[クララ]必要なことはただ一つだけ[2017.10.10.オミリア]

《年間第27火曜日》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[3分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】主の言葉が再びヨナに臨んだ。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高いものも低い者も身に粗布をまとった。…。(ヨナ3章)

 

【福音】[そのとき、]イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカ10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]年間第27主日前晩ミサ説教(2017.10.7.)

小郡教会19時30分からの「年間第27主日」前晩ミサ説教[8分]。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

 

【福音】[そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。]「…そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。農夫たちは、その息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。…」(マタイ21章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇「デジタル環境の中で子どもたちの尊厳を守ろう」

2017年10月6日バチカン放送日本語課の記事より

教皇「デジタル環境の中で子どもたちの尊厳を守ろう」

教皇フランシスコは、デジタル環境の中の子どもたちの尊厳の保護をテーマにした会議の参加者とお会いになった。

ローマの教皇庁立グレゴリアン大学で、10月3日から6日まで、「デジタル世界における未成年者の尊厳」をテーマに国際会議が開催された。

会議の最終日、参加者らはバチカンで教皇との出会いを持ち、講話に耳を傾けた。

教皇は関係者への言葉で、デジタル世界において未成年者の尊厳をより効果的に守ることは、今日特有の新しく重大な課題であると述べられた。

わたしたちが生きるデジタル世界は、昔ならば想像もつかない新しい世界であり、それは数十年でわたしたちの生活環境や、コミュニケーション手段を変え、わたしたちの考え方やアイデンティティーにまで影響を及ぼすようになったと教皇は指摘。

わたしたちはその世界が開く可能性に魅了される一方で、その発展の速さと共に生じる様々な新しい問題に恐れを抱いていると語られた。

教皇は、こうした状況の中で特に青少年の尊厳と、健全な発育、その喜びと希望を守ることを、人類家族の未来のための最も重要な挑戦として示された。              

今日、インターネット使用者の4分の1以上が未成年である事実を捉えながら、彼らはその世界に何を見るのか、またインターネットの世界で力を持つ人々はそれをどう認識しているのかと、教皇は問われた。

わたしたちはここ数年、未成年の性的虐待から目を背けてきた重大な過ちから学んだように、インターネットの世界で子どもたちにいったい何が起きているのか、その現実を正視しなければならないと強調された。

そして、教皇はインターネットに広がる深刻な現象として、過激な性的イメージや、暴力、いじめ、またインターネット環境のもとで行われる人身売買や未成年の搾取など、憂慮すべき闇の側面を示された。

これらの問題を前に、わたしたちは戦慄すると同時に、それに対応するための方向性を見出せないでいると教皇は述べ、その原因として、デジタル環境が国境やあらゆる年齢層を超えて世界に広がり、いかなる国ももはや単独ではその様相と発展をコントロールできないこと、またその発展の速さが高齢者たちをこの環境から締め出し、世代間の対話をほとんど不可能にすることで、成熟した助言・視点を伝えることができないでいることなどを挙げられた。

しかしながら、教皇は、むしろこうした状況において、互いが協力し合い、問題への効果的対応のための正しい道と態度を模索していくことが必要と呼びかけられた。

教皇は、デジタル界における未成年の問題を考える際の注意として、子どもたちがこの現象から受ける被害を決して少なく見積もらないこと、フィルタリングなどの技術的な対応だけでは十分でなく、広く多様な側面における倫理の力が必要であることを強調。

さらに、インターネットの世界は無限に自由であるとの認識を改め、違法なこと、犯罪的なこと、未成年を搾取し、尊厳を侵害することなどに対して、世界的レベルの協力をもって確固として対応しなければならないと語った。

子どもたちの眼差しはわたしたちの良心に呼びかけていると述べた教皇は、子どもたちが微笑みと信頼と希望をもってわたしたちを見つめ、わたしたちが子どもたちの目を勇気と喜びをもって見つめることができるよう、一緒に取り組んでいこうと関係者らにアピールされた。

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「技術発展の時代に、いのちに寄り添う」教皇、生命アカデミーの総会出席者に

2017年10月5日バチカン放送日本語課の記事より

「技術発展の時代に、いのちに寄り添う」教皇、生命アカデミーの総会出席者に

教皇フランシスコは、教皇庁生命アカデミーの関係者とお会いになった。

同アカデミー(議長:ヴィンチェンツォ・パイア大司教)は、「いのちに寄り添う。テクノロジー時代の新しい責任」をテーマに、定例総会を10月5日から7日までバチカンのシノドスホールで開催している。

