[クララ]キリスト・イエスが中心[2019.9.10.オミリア]

《年間第23火曜日:日本二百五福者殉教者》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

*日本二百五福者殉教者:日本二十六聖人が一五九七年に長崎の西坂で殉教した後も、幕府によるキリシタン弾圧の手は緩むことがなかった。一八六七年にピオ九世教皇によって福者として選ばれた二百五名は、一六一七年から一六三二年にかけて長崎、江戸、仙台など日本各地で殉教して、信仰を力強く証しした人たちである。その国籍は日本、スペイン、ポルトガルなど、七か国におよんでいる。(『毎日の読書』より)

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[皆さん、]あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、見える形をとって宿っており、あなたがたは、キリストにおいて満たされているのです。キリストはすべての支配や権威の頭(かしら)です。あなたがたはキリストにおいて、手によらない割礼(かつれい)、つまり肉の体を脱ぎ捨てるキリストの割礼を受け、キリストと共に葬(ほうむ)られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、神はキリストと共に生かしてくださったのです。神は、わたしたちの一切の罪を赦(ゆる)し、規則によってわたしたちを訴(うった)えて不利に陥(おとしい)れていた証書を破棄(はき)し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。そして、もろもろの支配と権威の武装(ぶそう)を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。(コロサイ書2章)

【福音】そのころ、イエスは祈るために山に行き、神の祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。イエスは彼らと一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から、イエスの教えを聞くため、汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていだだいた。群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである。(ルカ福音書6章)

*本田哲郎訳:そのころ、イエスは祈るために山に出かけ、神に祈って夜を明かした。朝になると、イエスは弟子たちを呼んで、その中から十二人をえらんで、「派遣(はけん)される者」と名づけた。それは、イエスがペトロと名をつけたシモンとその兄弟アンデレ、…。イエスは弟子たちといっしょに山を下りて、すそ野のところに立った。そこにはイエスの弟子である民衆と、ユダヤ全域およびエルサレム、ティルスやシドンの海岸地方からの民の群れがいた。この人たちは、イエスの話を聞くため、病気をいやしてもらうために、やって来ていた。けがれた霊になやまされていた人たちも、手当をしてもらった。民衆はみな、イエスにさわってもらおうとしていた。イエスから神の力が出て、みんなにいやしが起こっていたからである。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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