月別アーカイブ: 2016年8月

「肉の人」「感覚的な人」[2016.8.31.オミリア]

《年間第22水曜日のオミリア》聖クララ修道院聖堂で行われたミサのオミリア[7分][クララ]2016.8.31←をクリックして聴くことができます。「肉の人」という表現はわかりにくい。「感覚的な人」とすれば少しはわかる。「ただの人」→「世間一般の人」といえばわかりやすい。わかりやすく翻訳することは難しい。

***平日ミサのオミリアは今後も紹介していきますが、ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

聖霊につつまれて[2016.8.30.オミリア]

《年間第22火曜日のオミリア》聖クララ修道院聖堂で行われたミサのオミリア[7分][クララ]2016.8.30←をクリックして聴くことができます。わたしたちは神の霊、神の力、聖霊にすでに包まれている。「聖霊、来てください」と祈り、呼びかけることによって、その力に気づき、満たされ、「動く」ことができる。

***平日ミサのオミリアは今後も紹介していきますが、ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[小郡]年間第22主日前晩説教(2016.8.7.)動画

小郡教会での19時30分からの年間第22主日前晩のミサの様子と説教。  エクレシア九州TVの動画Blog「こころのヒント!」で視聴することができます。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

 

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[鳥栖]2016.8.28.年間22主日説教(音声)

鳥栖教会11時からの年間第22主日ミサの説教[13分][鳥栖]2016.8.28.年間22←ここから聞けます。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[小郡]2016.8.28.年間22主日説教(音声)

小郡教会8時30分からの年間第22主日ミサの説教[7分][小郡]2016.8.28.年間22←ここから聞けます。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

無にひとしいとされている人にも[2016.8.27.オミリア]

《年間第21土曜日のオミリア》基山教会聖堂で行われたミサのオミリア[13分][基山]2016.8.27.←をクリックして聴くことができます。自分が無に等しいと思っている人にも、そのような人だからこそ、神は恵みで包んでくださる。

***平日ミサのオミリアは今後も紹介していきますが、ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

《第一朗読》Ⅰコリント1・26-31 本田哲郎訳「コリントの人々への手紙」  新世社

神が選ぶ集会(教会)の真のメンバーは、世の小さくされた者たち

 仲間のみなさん、呼びかけに応えた自分のことを考えてみてください。あなたたちの多くは、世間でいうところの知恵者でもなく、有力者でもなく、家柄のよい者でもありません。神は、世のおろかな者をえらんで知恵者を恥じ入らせ、世のひ弱な者をえらんで腕力のある者を恥じ入らせました。また神は、世の身分いやしい者や軽んじられている者、つまり無にひとしいとされている者をえらんで、地位ある者に面目を失わせたのです。要するに、どんな人間も神の前では誇れないということです。神のおかげで、あなたたちはキリスト・イエスと一体のものとなっています。わたしたちにとって、このイエスこそ神からの知恵であり、わたしたちを解放し、聖なるものとし、代価を払ってご自分のものとしてくださった方です。「誇る者は、主と一体となった上で誇りなさい」(エレミヤ9・24)と聖書に書いてあるとおりです。

 

《答唱詩編》詩編33・12+13、20+21 新共同訳

答唱句:神の注がれる目は、神をおそれる者に、神の愛に希望をおく者の上に。

神を王としていただく国、神のものとして選ばれた民はしあわせ。神は天から目をそそぎ、人々をすべて見ておられる。/神はたて、神はすくい。わたしたちは神を待ち望む。心は神のうちにあってよろこび、とうといその名により頼む。

《福音朗読》マタイ25・14-30 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」  新世社

信頼をもってあゆみを起こす忠実なしもべ、恐れだけをもつ威圧的なしもべ

 [そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。]「ある人が旅に出るにあたって、しもべたちを呼んで自分の財産をゆだねた。それぞれの能力に応じて、一人には五億円、一人には二億円、一人には一億円をわたして、旅立った。さっそく、五億円をもらった人は、出て行って、それをつかって働き、ほかに五億円をもうけた。同じように、二億円もらった人は、ほかに二億円をもうけた。しかし、一億円もらった人は、行って地面をほり、主人の金をかくしておいた。だいぶ時がたって、主人が帰ってきて、しもべたちと清算をした。五億円もらったしもべがやって来て、別に五億円を差しだして、言った。『主よ、あなたは五億円わたしにわたされましたが、見てください。ほかに五億円もうけました』。主人はそのしもべに言った。『よくやった。忠実なよいしもべだ。おまえは小さなことに忠実であったから、多くのものを任(まか)せよう。主(あるじ)の喜びを共にしてくれ』。次いで、二億円のしもべもやって来て、言った。『主よ、あなたは二億円わたしにわたされましたが、見てください。ほかに二億円もうけました』。主人はそのしもべに言った。『よくやった。忠実なよいしもべだ。おまえは小さなことに忠実であったから、多くのものを任せよう。主(あるじ)の喜びを共にしてくれ』。また、一億円のしもべもやって来て、言った。『主よ、あなたがきびしい方で、まかないところから刈りとり、広げないところから集める方だと分かっていましたので、こわくて、あなたの一億円を地中にかくしておきました。ほら、あなたのものを受け取ってください』。すると、主人はそのしもべに言った。『威圧的(いあつてき)で、臆病(おくびょう)なしもべだ。わたしが、まかないところから刈りとり、広げないところから集めると分かっていたのだろう。それなら、わたしの金を両替屋にあずけておくべきだった。そうしておけば、わたしが帰ったときに、利息つきで返してもらえたのだ。さあ、その一億円をこのしもべから取りあげ、十億円持っている者に与えなさい。じつに、持てる者はさらに与えられてゆたかになるが、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうものだ。この役に立たないしもべを、外のくらやみに追い出せ。そこには嘆(なげ)きと歯ぎしりがあるだろう』」。