会議初日、総会に出席した生命アカデミーのメンバーらを前に講話された教皇は、今日の生命科学技術の発展の中で、ヒューマニズム全体に投げ掛けられた時代的挑戦と向かい合うためには、生命の根源とその目的地を照らす神の御言葉から再出発しなければならないと説かれた。

テクノロジーの時代における生命の問題を、最も不可欠で緊急な課題と認識される教皇は、人間の至上性を中心に据えることにこだわる文化の危険に対し、すべての命、生命の初めから終わりまでそのすべてを愛することを教える、神の創造と贖いの神学が、今日の世界を歩む教会に非常に必要であると話された。

教皇は、男性と女性の社会における重要な責任に言及。男性と女性は互いに愛を語り合うだけでなく、神の愛の光のもとに人間の共存が実現するためになすべきことを、愛をもって話し合うよう招かれていると述べられた。

そして、女性に対しこれまで残念なことに与えられてきた従属的なあり方を、決定的に捨て去ると共に、新たなアイデンティティーと違いを持った文化から始めなければならないと語られた。

これについて、教皇は「中性のユートピア」は、両性の違いに基づく人間の尊厳と、命を生み伝える人間的性質をも取り去ってしまうと警告。

性の選択が完全に自由であるかのような、性差をめぐっての生物学的・心理的な扱いは、男女の協力関係を育み、創造的で、豊かなものとするエネルギーの源を壊してしまうとも述べられた。

神のいつくしみにおける信仰の証しとして、人間の生命をそのすべての段階において尊重し、大切にすること、それはヒューマニズムの麻痺と失墜を防ぐ土塁となるだろうと教皇は説かれた。

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2017.10.7.〜10.22.)

主日のミサ時間は来年3月まで小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜です。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。*鳥栖カトリック幼稚園園舎新築工事のため駐車場が使用できないので。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。10月16日(月)〜20日(金)まで平日のミサはありません。21日(土)は6時30分から修道院でミサがあります。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。10月は14日と28日です。

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「今日、希望の宣教者であるということ」教皇一般謁見

2017年10月4日バチカン放送日本語課の記事より

「今日、希望の宣教者であるということ」教皇一般謁見

教皇フランシスコは、バチカンで10月4日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)で、教皇は「キリスト教的希望」をテーマに、今日において「希望の宣教者」であるとはどういうことかを考察された。

キリスト者は不運の預言者ではない、キリスト者が告げるのはその反対のことであると教皇は述べ、イエスは愛のために死に、神はイエスを復活させられた、これがキリスト教信仰の核であると話された。

もし、福音書がイエスの埋葬で終わっていたならば、イエスは預言者として、理想のために命を犠牲にした英雄たちの伝記に加えられ、福音書はためになり慰めを与えこそすれ、希望を告げるものにはならなかっただろうと語られた。

しかし、福音書は聖金曜日で終わることなく、その先へと進み、まさしくこの最後の部分がわたしたちの人生を変えることになったと教皇は話された。

イエスの十字架上での死によって、弟子たちの師イエスと過ごした熱狂的な3年間は終わり、彼らはすべてが終わったという思いの中で失望し、慄いていたと教皇は指摘。

イエスの復活という思いがけない出来事は、弟子たちのその思いを覆し、さらに聖霊降臨によって、彼らは変容させられた、イエスの復活は聖霊の力と共にわたしたちを変えたと説かれた。

イエスの復活を告げるには、言葉だけでなく、行いと生き方を通した証しが必要であり、信仰から来る希望を、人を受け入れる態度や、微笑み、特に愛することによって示していかなければならないと話された。

復活の力は、キリスト者に困難の中でも愛することを可能にすると述べた教皇は、「キリスト者には、精神力や楽観主義だけでは説明できない何かがある」「ある存在に助けられて、キリスト者の頭上には、空が幾分多く広がっている」とその力を表現された。

キリスト者のこの世の課題は、救いの空間を開くこと、と教皇は強調。

真のキリスト者は悲しみに沈まず、怒らず、復活の力によって、いかなる悪も無限ではなく、終わらない夜は存在せず、人間は永遠に誤りの中に留まらず、どのような憎しみも愛には勝利できないと確信している人のことと話された。

