[大刀洗]天の国はすぐそこに来ている[2019.7.11.オミリア]

《年間第14木曜日:[記]聖ベネディクト修道院長》大刀洗地区の家庭で13時30分から行われたミサのオミリア[13分]を聴くことができます。大刀洗地区では二カ月に一度、家庭でのミサが行われています。12人ほど集まります。

聖ベネディクト:四八〇年頃、ウンブリアのヌルシアに生まれる。ローマで教育を受け、スビアコで隠遁生活を始めた。弟子をそこに集め、やがてモンテ・カッシーノに場所を移し、有名な修道院を設立し、会則を著した。その会則がヨーロッパのほとんどの地方に広まったため、彼は西方教会における修道生活の祖と呼ばれるようになった。五四七年三月二十一日に没したが、八世紀の終わりから、彼の記念日は、多くの地方で七月十一日に祝われるようになった。(『毎日の読書』より)

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[大刀洗]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは使徒(しと)たちに言われた。]「行って、『天の国は近づいた』と宣(の)べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返られせ、思い皮膚病を患(わずら)っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物(はきもの)も杖(つえ)も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶(あいさつ)しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃(ほこり)を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰(ばつ)で済む。」(マタイ福音書10章)

本田哲郎訳: [イエスは、この十二人を派遣(はけん)するにあたり、次のように注意を与えた。]「行って、『天の国はすぐそこに来ている』と告げ知らせなさい。弱っている人たちを手当てし、死んでいる者たちを立ちあがらせ、らい病の人を清くし、悪霊を追い出しなさい。ただで受け、ただで与えなさい」。「金貨も銀貨も銅貨も、帯の中にしまっておくな。道々、もの入れ袋も二枚のふだん着も、サンダルの替えも杖(つえ)もいらない。働き手は食べものを受けて当然なのだ。どこでも町や村に入ったら、そこでだれが歩みをともにできる人かをよく調べて、その地を出ていくときまで、その人のところに滞在しなさい」。「家に入るとき、その家の平和を願いなさい(挨拶しなさい)。その家があゆみを共にできるところなら、平和はその家にかならず来る。あゆみを共にできないところなら、その平和はあなたたちにかならず返って来る」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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