月別アーカイブ: 2015年9月

[聖クララ修道院]年間第26水曜日のオミリア(2015.9.30.)

クララ会修道院でのミサのオミリア(短い説教)[3分]2015 26th Wed. in ordinary time(B)←をクリックして聴くことができます。今日は聖ヒエロニモの記念日です。

*アメリカを初めて訪れた教皇フランシスコは、9月24日にアメリカ議会での演説を終えた後、政治家との昼食を断ってホームレスと昼食を共にされました

《今日の集会祈願》いつくしみ深い父よ、あなたは聖ヒエロニモに、聖書を学び、深く味わう恵みをお与えになりました。信じる民があなたのことばのうちにいのちの泉を見いだし、日々生きる力を汲むことができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

《今日の奉納祈願》恵み豊かな神よ、聖ヒエロニモの模範にならって、あなたのことばを深く味わう恵みをお与えください。わたしたちがみ心にかなった供えものをささげることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

《今日の拝領祈願》いのちの源である神よ、聖ヒエロニモの祝日を祝い、とうとい秘跡をいただいたわたしたちの心に光を注いでください。あなたのことばに耳を傾け、その教えに照らされて信仰の道を歩み、永遠のいのちに達することができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

《今日の福音》ルカ9・57-62 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」

 一行が道をすすんでいると、一人の人がイエスに、「あなたが行かれるところなら、どこへでもついて行きます」と言った。すると、イエスはその人に、「きつねには穴があり、空の鳥にはねぐらがある。しかし、人の子には頭を横たえるところもないのだ」と言った。イエスはほかの人に、「わたしについて来なさい」と言った。すると、その人は、「主よ、家にもどって、先に父親を見送ってからにしてください」と言った。すると、イエスはその人に、「死者を見送るのは、身内の死者たちに任せたらいい。あなたは行って、神の国を告げ知らせなさい」と言った。またべつの人が、「主よ、あなたについて行きます。でも、その前に家族に別れを告げさせてください」と言った。すると、イエスはその人に、「鋤に手をつけてから、うしろに目を向けているようでは、神の国にしっかり取りくんでいるとはいえない」と言った。

〜教皇のことばから〜 教皇ベネディクト16世『教父』より(『毎日のミサ』掲載)

聖ヒエロニュムスからわたしたちは何を学ぶことができるでしょうか。聖書における神のことばを愛すること—わたしには、何よりもこれだと思われます。聖ヒエロニュムスはいいます。「聖書を知らないことは、キリストを知らないことです」。だからキリスト信者が皆、聖書によって示される神のことばに触れ、神のことばと個人的に対話しながら生活することが重要なのです。…神のことばはつねに個人に向けられたことばですが、共同体を築くことばでもあります。すなわちそれは教会を築くことばでもあります。だからわたしたちは生きた教会との交わりのうちに神のことばを読まなければなりません。神のことばを読み、これに耳を傾けるための特別に優れた場は典礼です。わたしたちは典礼の中で、みことばを記念し、キリストのからだを秘跡のうちに現存させます。このことを通して、わたしたちはみことばを自分たちの生活の中で現実のものとし、わたしたちの間に現存させるからです。…神のことばは永遠のいのちのことばです。神のことばはいつの時代にも通じる永遠のものをもっています。それゆえ、神のことばを携えることによって、わたしたちは永遠を携えます。すなわち永遠のいのちを携えます。

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[鳥栖]「年間第26主日」説教(2015.9.27.)

鳥栖教会での11時からのミサ説教。  エクレシア九州TVの動画Blog「こころのヒント!」で視聴することができます。

この日、鳥栖教会では幼児洗礼式と敬老のお祝いを、「子どもとともにささげるミサ」で行いました。新しい侍者もデビューしました。一つの家族のミサの雰囲気に満たされました。

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「聖性や幸福は小さな行いから」教皇、世界家庭大会閉会ミサ、米国訪問を終了

      2015年9月28日バチカン放送日本語課の記事より。

「聖性や幸福は小さな行いから」教皇、世界家庭大会閉会ミサ、米国訪問を終了

教皇フランシスコは、9月27日、米国・フィラデルフィアで第8回世界家庭大会の閉会ミサを捧げられた。

9月19日よりキューバを、22日より米国を訪れていた教皇は、これによって滞在9日間にわたる司牧訪問旅行を終了。27日午後、フィラデルフィアを発ち、イタリア時間28日午前、ローマに戻られた。

教皇の訪問最終日、世界家庭大会閉会ミサの会場となったフィラデルフィア市内のベンジャミン・フランクリン・パークウェイには、世界各国から訪れた信者たちの波が遠くまで続いた。

