平和旬間:8月6日〜15日

日本のカトリック教会では1981年に時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世教皇が来日された後、8月6日の広島原爆記念日から終戦記念日の8月15日までを「日本カトリック平和旬間」として定め、戦争を見つめ、平和への決意を新たにする。

今年の平和旬間も終わろうとしている。明後日15日は終戦(敗戦)記念日でもある。第二次世界大戦が終わって69年。この間、日本は国として戦争はせず、そのため戦争で命を奪われたり負傷した人は一人もいない。戦死の悲しみを体験した人は一人もいない。

しかし、戦争傷跡は消すことができす、いつまでもその苦しみ、悲しみは残る。死ぬまで残り続ける。

この時期、メディアはかつての戦争の悲劇を伝える。

さきほどNHKスペシャル「狂気の戦場 ペリリュー〜”忘れられた島”の記録〜を観た。[再放送:8月19日(火)午前0時30分〜1時19分(19日深夜)]…悲惨な「現実」…このような「現実」「事実」が忘れ去られようとしている。体験していない者にとっては、元々忘れることもない。それだけに、今、戦争を体験された方々の声や歴史の「事実」に耳を傾けるときではないかと思う。昨日は母の命日であったが、2005年に96歳で逝った母に、もっと戦時中のことを聞いておけばよかったと今更思う…。

NHKスペシャル

「積極的平和?主義」や「防衛」という名(口実?)の元に戦争ができる準備が着々と進んでいる。戦争は望まなくても《一部の人》によって作られるもの。戦争は「起こる」ものではなくて「作られる」もの。憲法の解釈も「十分な討議」も「丁寧な説明」もされないまま簡単に変えられ、法律もどんどん改悪されている。「特別秘密保護法」も施行まで4か月だ。国産のステルス戦闘機も製造され、年明けには試験飛行が行われる。うまくいけば春には防衛省が導入する予定だという。アメリカから「無人機」も購入することが決まった。オスプレイを始め、すでに様々な「武器」も購入され配備される。長崎原爆記念日の総理の話しやその後の被爆者団体代表とのやり取りを聞いても…「国民に丁寧に説明する」といっても「見解の相違」だと言って、違った意見は切り捨てる。こんな感じでさまざまな「大切なこと」が決められていく。これで「民主主義」だと言えるのだろうか。先は見えている…。

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