[小郡]「受難(枝)の主日」前晩ミサ説教(2019.4.13.)

《受難(枝)の主日前晩》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[5分]を聴くことができます。

*本日の聖書の言葉をじっくり読んでいただきたい。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】全能永遠の神よ、あなたは人類にへりくだりを教えるために、救い主が人となり、十字架をになうようにお定めになりました。わたしたちが、主とともに苦しみを耐えることによって、復活の喜びをともにすることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子(おんこ)、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え 疲れた人を励(はげ)ますように 言葉を呼び覚ましてくださる。朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし 弟子として聞き従うようにしてくださる。主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。打とうとする者には背中をまかせ ひげを抜こうとする者には頬(ほお)をまかせた。顔を隠(かく)さずに、嘲(あざけ)りと唾(つば)を受けた。主なる神が助けてくださるから わたしはそれを嘲(あざけ)りとは思わない。わたしは顔を硬い石のようにする。わたしは知っている わたしが辱(はずかし)められることはない、と。(イザヤ50章)

【答唱詩編】交唱:わたしの神 わたしの神 どうしてわたしを見捨てられるのか。

わたしを見る者はみなあざ笑い、わたしをののしって言う。「彼は神を頼みとした。神が救いに来ればよい。神が彼を心にかけているのなら、救い出せばよい。」/犬がわたしを取り囲み、悪を行う者の群れが迫(せま)り、わたしの手足を引き裂いた。わたしはさらしものにされ、彼らはわたしを見つめる。/彼らはわたしの衣を分け合い、着物をくじ引きにした。神よ、わたしから遠くはなれず、急いで助けに来てください。/わたしはあなたの名を兄弟に告げ、そのつどいの中であなたをたたえる。神をおそれる者は神をたたえ、ヤコブの子孫はみな神をほめよ。イスラエルの子孫はみな神をおそれよ。(詩編22)

【第二朗読】[イエス・]キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執(こしつ)しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕(しもべ)の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名(みな)にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公(おおやけ)に宣(の)べて、父である神をたたえるのです。(フィリピ2章)

*本田哲郎訳  キリスト・イエスは、神としての在り方がありながら 神と同じ在り方にこだわろうとはせず、自分を空け渡して奉仕人の生き方を取られた。イエスは見たところ他の人たちと同じであった。すなわち、姿はひとりの人にすぎないイエスが、自分を低みに置き、神の従属者(じゅうぞくしゃ)として立たれた。それも死を、十字架の死を引き受けるまでに。だからこそ、神はキリストをたたえ上げ、あらゆる名に優(まさ)る名をお与えになった。こうして、天上のもの、地上のもの、地の下のものがすべて、イエスという方を身に帯びて膝(ひざ)を折り、「イエス・キリストは『主』(神)である」と口をそろえて告白して、父である神を輝かし出す。

【福音】ルカによる主イエス・キリストの受難(ルカ23章1-49節) …「わたしはこの男に何の罪も見いだせない。」…「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を煽動(せんどう)しているのです。」…それで、いろいろと尋問(じんもん)したが、イエスは何もお答えにならなかった。祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱(ぶじょく)したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、言った。「あなたたちは、この男を民衆を惑(まど)わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。だから、鞭(むち)で懲(こ)らしめて釈放(しゃくほう)しよう。」しかし、人々は一斉に叫んだ。「その男を殺せ。バラバを釈放しろ。」…ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。しかし、人々は叫び続けた。「十字架につけろ、十字架につけろ。」ピラトは三度目に言った。「いったい、どんな悪事を働いたというのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭(むち)で懲(こ)らしめて釈放しよう。」ところが人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。…そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦(ゆる)しください。自分が何をしているのか知らないのです。」…民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」兵士たちもイエスに近寄り、酸(す)いぶどう酒を突きつけならが侮辱(ぶじょく)して、言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲(かか)げてあった。十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、言った。「イエスよ、あなたの御国(みくに)においでになるときには、わたしを思い出してください。」すると、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」既(すで)に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手(みて)にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。…。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

 

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