[クララ]聞いて、行う[2017.12.07.オミリア]

《待降節第1木曜日:聖アンブロジオ》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】…どこまでも主に信頼せよ、主こそはとこしえの岩。/主は高い所に住まう者を引きおろし/築き上げられた都を打ち倒し/地に打ち倒して、塵に伏させる。/貧しい者の足がそれを踏みにじり/弱い者の足が踏みつけて行く。(イザヤ26)

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心(みこころ)を行う者だけが入るのである。そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台にしていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」(マタイ福音書7章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]イエス・キリストのみ[2017.12.06.オミリア]

《待降節第1水曜日》鳥栖教会聖堂で10時30分から行われたミサのオミリア[10分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【答唱詩編】主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

あなたははむかう者の前で、わたしのために会食を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。/神の恵みといつくしみに生涯伴われ、わたしはとこしえに神の家に生きる。(詩編23)

【福音】[そのとき、イエスは]ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。/イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほど大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでょうか。」イエスが「パンは幾つなるか」と言われたと、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。(マタイ福音書15章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]イエス・キリストのみ[2017.12.06.オミリア]

《待降節第1水曜日》聖クララ会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[8分]を聴くことができます。

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【答唱詩編】主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

あなたははむかう者の前で、わたしのために会食を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。/神の恵みといつくしみに生涯伴われ、わたしはとこしえに神の家に生きる。(詩編23)

【福音】[そのとき、イエスは]ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。/イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほど大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでょうか。」イエスが「パンは幾つなるか」と言われたと、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。(マタイ福音書15章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇フランシスコ海外司牧訪問無事終了:聖マリア大聖堂へ感謝の花束奉献

2017年12月3日バチカン放送日本語課の記事より

教皇フランシスコ海外司牧訪問無事終了:聖マリア大聖堂へ感謝の花束奉献

12月2日、 午後9時40分11月26日から始まったミャンマーおよびバングラデシュ司牧訪問から無事にバチカン戻られに戻られた。よく3日日曜日の早朝今回の司牧訪問感謝のため聖マリア大聖堂に赴かれ聖母に真っ白な花束を捧げられた。

2日バングラデシュの若者たちの出会いをもってすべての第21回目となる司牧訪問の公式行事をすべて終えられた教皇フランシスコは、カトリックの若者たちだけではなく他宗教の若者たちにも平和と協調を訴えるメッセージを託された。教皇はミャンマーおよびバングラデシュ両国国民に彼らの暖かい歓迎ぶりに心からの感謝を述べるともに平和と共存の神の豊かな祝福を祈られた。

日曜正午恒例のアンジェラルの祈りに際して、教皇は前日までの長旅の疲れも見せず、聖ペトロ広場を埋め尽くした巡礼者や信者らとともに聖母マリアへの祈りを唱えられた。祈りの前の短いお話の中でまず第一の言葉はこの旅の司牧訪問でミャンマーとバングラデシュで苦しい試練に会いながらも美しいほほえみを絶やさない勇敢な多くの人々と出会うことのできたことを心から神に感謝するというものだった。教皇はさらに彼ら自身の体験から多くのことを学ぶことができたと付け加えられた。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、この度、ミャンマーとバングラデシュという多くの困難に直面している国々を訪問し、そこで試練に会いながらもほほえみと人間としての尊厳を保ち続けるその崇高さを目の当たりにし、わたしは非常に強気心を打たれました。

わたしの日々の祈りと心の中に彼ら一人ひとりを鮮明に思い起こしております。さらに多くのことを教えてくれたミャンマーとバングラデシュの国民に心からの感謝を捧げます」。 

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教皇、バングラデシュの教会関係者と交流、アジア2カ国訪問を終了 バングラデシの.若者たちに「意見の異なる人々をも受けいれることを学びなさい」