教皇は、中東のキリスト教徒をはじめ、迫害の中にも、神に希望を置き、人々と共に留まった信者たちの存在を思い起こし、彼らを真のキリスト者として称えられた。

わたしたちは、復活したキリストにおいて希望を保ち続けることができると述べた教皇は、キリスト者が希望の宣教者であるのは、自分たちの力ではなく、地に落ち、死に、多くの実をもたらした一粒の麦、イエスのおかげであると説かれた。

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教皇、来年10月の「若者」をめぐるシノドス前に、3月に青年たち参加の準備会議を召集

2017年10月4日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、来年10月の「若者」をめぐるシノドス前に、3月に青年たち参加の準備会議を召集

教皇フランシスコは、来年10月開催の「若者」をめぐるシノドスを前に、3月に青年たち参加の準備会議を召集された。

バチカンで2018年10月に、「若者たち、信仰と召命の判断」をテーマに、世界代表司教会議(シノドス)第15回通常総会が開かれる。

10月4日の一般謁見の席で、教皇は、次回シノドスに先立つ準備会議の開催を発表。

シノドス事務局主催で、2018年3月19日から24日まで開かれるこの準備会議には、世界各地から若いカトリック信者はもとより、他のキリスト教教会や、諸宗教、無宗教の若者たちも招かれると、教皇は明らかにした。

次回シノドスに向けた歩みの中に位置づけられるこの準備会議を通して、教会は若者たちの声を聞き、その感受性や、信仰、疑問、批判にも耳を傾けたいと願っていると述べた。

そして、この3月の準備会議の成果は、シノドス参加司教らに伝えられることになると話された。

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[クララ]神の言葉を聴く喜び[2017.10.5.オミリア]

《年間第26木曜日》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[4分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[書記官、祭司エズラは]水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午ごろまでそれ(律法の書)を読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた。…彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。エズラが大いなる神、主をたたえると民は皆、両手を挙げて、「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。…。」(ネヘミヤ8章)

【答唱句】神のことばは正しく、わたしの心の喜び、神のみ旨は清く、わたしの目を開く。

【アレルヤ唱】アレルヤ、アレルヤ。神の国は近づいた。回心して福音を信じなさい。アレルヤ、アレルヤ。

【福音】[そのとき、]主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。…また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。…。」(ルカ10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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10月の教皇の祈りの意向:働く人たちと失業している人たちのために

2017年10月3日バチカン放送日本語課の記事より

10月の教皇の祈りの意向:働く人たちと失業している人たちのために

教皇フランシスコは、2017年10月の祈りの意向について、ビデオメッセージをおくられた。

カトリック教会は、毎月「教皇の祈りの意向」を示し、全教会が日々の祈りの中でその意向に沿って祈るよう招いている。

教皇の祈りの意向には、「世界共通」と「福音宣教」の2種のテーマがある。

この10月は世界共通の意向として、「働く人たちと失業している人たち」のために、次のように祈る。

「働く人たちすべてが尊重され、その権利が保障されますように。また、失業している人たちすべてが、共通の利益のために貢献する機会を得ることができますように。」

教皇はこの意向について、ビデオを通し次のように話された。

「わたしたちはいつも働く人たちの尊厳と権利を忘れてはなりません。そして、それらが侵害されている状況を訴え、人間と社会の真の発展のために寄与しなくてはなりません。

働く人たちのために祈りましょう。働く人たちすべてが尊重され、その権利が保障されますように。また、失業している人たちに、仕事を通して共通善のために貢献する機会が与えられますように。」

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[クララ]イエスの従う[2017.10.4.オミリア]

《聖フランシスコ(アシジ)》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【集会祈願】天地の造り主である神よ、アシジの聖フランシスコは、貧しさとへりくだりの生涯を通してキリストの姿に似るものとなりました。わたしたちも聖人の跡を歩んで御子に従い、喜びのうりにあなたをたたえることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【福音】[そのとき、イエスと弟子たち]が道を進んで行くと、イエスに対して「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言う人がいた。イエスは言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」そして別の人に、「わたしに従いなさい」と言われたが、その人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。イエスは言われた。「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい。」また、別の人も言った。「主よ、あなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいに行かせてください。」イエスはその人に、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた。(ルカ9章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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