ミサの説教で教皇は、信仰は聖霊の働きに窓を開き、わたしたちに聖性や幸福とは無数の小さな行為に結びついていることを教えてくれると指摘。

両親や祖父母や兄弟から学ぶ優しさや愛情、家庭の中の小さな愛の行いは、それ自体は目立たなくても、毎日を確実に変えていく力を持っていると話された。

信仰とは、それを実際に体験しながら、愛によって形成されていくものと教皇は述べ、家庭こそが信仰に命を与え、信仰の中に人を成長させる真の「学び舎」「家庭教会」であると説かれた。

ミサの終わりに、3年ごとに開催される世界家庭大会の次回の開催地が発表された。2018年度の大会は、アイルランドの首都ダブリンで行われることとなった。

フィラデルフィア空港で、教皇は同大会主催者やボランティアの人々に感謝を表明。多くの恵みと機会に恵まれたこの地で、疎外された人々や貧しい人々に関心を注いで欲しいと願われた。

そして、バイデン副大統領や教会関係者に見送られた教皇は、特別機で米国を後にされた。

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[聖クララ修道院]「三大天使」のオミリア(2015.9.29.)

クララ会修道院でのミサのオミリア(短い説教)[7分]

↑をクリックして聴くことができます。

 《今日の集会祈願》いつくしみ深い神よ、あなたは限りない英知をもって天使と人間にそれぞれ使命をお与えになりました。あなたに仕える天使の助けによって、わたしたちもゆだねられた使命を果たすことができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

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教皇、フィラデルフィアの刑務所訪問「イエスに清められ、再び歩む」

      2015年9月27日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、フィラデルフィアの刑務所訪問「イエスに清められ、再び歩む」

教皇フランシスコは、9月27日、米国・フィラデルフィアの刑務所を訪問された。

米国訪問の最終日、教皇は第8回世界家庭大会の閉会ミサを前に、受刑者たちとの出会いを持たれた。

刑務所の体育館で行われた集いで、教皇は受刑者や家族、スタッフたちを励まされた。

受刑者への言葉で教皇は、イエスが最後の晩餐で自ら弟子たちの足を洗ったエピソードを示された。

イエスの時代、人は家に入る前に足を洗う習慣があったと教皇は説明。当時は、道が今日のように舗装されておらず、歩くと足は土やほこりで汚れ、時には石で足が傷つくこともあったと話された。

「イエスは昨日も今日も、弟子たちの足、わたしたちの足を洗ってくださいます」「生きるとは、いろいろな道を歩むこと。イエスはわたしたちの足のほこりを洗い、孤独な歩みの傷を癒し、再び歩むための、希望や、信仰、信頼を取り戻してくれるのです」と説かれた。

「誰もが清められる必要があり、清められたいと思う何かを持っています」と述べた教皇は、この意識のもとに、それそれが連帯の気持ちに目覚め、他の人々のより良い人生のために支え合っていくことを希望された。

「わたしたちの足を洗うイエスを見つめてください。イエスは『道であり、真理であり、命』です。『何も変えることはできない』と信じ込んでいるわたしたちを、この偽りから解放するために、イエスは来られたのです」と、教皇は受刑者たちを勇気付けられた。

教皇は、並んだ受刑者の一人ひとりと握手や抱擁を交わされた。

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教皇フランシスコ「お告げの祈り」メッセージ(2015.9.13.)

年間第24主日の「お告げの祈り」のことばです。カトリック中央協議会のホームページから。*最後の行をクリックしてpdf.ファイルから印刷することができます。

2015.9.13. PF.「お告げの祈り」でのことば_ページ_1 2015.9.13. PF.「お告げの祈り」でのことば_ページ_2

*ここをクリックしてpdf.ファイルで読む(印刷する)ことができます。

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2015.9.16.〜10.11.)

★10月から12月の主日のミサ時間は以下のとおりです。小郡教会:土曜日19時30分+日曜日11時//鳥栖教会:日曜日8時30分。鳥栖教会での土曜日の夜ミサはありません。

★毎月第一金曜日[初金]のミサは小郡教会聖堂で19時から行われています。

 

鳥栖・小郡ミサ時間と場所2015

 

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教皇「家庭は希望の工場」米フィラデルフィアで世界家庭大会前夜祭

     2015年9月27日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇「家庭は希望の工場」米フィラデルフィアで世界家庭大会前夜祭

