イスラエル巡礼9日間

「聖地」は地と天を結ぶ場。その「聖地」を結んで巡礼する。そこでは出会いがあり、そこには変化がある。人生は旅にたとえられるが、この巡礼の旅は人生の旅が凝縮されたもの。互いに支え合い、励まし合い、祈りながら巡礼の旅を続ける。

巡礼の旅はわたしたちが計画したものではあるが、それだけに不完全なもの。神が完成してくださる。神の想いはわたしたちの思いをはるかに超えたもの。その神の想いの中に身を浸す。神が準備してくださっている「流れ」を大切にする。

この巡礼が企画された後、フランシスコ教皇の聖地巡礼が発表された。フランシスコ教皇は5月24日(土)〜26日(月)に聖地を巡礼された。教皇は弱くされた人々の平和を求める悲痛な叫びを代弁され、強く平和を全世界に向けて呼びかけられた。わたしたちの巡礼は教皇が巡礼を終えられた翌日から始まる。信仰の見直しを強く求められているフランシスコ教皇の呼びかけをより意識しながら、平和を強く願いながら、この巡礼の旅を始める。

巡礼の目的は《信仰の原点を見つめる》こと。信仰の原点はイエスご自身。イエスが生まれ、神の国の福音を説き、十字架の上で殺され、復活された「その地」を訪れ、現地で信仰の原点に触れる。

この巡礼ではミサをもっとも大切な祈りとして行う。主のみ言葉を聴き、沈黙の中で祈り、あふれるほど注がれている神の恵みに共に気づきたい。今、わたしたちは復活節を過ごしている。この巡礼中に「主の昇天」を祝う。帰国後に「聖霊降臨祭」を祝う。聖霊の豊かな賜物(たまもの)を願いながら巡礼の旅を続ける。

わたしは いにしえの日々を 思い起こし、あなたのなさったことを ひとつひとつ思い返して 御手の業を 思いめぐらします。あなたに向かって 両手を広げ、渇いた大地のような わたしの魂を あなたに向けます。《詩編143:5〜6》


聖地イスラエル巡礼2014.5.27.〜6.4.

サンチアゴの巡礼の旅…は一時中断(いつ再会するかは未定)して、今回の聖地イスラエル巡礼の旅を紹介します。

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5月27日(火)午前に福岡発。午後、韓国の仁川空港で合流。参加者は日本各地から27人。添乗員を入れて28人の巡礼が始まった。イスラエルのテルアビブ直行便で聖地入り。同日夜到着してホテル入り。時差は6時間。翌28日(水)は5時過ぎに目覚める。

テルアビブの朝

テルアビブの朝

 


伝説のスピーチ

《どうやって直すのか わからないものを、こわしつづけるのは もうやめてください》セヴァン・カリス=スズキ

《If you don’t know how to fix it, please stop breaking it! 》

1992年6月11日。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連の地球環境サミットで、カナダ人の12歳の少女が演説した。わずか6分間のスピーチだったが、それは「伝説のスピーチ」と呼ばれている。全文は「あなたが世界を変える日〜12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ」で出版されている。

昨晩の「クローズアップ現代」では南極の氷が溶けていくことが、今朝のBSのアーカイブスでは北極の氷が溶けていくことが…放送されていた。絶滅危惧種のシロクマのことも…。

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氷がすごい勢いで溶けはじめている北極 NHKアーカイブズより

 

シロクマ

絶滅危惧種のシロクマ  NHKアーカイブズより

何十億年もかけて、やっと「人」が住めるようになった地球のバランスがどんどん壊れていっている。壊していってる。それこそ、取り返しのつかないことなのに…。目先のことばかりに気をとられていて…セヴァンのスピーチもその時だけ。「不都合な真実」もその時だけ。

原発も再稼働の方向で動いている。核のゴミはどうするの? 処理方法もわからないまま…。消えるまで何万年? それは人類の歴史よりも長い期間だよ!!! An Inconvenient Truth – I Need To Wake Up 《不都合な真実-もういいかげん目覚めないと》もっとも怖いのは…《真実》。 環境だけでなく、もっとも怖いのは《真実》…。