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

イタリア中部地震:カリタスの支援始まる、現地司教「人々は連帯を必要としている」

2016年8月25日バチカン放送日本語課の記事より。

イタリア中部地震:カリタスの支援始まる、現地司教「人々は連帯を必要としている」

イタリア中部で8月24日未明発生した地震による犠牲者は、25日午後の段階で250人以上に達している。

ラツィオ州北東を震源としたこの地震は、同州のリエーティ、マルケ州のアスコリ・ピチェーノとフェルモ、ウンブリア州のペルージャの各県に被害を広げ、特にアマトリーチェとアックーモリ(ラツィオ州)、アルクアータとペスカーラ・デル・トロント(マルケ州)では、建造物の大半が崩壊、瓦礫の下の被災者の捜索・救助が昼夜を徹して続けられている。

カトリック教会の支援組織、カリタス・イタリアの事務局長フランチェスコ・ソッドゥ神父によれば、各地のカリタスのネットワークにより、関係者は地震発生からわずかの時間で現地入りし、状況のモニタリングと被災者への支援を開始した。

現段階で急務とされる人命救助の作業を妨げないことが基本とソッドゥ神父は述べつつ、各被災地に入り、現場の必要に合った緊急支援を行なう一方で、中・長期的な支援にも視野を広げていきたいと話した。

すでに様々な教区のカリタスが被災者のための避難所を開設しており、そこで初期支援やカウンセリングを行なっていることを同神父は報告。

また、カリタス・イタリアには、カリタス・インターナショナルや、カリタス・ヨーロッパ、また世界各国のカリタスから支援の申し出が寄せられており、たとえば昨年地震よる大きな被害を受けたネパールのカリタスからも連帯が示されたことを明らかにした。

ソッドゥ神父は、さらに前日地震に襲われたミャンマーの状況も忘れてはならないと指摘した。

被災地ではカリタスはもとより、現地の教区関係者らも、直接被災者に寄添っている。

アスコリ・ピチェーノ教区のジョヴァンニ・デルコレ司教は、昨日から被災者たちと共に助け、励まし合い、瓦礫をかき分けていると、バチカン放送局のインタビューに電話で語った。

地震が発生した24日、司教はペスカーラ・デル・トロントで、捜索活動を翌日夜2時まで見守る一方、犠牲者の家族に付き添い、遺族たちを慰めていたと話した。

また、避難テント内の様子を見に行くと、被災者たちは沈黙を欲しているようだったが、そこでも人々と言葉を交わすことになり、その後、アスコリ・ピチェーノに戻ると、アスコリ市民も余震に怯えて、人々は外で寝ていたと司教は語った。

デルコレ司教は、子どもが救出される一方で、別の子どもは残念ながら助からないなど、被災地は悲劇と希望が隣り合わせた状況で、多くの救助隊員たちは夜通し瓦礫を掘り続け、疲労の極地に達するまでの努力をしていると述べた。

同司教は、自身も素手で瓦礫を取り除いていた時に、偶然十字架を発見したこと、また、ペスカーラ・デル・トロントの教会では聖母画だけが残っていたことなどを語った。

被災地の人たちは皆の連帯を必要としていると司教は強調。「わたしたちのそばにいてくれてありがとう」「わたしたちを見捨てないで欲しい」という被災者たちの言葉は、すべての人に向けられていると話した。

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

教皇フランシスコ「お告げの祈り」メッセージ(2016.8.7.)公式訳

年間第19主日の「お告げの祈り」のことばです。カトリック中央協議会のホームページから。*カトリック中央協議会広報部から(文字を拡大し、読みがなを付けることを含めて)転載の許可を得ています。

*ここをクリックしてpdf.ファイルで読む(印刷する)ことができます。

2016.8.7. PF.「お告げの祈り」でのことば_ページ_1 2016.8.7. PF.「お告げの祈り」でのことば_ページ_2

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2016.8.20.〜9.4.)

*7月から9月まで、主日のミサ(日曜日)時間は小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜です。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。お待ちしています。

*修道院での来週の平日のミサはありません。

鳥栖・小郡ミサ時間と場所

Facebook にシェア
[`evernote` not found]