月別アーカイブ: 2018年2月

[クララ]支配するのではなく仕える[2018.2.28.オミリア]

《四旬節第2水曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】すべての人の父である神よ、あなたの家族が、いつもよいわざに励むよう導いてください。旅するわたしたちが恵みによって支えられ、あなたの国の喜びに入ることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[人々は言う。]「我々はエレミヤに対して計略をめぐらそう。祭司から律法が、賢者から助言が、預言者から御言葉が失われることはない。舌をもって彼を打とう。彼の告げる言葉には全く耳を傾けまい。」主よ、わたしに耳を傾け わたしと争う者の声を聞いてください。 悪をもって善に報いてもよいでしょうか。 彼らはわたしの命を奪おうとして 落とし穴を掘りました。 御前(みまえ)にわたしが立ち、彼らをかばい あなたの怒りをなだめようとしたことを 御心(みこころ)に留めてください。(エレミヤの預言18章)

【福音】イエスはエルサレムへ上って行く途中、十二人の弟子だけを呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する。」…そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく、仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(マタイによる福音書20章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇、ローマの聖ジェラシオ1世教会を司牧訪問

2018年2月25日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、ローマの聖ジェラシオ1世教会を司牧訪問

教皇フランシスコは、ローマの聖ジェラシオ1世教会を司牧訪問された。

復活祭に向けた準備の時、「四旬節」にあたり、2月25日(日)、教皇はローマの小教区訪問を行い、信者らを励まされた。

教皇が訪れた聖ジェラシオ1世教会は、ローマ市郊外北東のポンテ・マンモロ地区にある。

同教会が保護者とし、その名をいだく聖ジェラシオ1世(聖ゲラシウス1世)は、カビリア(アルジェリア)の出身の、5世紀末の教皇。

この小教区は、1950年代から70年代の間に発達した住宅街の中に1972年に創設され、そのシンボルである教会は、1992年に献堂された。

同教会を訪問された教皇は、教会付属の運動場で初聖体準備中の子どもたちや、オラトリオで活動する若者たちと交流された。

この日はあいにくの雨となったが、教皇は子どもたちに、天気には雨や曇りや晴れの日があるように、人生にも雨の時も晴れの時もあると話し、重要なのは人生のどのような空模様の時でも、イエスと常に一緒に前進することと語られた。

続いて、教皇は教会付属の集会室で病者やお年寄りとお会いになった。

教皇はこの席で、これらの人々の教会への貢献に感謝された。人々への愛情や、祈りをもって、熾火(おきび)のように信仰の火を保ち、証し続ける人々を世界は必要としていると教皇は説き、病者やお年寄りたちを励まされた。

また、教皇はこの教会で支援を受けている2人のガンビア出身の青年や、イタリア中部地震の被災者家族とも言葉を交わされた。

教皇は数人の信者たちの告解を聴かれた後、ミサを捧げられた。

ミサの説教で教皇は、この日の福音朗読箇所、マルコ福音書の「イエスの変容」(9,2-10)を観想し、そのメッセージとは何かを考えられた。

イエスは変容のエピソードで、弟子たちに、天における、栄光に輝くご自身の姿を前もって現されたが、それはメシアの受難と十字架上での死というつまずきに弟子たちが耐えるようにとの準備であったと教皇は話された。

弟子たちはイエスに勝利に満ちた解放者であることを期待していたが、イエスは十字架という辱めを通して勝利されることになっていた。

これは弟子たちには耐えられないことであり、そのためイエスは十字架の後に来る栄光を先立って弟子たちにお見せになった。

このように話しつつ、教皇はここに2つのメッセージを示された。

ひとつは、イエスはわたしたちが試練に耐えられるように常に準備してくださるということ、そして、苦しみや困難の時にも前に進む力を与えてくださり、わたしたちを決して見放さないこと、と強調された。

もうひとつのメッセージとして、教皇はイエスの変容の際に弟子たちが聞いた「これはわたしの愛する子。これに聞け」(マルコ9,7)という神の言葉を指摘。

喜びの時も、苦しみの時も、人生のあらゆる時に立ち止まり、イエスに耳を傾けるならば、イエスは常にわたしたちがすべきことを教えてくださるだろうと語られた。

試練の中にイエスの栄光を思い出すこと、人生の様々な時にわたしたちの心に語りかけるイエスに耳を傾けること、この二つを心に留めて四旬節を過ごすよう、教皇は信者らに勧められた。

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教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

2018年2月25日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

教皇フランシスコは、シリアにおける暴力の停止と、人道的支援を訴えられた。

2月25日、バチカンで行われた日曜正午の祈りの集いで、教皇はシリア内戦の深刻さを増す状況に言及。

シリアは今月、東グータ地区を中心に、7年間の紛争の中で最も激しい暴力に見舞われ、子ども、女性、高齢者ら、非常に多数の市民が犠牲となっている事態を憂慮された。

病院は攻撃され、市民は食糧を手に入れることができない、こうしたすべての状況は非人間的であると教皇は強調された。

「悪に別の悪をもって報いることはできない。戦争とは悪である」と述べた教皇は、シリアにおける暴力の即時停止と、食糧・薬品等、人道支援へのアクセス、負傷者・病者らの避難を可能にするようアピールされた。