最大の危機は「日本人が自信を失っていること」と安倍総理は言うが…。それが最大の危機なのか…。地球が壊れ…社会が壊れ…そして…人が壊れていく…。


チェロコンサート

4月6日(土)13時から韓国の名チェリスト、ヤン・ソンウォン Yang・Sung-Wonさんのコンサートがあります。聖堂での素晴らしい響きをお聴きください。2013.4.6.チェロコンサート

 


これからの日本

安倍晋三首相が昨日、国会で所信表明演説をした。

あいかわらず、頭の中は「経済のこと」ばかり。「強い経済」を取り戻すとか…。

予算を見ても…また借金が大幅に増える。一人当たりに換算すると国民一人当たり、580万円ほどの借金をかかえることになる…。

「行け行け〜っ」と言ってる感じ…。

参院選を意識した「きれいごと」ばかりの印象を受けた。

「外交」にしても自衛隊の増員や国防費の上乗せなど…力で対抗しようとしている。日本の外交はもっと「知恵」を使う必要がある。常日頃から思っていることだが、日本の政治家には哲学がないように思えてしかたがない。倫理観にも欠けているようで…。軽い。

「過去を振り返るのではなく」という言葉があったが、しっかり「過去」を反省して、それを生かしてほしい。なぜ、今のようになっているのか、その分析をしっかりとやらないと、今後のふさわしい、具体的な方策はわからないはず。問題、課題は簡単には解決できないことは誰にでもわかっている。国のリーダーとして、もっと世界的な広い、そして深い視野をしっかりと持ってほしい。

最大の危機は「日本人が自信を失っていること」と言う。なぜそうなったのか。かつて「自信」があったとすれば、それはどんな「自信」なのか…。「自信」を失っているとすれば、それはなぜなのか。その理由は、原因は何なのか。

「強い日本をつくろう!」というが、経済と軍事力が国の強さを示すのだろうか。そのように勘違いをして「富国」を目指したことで、どれだけの国とその経済が、そして人が壊れたか…歴史にはその教訓が山ほどある。


まほう(真放)のとびら

ふと50年前の頃を思い出している…。

畑のイチゴが熟れたり、みかんの実がなると、母親から頼まれて決まって近所に「おすそ分け」をしていた。近所だけでなく、自転車で遠くまで持っていくこともあった。見返りを求めているわけではない。もらった方は、自然にお返ししなければ…と思い、何かが出来たり、もらったりしたときはそれを分ける。「分けっこ」の世界…。

近所の人が家の前を通ったりする。黙って通り過ぎたり、あいさつの声かけをしながら通り過ぎたり…。ブロック塀もなかった。扉に鍵をかけているのでもなかった。

家の周りにブロックを積み、門を構えたり、ドアに鍵を締めるようになるにつれて「世界」が変わっていったように思う。物をやり取りすることもなく、声かけをすることもなくなっていった。

《物々交換》の時代はよかった。物があふれるようになり、お金でものを買うようになっていってから、心の交流が弱くなっていった。お金の交流?が盛んになるにつれて、心の交流が弱くなっていったように思える。

他人のことを気にかけたり、気にしたり、思い遣ったりすることが減ってきた。そうされることもイヤになっていった…。

扉に鍵をかけるようになって、世界が変わっていった。

心の扉にも鍵をかけるようになっていった。

まほうの扉…。魔法でないと開かないようになった。「魔法」は「悪魔の法」というわけではないが、心の中に忍び込んでくる「魔力」には気をつけなければいけない。

人は「計算」するようになった。「駆け引き」をするようになった。「自分中心」になった。「お金」が一番になった。心の扉を開くのに「お金」がかかるとすれば…それは「魔法」と思っていい。

「まほう」は「魔法」ではなく「真放」でないといけない。「本当のこと、真実に心を放つ」ものでなくてはいけない。それには「お金」はかからない。

自然に「扉」を開くことができないなんて…時代も変わり、人も変わった…。


原爆のあと…。

広島で会議があった。夕方から平和記念公園を歩いた。2時間ほど。

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平和のために自分は何ができるのか…歩きながら考えた。

ドーム3

 