米国を訪問中の教皇フランシスコは、9月26日午後、フィラデルフィアで世界家庭大会の前夜の祈りをとり行われた。

カトリック教会の世界家庭大会は、家庭の価値を守り育てることを目的に、教皇ヨハネ・パウロ2世によって始められた。国際レベルの大会は3年毎に行われ、1994年のローマ大会を初回に、今回で8回目となる。

教皇を迎え、ベンジャミン・フランクリン・パークウェイで行われた前夜祭には、数万人の信者が詰め掛けた。

この集いでは、様々な国から訪れた家族たちが、それぞれの家庭の喜びや試練、信仰における再生のエピソードを語った。

世界の家族たちに向けた言葉で、教皇は「家庭を守り、大切にしましょう。そこにわたしたちの未来がかかっているのです」と呼びかけられた。

「社会が家庭に基礎を置いている時、その社会はより良く発展します」と教皇は強調。

特にわたしたちの明日を担う子どもたちや若者、わたしたちの記憶であるお年寄りを守ることは「愛のしるし」であり、「子どもや高齢者を大切にできない社会には、未来がない」と話された。

「世界を創造する前に、神は愛されました。神は愛だからです」「神はすべての愛と美と真理を家族に託されました」と述べた教皇は、家族がその本質を真に発揮するのは、心を広げて、その愛のすべてを受け止める時と説かれた。

また、家庭生活には争いや「疲労感」など、様々な困難がつきものだが、「家庭は常に希望の工場です。それはわたしたちを復活と命に導くからです」と、教皇は愛に向けて開き、信仰に支えられた家庭の姿を示された。

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米国訪問:教皇、フィラデルフィアへ「すべての人の権利と尊厳が守られる社会を」

     2015年9月27日バチカン放送日本語課の記事より。

米国訪問:教皇、フィラデルフィアへ「すべての人の権利と尊厳が守られる社会を」

米国に滞在中の教皇フランシスコは、カトリック教会の第8回世界家庭大会参加のため、フィラデルフィアを訪れた。

教皇は9月26日午前、ニューヨークから、米国における最後の訪問都市、フィラデルフィアに移動。

到着後、市内の司教座聖堂でペンシルバニア州の教会関係者とミサを捧げられた。

説教で教皇は、教会の宣教における信徒の責任感を高めるよう呼びかけると共に、女性が教会に与える大きな貢献をより価値付けていくことを願われた。

次いで、教皇はインディペンデンス国立歴史公園に向かい、市民の歓迎を受けられた。

そして、1776年にアメリカの独立宣言が行われた場所である独立記念館を訪問。記念館前の広場でヒスパニック(スペイン語圏系)コミュニティーをはじめ、出身も様々な移民たちとの出会いを持たれた。

この集いで教皇は、それぞれが民族の伝統を恥じることなく、アイデンティティーを守り、平和と寛容のある、すべての人の権利と尊厳が守られる社会を、皆で一致して求めていくよう参加者らを励まされた。

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教皇、ニューヨークの同時多発テロ事件跡地で祈る

     2015年9月26日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、ニューヨークの同時多発テロ事件跡地で祈る

教皇フランシスコは、9月25日、ニューヨークのワールドトレードセンター跡地で、テロの犠牲者のために祈られた。

米国訪問4日目、教皇は国連本部で演説、この後、2001年9月11日の同時多発テロ事件の跡地「グラウンド・ゼロ」を訪れた。

すべての犠牲者の名前が刻まれたモニュメントの前で、教皇は長く沈黙のうちに祈り、一輪の白薔薇を捧げられた。

教皇はここで殉職した救助隊員らの遺族とお会いになった。

続いて、教皇は追悼施設のホールで、ニューヨークにおける諸宗教の代表者との集いに参加された。

この席で教皇は、「過去の破壊のための涙は、今日の破壊のための涙と重なります。ここはわたしたちが涙を流す場所、不正義や兄弟殺しに対する無力、対話によって互いの違いを乗り越えられなかった力不足を前に、悲しみに涙を流す場所なのです」と話された。

しかし、同時にこの場所では、引き裂かれるような苦しみの中にも、人間が成し得る偉大で英雄的な献身に触れることができると教皇は述べ、人の命を救うために自らを犠牲にした多くの人々の存在に言及。「この死の場所は、命の場所にも変容するのです。常に善は、悪に勝り、和解と一致は、憎しみと分裂に打ち勝つでしょう」と説かれた。

諸宗教の指導者らを前に、「互いの違いのうちにも、平和な世界を生きることは可能です」と強調された教皇は、画一化を迫るあらゆる試みを拒み、違いを受け入れ和解し合うことの大切さを訴えられた。

そして、教皇は「神がすべての人のために、皆の家として与えられたこの広い世界に、平和がありますように」と祈られた。

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