[聖クララ修道院]復活の金曜日オミリア(2015.4.10.)

小郡の聖クララ修道院でのオミリア(短い説教)[7分]2015.Easter Fri.←をクリックして聴くことができます。(録音の「職員会議」という言葉は「朝礼」の間違いです)明日の朝ミサは基山の巡回教会で7時から行われます。

ハイデルベルク2

*参考:コリントの信徒への手紙Ⅱ 4・16-18 「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

《今日の福音》ヨハネ21・1-14 本田哲郎訳「小さくされた人々のための福音—四福音書および使徒言行録—」

そののちイエスは、ティベリアス湖で、また弟子たちに自分を現した。イエスが現われた次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと言われていたトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの息子たち、ほかに二人の弟子がいっしょにいた。シモン・ペトロがみんなに、「わたしは漁に行ってくる」と言うと、みんなが、「いっしょに行く」と言った。みんなで出かけて、舟に乗り込んだ。しかし、その夜はなにも取れなかった。すでに明け方になったころ、岸辺にイエス・キリストが立っていた。しかし弟子たちは、それがイエスだとは気づかなかった。イエスはかれらに、「そこの人たち、なにか食べるものはないか」と言った。かれらは、「ない」とこたえた。イエスはかれらに、「舟の右手に網を打ってごらん。いるはずだ」と言った。かれらは網を打った。すると、魚が多くて、なかなか網を引き上げることができなかった。そのとき、イエスが心にかけていたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは、主だと聞くと、はだかだったので、上っ張りをひっかけて、湖にとびこんだ。ほかの弟子たちは舟で、魚の網を引きながら、やって来た。岸から百メートル足らずしかはなれていなかったのである。かれらが舟を下りて岸に上がってみると、炭火が起こしてあり、その上に魚とパンがのせてあった。イエスは、「今とれた魚を、少しもってきなさい」と言った。シモン・ペトロは舟に乗りこむと、魚でいっぱいの網を岸に引き上げた。大きな魚が百五十三匹あった。これほど多かったのに、網は破れていなかった。イエスはかれらに、「さあ、食べなさい」と言った。弟子たちのだれ一人、「あなたはだれですか」とあえて問いただすものはいなかった。みな、主だと分かったからである。主イエスはそこへ来て、パンを取り、かれらに与えた。魚も同じようにした。イエスが死者の中から復活して、弟子たちに現われたのは、これで三度めである。

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

[聖クララ修道院]復活の金曜日オミリア(2015.4.10.)」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA