに言われた。]「天の国は、ともし火ともって花婿を迎えに出た、十人のおとめたちにたとえられる。そのうち、五人は感性のにぶいおとめたちで、五人は感性あるおとめたちだった。感性のにぶいおとめたちは、ともし火はもったが油を用意しなかった。感性あるおとめたちは、ともし火といっしょに油のつぼを用意した。さて、花婿がおそくなって、みな眠気をもよおし、眠りこんでしまった。真夜中になって、『さあ、花婿だ。迎えに出なさい』という呼び声があがった。あとめたちはみな起きて、それぞれ自分のともし火をととのえた。そのときになって、感性のにぶいおとめたちは感性あるおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火が消えてしまいます』。感性あるおとめたちは、『わたしたちみんなのためには、どうしても足りません。それより、商いしている人たちのところへ行って、お買いなさい』と答えた。おとめたちが買いに行っているあいだに、花婿は到着した。そして、用意のできていたおとめたちは、花婿といっしょに婚宴の会場に入り、戸が閉められた。あとになって、ほかのおとめたちも来て、『主よ、主よ、開けてください』と言った。すると、主人は言った。『はっきり言うが、わたしはおまえたちを知らない』。だから、目を覚ましていなさい。あなたたちは、その日、その時を知らないからだ」。

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教皇フランシスコの一般謁見演説(2015.8.19.)公式訳

8月19日の謁見のメッセージの公式訳です。今回は「働くこと」について。カトリック中央協議会から。 *最終行をクリックしてpdf.ファイルで見る(印刷する)ことができます。

2015.8.19. PF.一般謁見演説:祝日・働くこと_ページ_1 2015.8.19. PF.一般謁見演説:祝日・働くこと_ページ_2 2015.8.19. PF.一般謁見演説:祝日・働くこと_ページ_3

*ここをクリックしてpdf.ファイルで読む(印刷する)ことができます。

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[聖クララ修道院]年間第21木曜日のオミリア(2015.8.27.)聖モニカ

クララ会修道院でのミサのオミリア(短い説教)[7分]2015 21th Thur. in ordinary time(B)←をクリックして聴くことができます

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いつくしみの特別聖年ロゴ

教会は、第二バチカン公会議の出来事を生き生きと保つ必要を感じています。この出来事によって、教会の歴史は新しい段階へと移りました。公会議教父たちは、現代の人々に神のことをもっと分かりやすい方法で語らなければならないということを、聖霊のまことの息吹として、はっきりと感じていました。あまりに長い間教会を特権のとりでに閉じ込めていた壁が崩れ、新たな方法で福音を告げる時が到来していたのです。(特別聖年大勅書4番)

《今日の福音》マタイ24・42-51 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」 

[イエスは弟子たちに言われた。]だから、目を覚ましていなさい。あなたたちの主が、いつ来られるか、あなたたちは知らないからである。このことをわきまえていなさい。一家の主(あるじ)は、泥棒が夜の何時に来るか知っていたなら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないものだ。だから、あなたたちも用意していなさい。人の子は思わぬ時に来るからである。/主人が家の使用人たちの上に立てて、定期に食料をわたすようにした忠実で感性あるしもべは、いったいだれであろうか。主人が来たとき、そのとおりに実行しているのを見られるしもべは、神からの力を得ているのだ。はっきり言っておくが、これは主人がそのしもべを全財産の管理に立てるほどのことである。しかし、それが威圧的なしもべで、腹の中で『主人はおそくなる』と言って、仲間のしもべたちをたたいたり、酔っぱらいどもと飲み食いしているなら、主人は予想もしない日、思いがけない時に帰ってきて、そのしもべをきびしく罰し、偽善者と同じ目にあわせる。そこでしもべは泣きわめいて歯ぎしりするだろう」。

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フランシスコ教皇、9月1日の「環境保護の日」のために祈りを呼びかける

 2015年8月26日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇フランシスコは、来る9月1日に環境保護のために祈るよう呼びかけられた。

先日、教皇は、教皇庁正義と平和評議会議長ピーター・タークソン枢機卿と、キリスト教一致推進評議会議長クルト・コッホ枢機卿に宛てた書簡を通して、カトリック教会の「環境保護のための世界祈願日」の制定を発表。

コンスタンティノポリ総主教庁が同じ目的をもって祈る9月1日に、共に環境問題についての関心を深め、祈ることを願われている。

8月26日、バチカンで行われた一般謁見の席で、教皇はこの「環境保護のための世界祈願日」に、正教会の兄弟たち、そしてすべての善意の人々と一致し、現在人類が体験しているエコロジー危機の克服のために、わたしたちからの貢献を提供したいと述べられた。

世界のすべての地方教会関係者は、この祈願日にふさわしい祈りと考察の機会を設け、それを環境への配慮を反映した言動一致の生き方を選び取るための強いきっかけとすることを教皇は希望された。

そして、9月1日午後5時より、教皇庁の司教・司祭・修道者・信者らと共にバチカンの聖ペトロ大聖堂でみことばの祭儀をとり行う旨を告げられた教皇は、ローマ市民および巡礼者にも儀式への参加を呼びかけられた。

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[聖クララ修道院]年間第21水曜日のオミリア(2015.8.26.)

クララ会修道院でのミサのオミリア(短い説教)[6分]2015 21th Wed. in ordinary time(B)←をクリックして聴くことができます

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わたしたちのまなざしを、もっと真剣にいつくしみへと向けるよう招かれるときもあります。わたしたちが、御父の振る舞いを示す効果的なしるしとなるためです。これこそ、わたしがこのいつくしみの特別聖年を公布した理由です。この特別聖年は、信者のあかしがより力強く、より効果的になるために、教会にとってふさわしい時となるでしょう。(特別聖年大勅書3番)

《今日の福音》マタイ23・27-32 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」 

 律法学者とファリサイ派の人たち、あなたたちは偽善者はなげかわしいことだ。あなたたちは白くぬった墓のようなものだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨とあらゆるけがれでみちている。このように、あなたたちも、外側は正しい道をあゆむ人のように見えるが、内側は偽善とわがままにみちている。/律法学者とファリサイ派の人たち、あなたたち偽善者はなげかわしいことだ。あなたたちは預言者の墓をたて、解放をこころざした人たちの記念碑を建てて、『もし、われわれが父祖の時代に生まれていたら、預言者たちの血で自分をけがす側には立たなかっただろう』と言う。こうして、自分が預言者を殺した者たちの子孫であることを証明している。あなたたちも父祖の升目をみたしていけばいい。

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