2017年12月2日バチカン放送日本語課の記事より

教皇、バングラデシュの教会関係者と交流、アジア2カ国訪問を終了 バングラデシの.若者たちに「意見の異なる人々をも受けいれることを学びなさい」

バングラデシュを訪れていた教皇フランシスコは、同国のカトリック教会関係者と交流を行われ、11月27日に始まった、ミャンマーとバングラデシュへの、教皇のアジア2カ国訪問も、12月2日で最終日を迎えた。

2日、教皇はバングラデシュの首都ダッカで、教会関係者との様々な行事を通して、同国のカトリック教会の姿に触れた。

同日午前、教皇はテジャオン地区の「マザー・テレサの家」を訪問。関係者に案内され、施設を見学された。同所は、ダッカで神の愛の宣教者会が運営する施設の中で最も小さいものであるが、マザー・テレサは、ダッカを訪れる際にここに滞在していた。教皇はこの「家」で支援を受けているお年寄りや子どもたちとお会いになり、子どもたちのコーラスに耳を傾けられた。

続いて、教皇は近接の聖ロザリオ教会で、バングラデシュの司祭、修道者、神学生らとの出会いを持たれた。教皇はまた、聖ロザリオ教会に付属する墓地を訪れ、ここに眠る多くの修道者たちのために祈られた。

同日午後、教皇はダッカ市内のノートルダム・カレッジに向かわれた、

カレッジの運動場では、若い信者たちが歌やダンスを交えながら、熱心に教皇を歓迎した。

教皇はこの集いで、バングラデシュの青少年たちが生きる現実や、希望、信仰の証しに耳を傾けられた。そして、教皇はバングラデシュの未来を担う若者たちに、力強い励ましの言葉をおくられた。

「親愛なる若者のみなさん、わたしはあなたたちと会うたびにますます若返るのを感じます。

皆さんはいつも熱意に燃え絶えずチャレンジ精神に満ち溢れています。

恐れることなく絶えず前進しなさい。特に多くの問題や悲しみに押しつぶされそうなとき、神の助けや導きがないように思われるときでも。

常に前向きに進んで行きなさい。

目的なしにさ迷うことがあってはなりません。 かえって正しい道をいつも選び取りなさい。

そのためには信仰から生まれるあの叡智が役立ちます。 あたかも神はわたしたちがいつもその聖なるプログラムを見分けることが出来るようにわたしたちの中に特別なソフトを仕込んでくれたかのようです。神の声に耳を傾けながらこのソフトを絶えず更新していかければなりません。

人生は神がわたしたちに託した一つの方向性を持っています。それは神に信頼を置いたわたしたちの両親や祖父母たちの残してくれた叡智でもあります。これを得るためには、わたしたちも世界に目を向け、その現状や問題を神の目をもって見なければなりません。また他人の声に神の耳をもって聞き入る必要もあります。

それだけではなく、さらに全ての人々を神の心をもって愛し、物事を神の価値観をもって判断しなければなりません。

神の叡智はただ利己主義にもたらすだけの幸福への偽の約束を払い去ってくれます。そしてわたしたちとは異なる考えや異なる行動の人々をも受けいれるよう助けてくれるのです。

決して自分自身の小さな世界の中に閉じこもってはなりません。自分の小さな世界に閉じ込もり自分自身だけに身をかがめ、自分と同じ考えのものだけを受け入れるとするなら、いかなる民族も宗教も社会も、いずれは「自分たちだけが正しく、他の人々は間違っている」とする傲慢な思いに落ち込んでいきます。

神の叡智はつね自分自身を他者に向けて開いていくということです。

今日この集いにカトリックの若者たちばかりではなく他の宗教の若者たちも来てくれていることをわたしは大変嬉しく思います。これはたとえ宗教が異なっていてもお互いに手を差し伸べ合い、一致と和合の精神を促進しようとの皆さんの堅い決心を如実に表しています。

たとえそれぞれが異なっていても、共に共通善のために一致して働くこと、わたしは皆さんこれを心からお勧めし励ましたいと思います」。

この若者たちとの出会いによってバングラデシュでの行事を締めくくられた教皇は、アジア2カ国歴訪を終了、現地時間の同日夕方、ダッカを後にし、ローマへの帰途につかれた。