教皇はシリアのために一致した祈りを呼びかけられた。

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[クララ]言行一致[2018.2.27.オミリア]

《四旬節第2火曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[4分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】全能の神よ、あなたの教会を、いつもいつくしみをもってお守りください。あなたから離れては立つことのできないわたしたちを恵みによって支え、滅びの道から遠ざけ、救いに導いてくださいますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【福音】[そのとき、]イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶をされたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」(マタイによる福音書23章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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「イエスの変容」が与える力を観想、教皇、日曜正午の集いで

2018年2月25日バチカン放送日本語課の記事より

「イエスの変容」が与える力を観想、教皇、日曜正午の集いで

教皇フランシスコは、バチカンで2月25日、日曜正午の祈りの集いを行われた。

教皇は祈りの前の説教で、この日、四旬節第2主日に福音朗読された「イエスの変容」(マルコ9,2-10)をテーマに取り上げられた。

このエピソードは、その6日前、イエスが弟子たちに「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活する」(マルコ8,31)と明かした出来事と深く結びついていると教皇は指摘。

ペトロと弟子たちはイエスのこの言葉に驚き、イエスが人民の長たちから拒絶され、殺されるという考えを退けようとしたが、実際、彼らが望んでいたのは強く、支配するメシア像であったと述べられた。

それに対し、イエスは謙遜で柔和な、神と人々のしもべとして、迫害と苦しみ、死を通して、自らの命を差し出そうとされていた。

このような最期を遂げるという師、メシアにどうして従うことができるだろうか。教皇は、弟子たちのこうした思いに対する答えが、イエスの復活の先取り的啓示である、「変容」の出来事であったと強調。         

高い山の上でイエスが真っ白に輝き、神の御子としての栄光を表した出来事は、打ち負かされること無しに、イエスの受難と向き合うための力を弟子たちに与えることになったと説かれた。

イエスの変容は、弟子たちだけでなく、わたしたちにも、イエスの受難が苦しみの神秘であると同時に、イエスの無限の愛の贈り物であること、苦しみの後、栄光を受けたこの方が神の御子であったことを理解させてくれると教皇は語られた。

そして、イエスの変容においても、ヨルダン川での洗礼と同様に、御父は「これはわたしの愛する子。これに聞け」と、御子をメシアとして宣言され、これによって、弟子たちは師イエスに、その死をも乗り越えて、信頼と希望のうちに従う召命を受けることになったと話された。

教皇は、キリストの恵みによって内面から変容された人、おとめマリアに、わたしたちが信仰と寛大さをもって四旬節の歩みを続けることができるようにと、その母なる助けを祈られた。

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教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

2018年2月25日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「シリアにおける暴力の即時停止を」

教皇フランシスコは、シリアにおける暴力の停止と、人道的支援を訴えられた。

2月25日、バチカンで行われた日曜正午の祈りの集いで、教皇はシリア内戦の深刻さを増す状況に言及。

シリアは今月、東グータ地区を中心に、7年間の紛争の中で最も激しい暴力に見舞われ、子ども、女性、高齢者ら、非常に多数の市民が犠牲となっている事態を憂慮された。

病院は攻撃され、市民は食糧を手に入れることができない、こうしたすべての状況は非人間的であると教皇は強調された。

「悪に別の悪をもって報いることはできない。戦争とは悪である」と述べた教皇は、シリアにおける暴力の即時停止と、食糧・薬品等、人道支援へのアクセス、負傷者・病者らの避難を可能にするようアピールされた。

教皇はシリアのために一致した祈りを呼びかけられた。

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[小郡]「四旬節第2主日」前晩ミサ説教(2018.2.24.)動画

《四旬節第2主日》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教を動画で観ることができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】栄光に満ちた神よ、あなたは受難に向かうイエスを「愛する子」として示してくださいました。キリストのことばを聞き、キリストに従うわたしたちが、神の子供としての道を歩み続けることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[その日、]神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」…。(創世記22章)

【福音】[そのとき、]イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現われて、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。すると、雲が現われて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。(マルコ福音書9章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]「四旬節第2主日」ミサ説教(2018.2.25.)

《四旬節第2主日》鳥栖教会聖堂で11時から行われたミサの説教[7分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】栄光に満ちた神よ、あなたは受難に向かうイエスを「愛する子」として示してくださいました。キリストのことばを聞き、キリストに従うわたしたちが、神の子供としての道を歩み続けることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[その日、]神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」…。(創世記22章)

【福音】[そのとき、]イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現われて、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。すると、雲が現われて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。(マルコ福音書9章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「四旬節第2主日」ミサ説教(2018.2.25.)

《四旬節第2主日》小郡教会聖堂で8時30分から行われたミサの説教[4分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】栄光に満ちた神よ、あなたは受難に向かうイエスを「愛する子」として示してくださいました。キリストのことばを聞き、キリストに従うわたしたちが、神の子供としての道を歩み続けることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[その日、]神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」…。(創世記22章)

【福音】[そのとき、]イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現われて、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。すると、雲が現われて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。(マルコ福音書9章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2018.2.24.〜2018.3.11.)

主日のミサ時間は2018年3月まで小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜です。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。*鳥栖カトリック幼稚園園舎新築工事のため駐車場が使用できないので。

★4月〜6月は小郡教会11時〜、鳥栖教会8時30分からになります。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。

主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

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