[クララ]持ってる人に言ってる[2019.9.12.オミリア]

《年間第23木曜日》聖クララ会修道院聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[13分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[皆さん、]あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭(さと)し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。(コロサイ書3章)

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱(ぶじょく)する者のために祈りなさい。あなたの頬(ほお)を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒(こば)んではならない。求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪(うば)う者から取り返そうとしてはならない。人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人(つみびと)でも、愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人い善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報(むく)いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らないものにも悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。人を裁(さば)くな。そうすれば、あなたがたも裁かれない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦(ゆる)しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺(ゆ)すり入れ、あふれるほどに量(はか)りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量(はか)る秤(はかり)で量り返されるからである。」(ルカ福音書6章)

*本田哲郎訳:《金持ちは、立ち場の弱い人たちの要求に正当性を認めよ》 「耳を傾けているあなたたちに言おう。あなたたちに敵対する人たちを大切にし、あなたたちを憎む人たちに親切でありなさい。あなたたちを呪う人たちを祝福し、あなたたちに悪態をつく人たちのために祈りなさい。あなたのほほをたたく人には、もう一方のほほも向け、あなたの上着をうばい取ろうとする者には、ふだん着もこばんではならない。求める者にはだれであれ、与えなさい。あなたのものをうばい取る者から、取りかえすようなことはするな。人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。あなたたちを大切にしてくれる人を大切にしたところで、神のどんな好意にあずかれるというのか。『道をふみはずした者』たちも、自分を大切にしてくれる人たちを大切にしているのだ。あなたたちによくしてくれる人たちに、よくしてやったところで、神のどんな好意にあずかれるというのか。『道をふみはずした者』たちも同じことをしているのだ。取り返せることを確かめた上で金を貸したところで、神のどんな好意にあずかれるというのか。『道をふみはずした者』たちも同じだけ返してもらうつもりで、『道をふみはずした者』たちに貸しているのだ。しかし、あなたたちは、あなたたちを敵視する人たちを大切にして善を行ない、見返りを当てにせずに金を貸してやりなさい。そうすれば、あなたたちの報いは大きく、『崇高な方』の子どもになれる。神は『恩知らず』や『わる』に対して、やさしい方なのだ。あなたたちの『父』が人の痛みを分かる方であるように、あなたたちも人の痛みが分かる人になりなさい」。  《金持ち(抑圧する側)には、貧しい人たち(抑圧される側)を裁く資格はない(マタイ7・1-2)》 「裁くな、そうすればあなたたちも裁かれない。人を断罪するな、そうすればあなたたちも断罪されることはない。人を解放しなさい、そうすればあなたたちも解放されるのだ。与えなさい、そうすればあなたたちも与えられる。量りをよくして、押し入れゆすり入れ、あふれるほどにして、あなたたちのふところにかえってくるのだ。あなたたちが計ったその同じ秤で、計りかえされるからである」。

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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