一瞬にして何万人もの人が死んだ…。

《被爆当時、広島には約35万人の市民や軍人がいたと考えられています。これは、住民、軍関係者、建物疎開作業に動員された周辺町村からの人々などを合わせた数字です。当時日本の植民地だった朝鮮、台湾や、中国大陸からの人々が含まれ、その中には強制的に徴用された人々もいました。また、少数の、中国や東南アジアからの留学生や、アメリカ軍捕虜などの外国人も、含まれていました。

原爆によって死亡した人の数については、現在も正確にはつかめていません。しかし、放射線による急性障害が一応おさまった、昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。

爆心地から1.2キロメートルでは、その日のうちにほぼ50%が死亡しました。それよりも爆心地に近い地域では80~100%が死亡したと推定されています。また、即死あるいは即日死をまぬがれた人でも、近距離で被爆し、傷害の重い人ほど、その後の死亡率が高かったようです。》広島市ホームページより

平和公園1

広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)昭和27年8月6日設立

《安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから》

慰霊碑に刻まれたこの言葉は 全国民が知っていなければいけない言葉。ときどき思い出して唇に乗せなければいけない、祈りの言葉…。

《この碑は 昭和20年8月6日 世界最初の原子爆弾によって壊滅した広島市を 平和都市として再建することを念願して設立したものである
碑文は すべての人びとが 原爆犠牲者の冥福を祈り 戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である 過去の悲しみに耐え 憎しみを乗り越えて 全人類の共存と繁栄を願い 真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心が ここに刻まれている
中央の石室には 原爆死没者名簿が納められており この碑は また 原爆慰霊碑とも呼ばれている》  広島市ホームページから

平和公園4

慰霊

 

歴史から学べば人の「知恵」は増す…はず…。人類は、はたして、賢くなっていってるのだろうか。戦争で平和を手にすることはできない。争い、傷つけ、殺すことによって、決して平和は作れない。戦争は「誰か」によって作られるもの。それをしっかりと見極め、早いうちから、その「芽」を摘み取っていかねばならない。そうしないと…手の付けようがなくなっていく。

戦争には、もちろん反対。ただ、それを叫ぶだけでは平和は作れない。戦争を準備しているのは誰か…何が戦争の火種になるのか…それを見極める「知恵」を働かせ、早いうちから「反対」の「行動」を積み重ねていかなければ。それは一人ひとりに課せられた人間の「使命」だと思う。


カトリック児童福祉の日

1月の最終日曜日は「カトリック児童福祉の日」。全世界の教会で、子どもたちが子どもたちを助ける日。祈りと献金で。前回の子ども会で、神父と神学生から世界の子どもたちの困っている様子が紹介された。それをもとに子どもたちが自分でできることを考えた。今日も先週に続いてたくさんの子どもたちが集まってくれた。真剣に祈り、お小遣いから献金をささげた。ミサの奉納の時に行列を作り、祭壇の前に置かれたかごに一人ずつ献金をささげた。ある子どもは用事があってミサに参加できなかったので、母親に預けた。ミサが終わった後、みんなで楽しく遊んだ。子ども会のいいところは、小さい子から大きい子まで、みんな仲良く遊ぶこと。温かい眼差しで子どもたちの様子を見守る大人の表情もいい。このように全世界が平和であってほしい…。

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              photo by S.O.

 

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             photo by S.O.


奇跡?

かつて、ある方々が喜々として話してくれたことがある。

「癌が治ったんですよ。わたしたちが手を置いて祈ったら、その人の癌が治ったんです。奇跡です。神さまはわたしたちの祈りを聞いてくださったんです。神父さまは奇跡を見たことがありますか」。

わたしは答えた。「数えきれないほど何度も奇跡は見たことがあります。人に言うことでもないので言わないだけです。」その方々は少し驚いたようだが、怪訝(けげん)そうにしていた。

奇跡は父である神の思いが実現することであって、人の思い通りになることではない。人はえてして自分の思いを神に押し付ける。自分の思い通りになると神がいると言い、奇跡が起こったと騒ぐ。