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バングラデシュ訪問: 教皇フランシスコは、訪問先のバングラデシュで信者と共にミサを捧げられた。

2017年12月1日バチカン放送日本語課の記事より

バングラデシュ訪問: 教皇フランシスコは、訪問先のバングラデシュで信者と共にミサを捧げられた。

バングラデシュ訪問2日目の、12月1日午前、教皇はダッカの公園でミサを司式され、この中で司祭の叙階式をとり行われた。

バングラデシュでは、人口の約89パーセントがイスラム教徒であり、ヒンドゥー教がおよそ9パーセント、残りをキリスト教徒や仏教徒が占める。カトリック信者は人口の0.24パーセントと少数派に属する。

教皇ミサの行われたスラワルディ公園はバングラデシュの8つの教区から訪れた熱心な信者たちでいっぱいとなった。

ミサはラテン語、英語、ベンガル語で行なわれ、この中で教皇は16人の司祭を叙階された。

教皇はミサの中で次のように話された。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん今日この司祭叙階式という大きなお祝いのためにここに集う皆さん一人一人に心からの挨拶を送ります。皆さんの中には二日以上もかけて遠くから来られた方々もいます。その寛大さに感謝いたします。これは確かに皆さんが教会に対して抱いている大きな愛のしるしです。皆さんがイエス・キリストに対して抱いている愛のあかしです。

皆さんの忠実のためにも私は心から感謝しています。キリストが教えてくれた幸いの道を愛の精神をもって歩み続けてください。そして皆さんの司祭たちのためにたくさん祈ってください。特に今日叙階される新司祭たちのためにお祈りください。

あなた方自身の寛大さに信頼しなさい。どうしたら司祭たちを支えることが出来るか寛大な心が教えてくれるでしょう。しかしなによりも先に第一番の支えは祈りです。皆さんの司祭たちのために祈るのに倦むことがありませんように」。

教皇はミサ中の説教の後、叙階されたばかりの新司祭たちに、これからはいつも善い牧者であるキリストの模範に従い「仕えられる人ではなく仕える人になりなさいと」は励まされた。

同日午後、教皇はダッカ市内のバチカン大使館で、シェイク・ハシナ首相と会見された。

また、夕方から教皇はダッカのカテドラルを訪問。同国の司教団との集いを持たれた。

さらに隣接する大司教館で、教皇はバングラデシュの諸宗教代表者とお会いになった。

この出会いには、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、キリスト教諸教会から代表が参加、共に平和への願いを述べた。

この中では聖公会の主教と共に、エキュメニカルな平和のための祈りが行われた。

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[小郡]共にいてくださる主[2017.12.1.オミリア]

《年間第34金曜日》小郡教会聖堂で19時から行われたミサのオミリア[7分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【福音】[そのとき、イエスは弟子たちに]たとえを話された。「いちじくの木や、ほかのすべての木を見なさい。葉が出始めると、それを見て、既に夏の近づいたことがおのずと分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、神の国が近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。すべてのことが起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」(ルカ福音書21章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]マリア像移設と看板新設

鳥栖教会の「無原罪の聖マリア像」が教会入り口に移設されました。鳥栖教会が生まれた時に主任司祭がイタリアから取り寄せたものです。大理石で造られています。鳥栖教会は誕生した時は「無原罪の聖マリア」にささげられた教会でした(今は「涙の聖母」)。12月8日は「無原罪の聖マリア」の祭日です。12月10日(日)11時のミサ後ご像の前で祈ります。

鳥栖教会の案内看板が鐘楼下に設置されました。英語、韓国語でも表記しています。

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2017.12.2.〜12.17.)

主日のミサ時間は来年3月まで小郡教会8時30分〜、鳥栖教会11時〜です。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。*鳥栖カトリック幼稚園園舎新築工事のため駐車場が使用できないので。12月3日(日)小郡教会での8時30分のミサはありません。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。27日(月)、28日(火)のミサはありません。

12月6日(水)鳥栖教会聖堂で10時30分からミサがあります。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

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