神は静かなところで静かに、しかし、力強く働かれる。

身を低くして、同じ目線であわれみの眼差しを注いでくださる方と出会うとき、人は救われる。それを奇跡と呼ぶなら、そのような奇跡は数えきれないほど見てきた。

人は勝手に自分で「神の像」「神のイメージ」を作り上げ、そのような神でなければ、それは神ではないと言う。自分の思い通りにならなければ、神はいないという。滑稽なことだ。それどころか、ひどいことに、偽りの神の像を示し、それを名誉や金儲けのために使い、自分の私腹を肥やし、人を救うどころかダメにする。

そのような偽りの宗教を広め、人と世界をダメにしてしまう。不思議なのは、人は、そのような偽りの「声」にだまされることだ。

《よい木に悪い実はならないし、悪い木によい実はならない。木というものはそれぞれなる実でわかるものだ。》ルカによる福音書6章43節〜44節:山浦玄嗣訳


宇宙的な視野をもって…。

全国にたくさんのカトリック系の幼稚園がある。その職員を対象とした研修会が毎年開かれている。一昨年は福岡で開かれ、全国から1000人を超える幼稚園職員が集まった。今年は7月25日〜26日に鹿児島で開かれる。二日前に第一回目の案内が届いた。

大会のテーマは「キリスト教伝来の歴史に学び、自然と共に生き抜く力を育てる」〜輝く未来に希望と笑顔を〜

呼びかけ文は次のようなもの…

厳しくもまたすがすがしい寒さ、気持ちが一新するようでございます。さて、今年の教職員研修大会は、鹿児島が担当することになりました。鹿児島は、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが上陸したところです。また、鹿児島県種子島には、日本の宇宙開発において、人工衛星打ち上げの中心的役割を果たす施設があります。この鹿児島の地で、キリスト教伝来の歴史と人が織りなす未来の幼稚園像等について研鑽を積み、幼児教育への熱意を分かち合おうではありませんか。皆様のお越しを心からお待ち申し上げております。

1日目には基調講演がある。テーマは「ザビエル聖師と鹿児島」〜キリシタンの時代〜

2日目には特別講演がある。テーマは「もっと知りたい宇宙の話」〜宇宙ってどんなとこ?〜

この研修会で分科会がある。そのテーマは…1. 子どもは神様と一緒〜子どものお祈り・どんなこと! 2. 宇宙的な視野をもって〜カトリック幼稚園の教師に望むこと 3. 生まれてきてくれて ありがとう 4. いま求められている幼児教育における心の育み 5. 西洋紀聞のなかのシドッティ神父

分科会2の「宇宙的な視野をもって〜カトリック幼稚園の教師に望むこと」の講師を担当する。

カトリック幼稚園の使命は「キリスト教」という宗教を伝えることではなくて…すでに、一人ひとりの子どものうちにあるカトリック的(普遍的)な真理を引き出し、確認し、それを固めることにあると思っている。それが、その子(人)の人生の土台になる。まず、それが大切な視点であり、支点だと思う。人は生まれながらにして、宗教心(神に向かうこころ)を持っており、それはもっとも自然なことであり、それこそが「生きる力」の原動力となる…。

よく知られているパスカルのパンセから…

「人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。これを押しつぶすのに、宇宙全体が武装するには及ばない。一滴の水があればこれを殺すに十分だ。だが宇宙が人間を押しつぶしても、人間は自分を殺すものよりも高貴であろう。何故なら人間は自分が死ぬことを知っており、宇宙が自分よりも優越していることを知っているからだ。宇宙はそのことを知る由もない。」[パンセ347/パスカル:Blaise Pascal 1623〜1662]
L’homme n’est qu’un roseau, le plus faible de la nature; mais c’est un roseau pensant. Il ne faut pas que l’univers entier s’arme pour l’ecraser: une vapeur, une goutte d’eau, suffit pour le tuer. Mais quand l’univers l’ecraserait, l’homme serait encore plus noble que ce qui le tue, puisqu’il sait qu’il meurt, et l’avantage que l’univers a sur lui; l’univers n’en sait rien.

大学の卒論が「パスカルの幸福論」だった。慶応大学文学部哲学科…通信教育科だったけど…。指導教授は三雲夏生先生。なぜか急に懐かしく思い出した。

《宇宙》について考えるとき、いつもパスカルのパンセを思い出す。17世紀の偉大な哲学者、数学者、科学者。彼は深い信仰をもっていた…。